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第四十四話『神誅会議』

 静寂に包まれた部屋の中央には大きな円卓が一つ。それは、神々が集う会議において序列を作らない為の工夫なのだろうか。


 静寂は鼓膜を揺らすことはないが、心の動揺を生む。ウェヌス様の後ろで控える僕は、今にも緊張の波に飲まれそうだ。


 横目でエルサさんの様子を覗き見ると、どうやら彼女はその波を乗り越えたようで、その横顔はいつもの涼しい顔だった。


 円卓を囲むのは四柱の神々。


 月の女神ルーナ。

 愛と美の女神ウェヌス。

 農耕の神サートゥルヌス。

 太陽の女神ソール。


 そして、それぞれの神々の後ろには、各教団の護衛が二名ずつ付き従っている。


 森閑とした空気の中、最初に沈黙を破ったのは太陽の女神の一言だった。


「久しぶりの同窓会だってのによー、揃いも揃ってしけたツラしやがって」


 真紅に染まったその髪は、太陽というよりも、戦場に咲く血の色を連想させた。


「何が同窓会よ、よく言うわね。ご丁寧に娘達まで連れて来て。戦争でもやる気?」


 ウェヌス様が刺のある口調で語る。


 娘達……。つまり、太陽の女神が引き連れている後ろの少女二人は、女神の子どもというわけか?

 確かに、その少女達の長い髪は、女神と同様、真紅に染まっていた。


 開始早々、不穏な空気の中、この場にいる唯一の男神(おがみ)が口を開いた。


「我らは全員、元を辿れば一柱の神。仲良くしようではないか。それに、神に対して有効打を持つ護衛を揃えたのは、ソールだけではない。ここにいる全員がそれを用意してきている以上、少なくともこの場で争いにはなるまいて」


「うん、争いは良くない……」


 月の女神が小さく呟く。その頭の上には、動物のような大きな耳が生えていた。それらがピクピクと動く様は、女神という絶対的な立場を忘れさせる程に保護欲をくすぐるものだった……。


「だからってよー、神殺しをこの会議に同席させんのはあまりに刺激的だよなぁ?」


 含みを持たせた言い方で太陽の女神は語る。


 神殺し……。つまりそれは、二年前の戦争において、軍神の命を奪った者がこの場にいるということなのか?


「その件に関しては、皆で話し合ったであろう。むしろ我々の監視下に置いておくのがベストだと。それよりも、今話すべきことは他にある」


「白翼の光……」


 男神の言葉に続くようにして、月の女神は呟いた。


「そうね、今はくだらない争いをしているわけにはいかないわね。実質的に火の教団と水の教団が吸収されたようなものなのだから」


 ウェヌス様も月の女神に同調する。


「そもそも、てめーの男達が招いた失態だろうがよ?」


 しかし、そんな場の流れなどはお構いなしに、太陽の女神の口調は喧嘩腰だ。


「身体を数回重ねただけよ、ガタガタ言わないでみっともない」


「愛と美の女神? この淫乱女神が!」


 何か因縁でもあるのか、太陽の女神が我が主神を侮辱する。


 僕は思わず声を上げそうになるが、隣りに立つエルサさんが僕の口を塞いだ。


「シュウ君、今は我慢してくれ……」


 僕の口元をおさえたエルサさんの手も、怒りで僅かに震えていた。


 そうだ、これは神々が語る席。

 落ち着かなくてはいけない……。


 それに、我が女神は言われっぱなしで黙る様なお方ではない。


「神同士の戯れを淫乱と呼ぶのなら、信徒(にんげん)に手を出し、子をもうけた女神は一体なんと呼ばれるのかしら?」


「あ? やんのか」


 ウェヌス様の言葉に太陽の女神が立ち上がる。

 まさに一触即発な空気。しかし、それを仲裁したのは意外な人物だった。


「やめて、明日の夜は満月。長引けばみんな殺してしまうから……」

 

 月の女神のその一言で、二人の女神は沈黙した。


 その僅かに生まれた隙を活かし、男神が再び口を開く。


「さて、そろそろ会議を始めるとしよう。もちろん、今回の議題は白翼の光についてだ。二年前の戦争から生まれた組織であり、その力を急速に伸ばしている。我々の脅威となる前に処理せねばならない」


「あのよー、白翼の光が勢力を増した原因は火の教団と水の教団をまとめ上げたからだろう? なら、お前の鎌で時間を切り裂いて戦争が起きる前に戻るわけにはいかないのか?」


 太陽の女神が農耕の神へと問う。


「あまりにも大きな歴史の改変は、世界にとって好ましくない結果をもたらす。それに神の命に関わる時間遡行は出来ない。出来たとしても、マールスは怒るだろうな。『神聖なる戦いの結果を侮辱するな』、とね」


「本当、馬鹿な男よね……」


 誰に言うでもなく、ウェヌス様は小さく呟いた。


「時間を戻すわけにはいかない以上、我々は対策を練らねばならない」


「四教団で殲滅すりゃ良いじゃねーか? まぁ、その気になれば、うちの赤髪の戦乙女(ヴァルキュリア)だけで十分だがな」


 背後に控える少女二人の頭を撫でながら、高らかに笑う太陽の女神。


「いや、ことはそう単純ではない。白翼の光という名の通り、代表を務める少女の背には、光の翼があるのだ。迂闊に攻め込めばのまれる」


 男神は険しい表情で言った。


「そうね、光の翼の伝承がある以上、その翼のもとには一定数の信徒が集まる。そしてその光は新たな信徒を増やし輝きを増す。迂闊に教団の信徒を送り込めば、光に惑わせられる可能性もあるわね」


「おいおい、自分の信徒がどこの馬の骨とも知らぬ女に心を奪われるって言ってんのか? おめーんとこの信仰はそんなにも軽いもんなのかよ?」


 ウェヌス様の発言に太陽の女神が噛みつく。


「よく言うわね、神令なんてくだらない掟まで作って信徒を縛りつけているくせに。女神としての自分に自信が無い証拠でしょ?」


「やめて!!」


 頭の上の大きな耳を震わせながら、月の女神が叫ぶ。


「わ、わりぃ……」「ご、ごめんなさい……」


 二人の女神が同時に頭を下げた。


「ソールの言うように、本来であれば、少女一人に警戒をするような我々ではない。しかし、その少女の名がどうにも気になる……」


 再び生まれた沈黙を埋めるように、男神が会議を再開した。


「な、なんだよ、もったいぶりやがって」


 円卓内に一瞬の沈黙が流れる。


 そして男神が口を開く。


「その少女の名はイブ(・・)


 その名が鼓膜を揺らした瞬間、僕の脳内に一人の少女の姿が見えた。真っ白な美しい髪に、燃えるような真紅の双眸。


 イブ、君は一体……。

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