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第五十一話『有限』

 膨大な光が月の女神の全身を包み込む。その輝きはあまりに強く、もはや暴力的ですらある。

 目蓋を閉じても感じられる光源は、その強さを増すばかり。


「ちっ、逃げろ!!」


 太陽の女神に急かされるようにして、僕らは全員走り出す。


 ただ一人の神を除いて。


「元はと言えば私の失態だ。今、時を戻すことは不可能だが、全ての権能が封じられたわけではない。私は私の役目を果たそう」


 農耕の神の手にはすでに、巨大な鎌が握られていた。


 男神はそれを何の躊躇もなく振り上げ、月の女神に向かって振り下ろす。


 勢い良く振るわれた漆黒の大鎌は、女神の顔へと触れる寸前で静止した。


「時を囲め、時間の檻よ」


 男神の放ったその言葉の直後、大鎌の切っ先から濃密な闇が漏れ出し、月の女神の周囲を漂う。


 その闇は女神を囲い、黒一色の立方体へと姿を変えた。


 その空間だけが、月の光の支配下に無い。

 光の届かない、遮断された世界。闇に覆われたその世界を、何人たりとも覗き見ることは出来ない。


 しかしその直後、またも状況は一変する。


 それはさながら、始まりの鐘のよう。聞き覚えのない悠然とした声が、その場の空気を揺らした。


「サートゥルヌスよ愚かな選択でしたね」


 声の主は唐突に現れた。そして、唐突に終わらせた。一柱の神の永遠(いのち)を。


 その男は銀色のナイフを左手に持ち、農耕の神の心臓を背後から突き刺していた。


「がっ……。メルクリウス、貴様!!」


 突如として襲われた痛みに、農耕の神が呻き声を上げた。


 貫かれた胸からは光が溢れ出しており、その口からは血が滴っていた。


 メルクリウス……。つまり、神へとナイフを突き立てているこの男もまた、神ということか。


「てめー! やはり生き残っていやがったのか! 一体どういうつもりだ!!」


 太陽の女神が怒号を上げる。


「いやいや、実に良い見せ物だったよ。そこのお嬢さんに左目を譲った甲斐があったってものさ」


 商業の神は自身の左目の眼帯を優しく撫で、エルサさんの方を指差す。


「どいうことだ!!」


「落ち着け、ソール……」


 左胸を貫かれているというのに、男神はまだ、大鎌を手に漆黒の檻を維持している。しかし、その震える声音は神と言えど、その命に限界を感じさせた。


「あの大戦で信徒を失った私は衰え、全てから逃げまどう生活を続けていた。実に惨めだったよ。そんな時に私を見つけたのが、ウェヌスだった。私は縋るように懇願したよ。集信値を恵んでくれとね。しかし、彼女と私には少なくない遺恨があったからね。だから私は左目を差し出すかわりに、許しを請うたのさ。見逃してくれと。これもある種の商いと言えよう」


 商業の神は饒舌に語り続ける。


「そして、僅かではあるが力を取り戻した私は、私の教団を滅ぼした白翼の光へと商売を持ちかけた。彼らの目的と私の目的はある一点において、合致したからだ。そう、それは一人の少年の存在。私の仇であり、彼らの王」


「エルサ、眼帯を外し、やつを始末しなさい!」


 多弁なその口を遮ったのはウェヌス様の言葉だった。


「もう遅い」


 商業の神は短く呟き、銀のナイフを男神の胸元から引き抜いて、その首を掻き切った。


 切られた神の首からは、光の粒子が溢れ出している。


 不死のはずの神という存在が今この場で消え去ろうとしていた。


 最期の言葉すら許さないその手口は、まるで永遠を嘲笑うかのよう。


 月の女神を囲んでいた漆黒の檻は消え去り、彼女の身体が再び月明かりのもとへと晒される。


 農耕の神が命を散らし、月の女神がその輝きを増す。


 光の中から聞こえてくるのは苦悶に満ちた甲高い悲鳴。


 それは次第に増幅し、絶叫へと変わった。


 甲高く響くその声は赤子の産声を連想させ、何かの誕生を予感させる。しかし、それは未来への展望などでは決してない。心中渦巻くこの感情は、漠然とした不安と明確な恐怖だった……。

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