第四十三話『それぞれの神々』
現在僕は、白を基調にした美しい馬車に揺られていた。
車内にいるのは三人だけで、僕の正面にはウェヌス様が座っており、その隣にはエルサさんが控えている。
女神様の護衛が二人だけなのは、あまりに少な過ぎるようにも感じるが、これが神誅会議の習わしなのだとか。確かに各々の神々が集団を引き連れて集まるのには様々なリスクが生じるのだろう。
違う信仰を持つ者達が集まれば、自ずと争い合う可能性だってあるだろうし、移動にかかるコストもかさむ。そもそも、神々を倒せる人間などいないのだから、いたずらに護衛を増やすこともない。そんな背景もありつつ、少数精鋭なのだろう。ある意味僕らは護衛というよりも給仕に近いのかも知れない。
「エルサはある程度知っていると思うけれど、シュウは他の教団について、どのくらいの知識があるのかしら?」
車窓から覗く外の景色を眺めながら、ウェヌス様が言った。
「えっと、それぞれの神々の名前と、司っているものくらいです……」
他の教団や神々については正直勉強不足だ。弁解をするのであれば、そもそも出回っている情報が少ないことも原因の一つではある。
そんな誰に対しての言い訳とも言えない思考は女神様の声で打ち切られる。
「今回の神誅会議に参加する神は、私を含めて四柱のみ」
「え?」
今現在、神々が存続させている教団の数は五つ。こんな大事な会議に参加しない神がいるというのか……。
「木の教団はここ数百年、鎖国状態にあるの。神々である私達ですら、ユーピテルの現状を把握しているものはいない」
最高神ユーピテル。最高神と呼ばれるからには何かしらの理由があるのだろうが、他の神々ですらその所在を掴めていないのか。
「まぁ、いないやつの話をしても仕方がないわね。では、順を追って説明しましょう。月の教団の女神『ルーナ』。彼女は月写しという権能を持っているわ。その力は異世界の透視。つまり、ここではない別の世界の様子を覗き見る事が出来るの。彼女曰く、限定的ではあるそうだけれどね」
「べ、別の世界!?」
スケールが大き過ぎて理解が及ばない。
「そうよ。だから月の教団は、様々な異世界の文化を取り入れているの。それなりに面白味のある教団ね」
心なしか少し楽しそうな様子で語るウェヌス様。もしかしたら、同じ女神同士、仲が良いのかも知れない。
「火、水、木はいないし、金は私達だから、後は、土と日だけね。なんだか少し、寂しい気もするわね……」
何かを思い出しているのか、その横顔には憂いの色が浮かぶ。しかし、それも一瞬のことだった。
「土の教団の神『サートゥルヌス』。彼は農耕神という一面を持ちながらも時を司る神でもあるわ。彼は真面目過ぎるから、私とはあまり肌が合わないわね」
「時を司る……」
それはある種、最も全能に近い力ではないのだろうか。
「農耕には時を刈り取るという意味合いも含まれているが故ね」
そう語るウェヌス様の表情はどこか退屈そうだ。
「最後は日の教団の女神『ソール』についてね。太陽の女神なんて呼ばれてはいるけれど、彼女は最悪ね。神令という絶対の法を教団に設けて、信徒達を縛っているのよ。太陽とは程遠い、臆病者の陰険な独裁者よ。そのくせ、態度だけは太陽のようにデカい」
こんなにも嫌悪感を出しながら話すウェヌス様の姿は初めて見た。
その様子に圧倒されてしまった僕には、とても質問をする余裕など無かった……。
「ウェヌス様、どうやらそろそろ到着するようです」
僕らの会話を静観していたエルサさんが口を開いた。
いよいよ到着したのか……。
つまりは始まるのだ、神々が一堂に会する神誅会議が。
両肩に力が入るのがわかる。
流石のエルサさんにも僅かだが緊張の色が見える。
「二人とも、気負う必要は無いわ。私が選んだ二人なのだから」
ウェヌス様の笑顔に背中を押され、僕達は馬車を降りる。
数時間ぶりの外の空気が肺を満たす。深呼吸をし、視線を上げると……。
そこには巨大な宮殿が屹立していた。
神聖さを感じさせるこの場所の名は、白亜の宮殿と呼ぶらしい。今宵、この場所で神誅会議が行われるのだ。
僕は今まさに、世界史に残る分岐点に立っていた。
胸に渦巻く感情は、期待と不安と後一つ。
一羽の鴉が運んできた、僅かながらの疑の心……。