第四十八話『王』
「戦況は?」
農耕の神は落ち着いた声音で、自身の信徒へと問う。
「半数以上が捕虜に……」
報告に来た男は苦悶の表情でそう答えた。
「捕虜? 殺されるのではなく、捕まっていると?」
「はい、眠らされた信徒が敵の要塞へと運ばれています」
「眠らされる?」
信徒の報告に、再び男神が問い返す。
「は、はい、何もないはずの空間から、銃弾が撃ち込まれ、被弾した信徒が次々に意識を奪われています」
動揺混じりのその声音から、戦況が劣勢であることだけは分かった。
「戦闘音は一切聞こえていないが?」
男神の疑問はもっともだ。この宮殿がいくら広いとは言え、戦闘音がまったく伝わってこないのは明らかに不自然だ。
「そ、それが、発砲音がしないのです……」
困惑した様子で信徒が語る。
「なるほど、おそらくは認識阻害のレプリカと新兵器の併用か」
「おいおい、武器の方は知らねーが、いくらなんでも俺達の目を掻い潜るレプリカなんざありえねーだろ?」
男神の言葉に太陽の女神が反応した。
「賢者の石があれば……」
月の女神が小さく呟く。
「なるほど、あの石でレプリカの力を増幅させていると考えれば、成立し得るか」
農耕の神は思案顔でそう言った。
「ちっ、またメルクリウスのやろーか。こりゃ、明らかな裏切り行為じゃねーのか?」
太陽の女神の声音には、明確な苛立ちが感じられる。
「今はメルクリウスの処遇よりも、目の前のことが先決ね」
ウェヌス様が冷静な言葉を紡ぐ。
「やっぱりてめぇは男の肩を持つのか?」
ウェヌス様の言葉に太陽の女神が噛みつく。
「いや、これは私の落ち度でもある。前回の襲撃時に気がつくべきだった。我々の感知能力を上回る認識阻害が使われていたのだから」
己の非を分析しながら、農耕の神は静かにそう言った。
「もう一度、時を戻すわけにはいかないのかしら?」
ウェヌス様が問いかける。
「いや、先に相手の目的を知る必要がある。それに、敵が前回とは違う手段で奇襲を仕掛けてきたのが気がかりだ。あちらには時を戻す前の記憶は無いはずなのだが……」
「つまり、敵の目的を確認次第制圧。状況次第では時を戻すということね」
ウェヌス様が話をまとめる。
「あぁ、可能であれば、時を戻すことなく済むのがベストだ」
「そんなもん、制圧してから吐かせればいいだろ!」
男神とウェヌス様のやり取りに、太陽の女神が反論した。
「先に武力行使に出れば、認識阻害のレプリカで逃げられる可能性がある。しかし、目的だけでも聞き出せれば、逃げられたとしても、時間遡行でその目的を防ぐ事が出来る」
「ちっ、めんどくせーなー。ようは敵の要求が分かれば良いんだな? なら俺の……」
その言葉の続きは、部屋の壁が吹き飛ぶ爆発音によってかき消された。
響き渡る轟音は先程までの静けさを奪い去り、周囲に緊張感を与えた。
突如として空いた巨大な壁穴の先には、その穴よりも遥かに大きな鉄の要塞が見える。
いかなる仕組みなのか、その鉄の要塞から拡張された声が発せられた。
「宮殿の周囲を守る護衛は、全てこちらが捕らえました。神々の皆様はそのまま動かないでいただきたい。サートゥルヌス様、あなたは特に要注意です。一瞬でも動く素振りを見せれば、捕虜となったあなたの信徒を殺します」
レプリカによるものなのか、要塞による機能なのかは分からないが、聞き覚えのある男の声が辺り一帯に響き渡る。
おそらくこの声は、一度目の神誅会議を襲った赤いスーツの男の声だ。
「目的は何だ?」
農耕の神が声を張り上げ問い返す。
「こちらの要求は二つ。まず一つはあなた方には丸一日そこで、何もしないで頂きたい。こちらはアダマスの鎌の発動条件を危惧してのことです」
「なるほど、しかし、その要求をこちらが飲む必要性を感じない。君は人質を取った気でいるが、時間を戻せば関係の無い話だ」
敵の要求に対し、淡々と答える農耕の神。
「神よ、私を試しているのですか? 時間の遡行には大量の集信値が必要。確かに時を戻せば、使用した集信値も回復するでしょうが、しかし、あなたがその鎌を振るうのと、私達が引き金を引いて捕虜達を殺すのは、果たしてどちらが早いでしょうか? 信仰心が強く集信値の高い精鋭を集めたのが仇になりましたね。彼らが死ねば、今すぐの遡行は不可能となる」
その男の声音は不遜にも、この状況を明らかに楽しんでいる節がある。
「ならばなぜ、今すぐにそうしないのだ。そもそも我々がその要求を飲み、無事、信徒が解放されれば、時を戻せることになる。そうすれば状況はリセットされる。よって、人質が解放されることは無いのではないか?」
「神よ、まだ私を信じていないのですか? 私はアダマスの鎌、つまり、あなたの権能を知っていると言っているのです。時を戻せるのはおそらく二十時間前後。そして一度、時を戻せば、次に権能を使えるのは一日後。つまりあなたが戻れるのは一日が限度。同じ一日を繰り返すことは出来ても、それ以上は遡れないのですよね?」
その声音には、神を試すかのようなニュアンスを感じる。
「なるほど、だから我々に丸一日何もしないでいろと。時を戻しても今の優位を崩さない為に。しかし、仮に、我々がその一日を待ったとして、君が信徒を解放する保証はどこにもないだろう?」
男神のその言葉を受け、一人の男が要塞内から姿を現した。赤いスーツに身を包み、プラチナブロンドが特徴的なその男は、前回と同様に余裕のある笑みを浮かべこちらへと歩いてくる。
「話が早くて助かりますね。ちょうどそこにいるではないですか。あらゆる嘘を見抜く少年が」
そのブルーの双眸は、神々に向けられることは無く、真っ直ぐに僕を見つめていた。
「え……」
神々の集う席でずっと発言を控えていた僕だが、動揺のあまり、思わず言葉が漏れ出していた。
「こちらの条件さえ飲んでいただければ、信徒は必ず解放します。神に誓って約束しましょう」
そう言って仰々しく頭を下げる男の姿には、神々への信仰など、欠片も感じられない。
しかし、その姿が赤く染まることは無かった……。
「シュウ、あの賊は本当のことを言っているのかしら?」
ウェヌス様が後ろを振り返り、僕を見つめながら問いかけた。
「はい、あの男は嘘をついていません……」
僕のその言葉を受け、意外にも農耕の神は頷いていた。
「なるほど、彼がそう言うのであれば、話を聞く価値くらいはありそうだ」
「ちょっと待てよ、俺はそもそも、そのガキだって信用していない。そいつが何をしたのか、忘れたわけじゃねーだろ?」
鋭い視線が僕を襲う。
僕が一体、何をしたというのか……。欠けている記憶を手にすれば、そこに答えがあるのだろうか?
「ソールよ落ち着け。だからこそだ。彼の力はある種、そこで証明されている。少なくとも、軽視するのは危険だ」
「ちっ、気に入らねーな」
男神の説得もむなしく、太陽の女神は訝しげな視線を僕へと向けたままだ。
「神々の揉め事を生で拝見出来るとは、実に光栄です。時間を浪費することは、私としては有り難いのですが、話を前に進めませんか?」
赤いスーツの男が皮肉混じりにそう言った。
「あ? 今すぐ死にてーのか??」
手の平に紅蓮の炎を咲かせながら、その男を恫喝する太陽の女神。
「いえいえ、滅相もございません。命が惜しい故に、こうして話をしているのです。死にたくないからこそ信徒を盾にしているわけです」
どこまでが本気なのか、男は淡々とそう語る。
「まどろっこしい野郎だ、つまりは何が言いてーんだよ!?」
「私達が目的を果たせば、すぐに信徒は解放します。だからこの場は見逃してくれと言っているのです。四柱の神々を前にして、矮小な私ごときが取れる策などこの程度でございます」
慇懃無礼なその男が、形だけの一礼をする。
「能書きはいらねー、てめぇの目的とやらは何だ?」
「失礼しました。話が長かったようですね。我々、白翼の光は、王の奪還に参りました」
「あ? 王だと?」
「えぇ、記憶を失くした哀れな王を取り戻しに来たのです」
その言葉の直後、神々の視線の全てが、僕の方へと集まるのを感じた。
記憶を失くした哀れな王。一体それは何を表しているのか……。




