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第四十一話『エルサ・ユリウス』

 床一面が大理石で出来たこの空間の名は剣舞場というらしい。


 絢爛豪華なこの空間がまさか剣を振るう為の舞台とは。


 何故僕がこのような場所にいるのかと言えば……。


「やぁ、お待たせ、君がシュウ君で間違い無いかな?」


 僕よりも少し遅れてやってきたこの女性こそが、おそらく僕をここへ呼び出した張本人だろう。

 水色の髪をなびかせながら歩く姿には凛々しさと気品が共存していた。左目を隠す黒の眼帯がとても印象的だ。


「はい、僕がシュウです。えっと、あなたがエルサ・ユリウスさんですか?」


「あぁ、私がエルサ・ユリウスで間違いない。エルサと呼んでくれたまえ」


「えっと、じゃあ、エルサさん、今日はよろしくお願いします」


 ウェヌス様から聞いた話では、神誅会議までの一ヶ月の間に僕はこの女性から稽古を受けることになっている。


「ではシュウ君、選択肢をあげましょう。死ぬまで素振りか、今死ぬか。どちらを選びますか?」


「え?」


 聞き間違いだろうか。


「死ぬまで素振りか、今死ぬかという選択です」


 知性あふれるその声音があり得ない選択肢をぶつけてくる。


「えっと、それでは実質選択肢がないのでは……」


「正解、世の中は理不尽の連続であり、戦場には死があふれている。いや、死などありふれていると言って良い。さぁ、君はどうする? 三つ目の選択肢を探せるかな?」


 彼女の手に握られているのは、あくまでも訓練用の模造刀だが、その瞳に映っているのは紛れもなく本物の殺意。


 その瞳が一足飛びに近づいてくる。


 思わず見惚れそうになる程の無駄のない美しい動きだが、今動きを止めれば、僕の首は胴体に別れを告げることになるだろう。


「どうして!!」


 あまりに唐突過ぎる展開に、僕は思わず叫びながら飛び退いた。


「ほう、今のは良い動きだね。勘の良さは生存率を高めるからね。さぁ、君の力を見せてくれ。レプリカの使用許可なら貰っているよ?」


「いや、で、でも」


 僕が出来ることなど限られている。


「何もしなければ死ぬだけさ」


 軽快な動きとともに踊るような剣さばきが僕を追い詰めていく。次第に逃げ場が無くなり、壁際へと追いやられていく。


「あの時の力を見せてくれよ」


 息一つ乱さぬ涼しい顔で淡々と問いかけてくるエルサさん。


 あの時……。僕がザイーフへとレプリカを使った時のことを言っているのか?

 あの場にエルサさんはいなかったはずだが……。


「わ、わからないんです。あの時はただ必死で!!」


「なるほど、君が今必死でないことは分かったよ」


 逃げ場を無くした僕に、模造刀の切っ先が迫る。あまりにはやい剣さばきに、目をつぶることすら適わない。


 終わるのか……。諦念にも似た感情が不思議と心を静ませた。


 しかしその剣先は、喉元にふれるかふれないかの寸でのところで止まった……。


「ふむ、おかしいな。君は窮地におちいれば力が使えるタイプだと思っていたのだが、私の殺意が足りなかったのか?」


 僕の喉元で剣先を止めたエルサさんが、そのまま首を傾げて語り出す。


「い、いや、死ぬかと思いました……」


 あの視線は紛れもなく純粋な殺意に思えた。


「なるほど、では君は、自身の命をさほど重要視していないのかな?」


「そ、そんなことは……」


 ない、とは言い切れないのかも知れない。その問いかけに、僕の心はざわついた。


「ならば仕方あるまい、趣向を変えよう。シュウ君、少し待っていてくれるかな?」


 エルサさんはそう言って、剣舞場を後にした。


 このまま素直に待つ義理は無いようにも思えるが、彼女の言葉を借りるなら、二択なのだろう。このまま待つか、それとも死ぬか。


 おそらくは、ここで僕が逃げ出したとして、それはその場しのぎにすらならない愚行なのだろう。これは、女神様が決めたことなのだから。


 そんな意味のない自問自答を繰り返すこと数分、エルサさんは、僕のよく知る人物の手を引きもどってきた。


「シュウ……」


 自分が何故この場に呼ばれたのかを理解していないのだろう。リファの瞳には不安の色が宿っていた。


「ではシュウ君、選択肢をあげましょう。彼女を見捨てるか、彼女を救うか。どちらを選びますか?」


「え……」


 あまりに不吉なその言葉に、僕は思わず言葉を失う。


「十」


「九」


「八」


「七」


「ちょっと、ちょっと待って下さい!」


「六」


「五」


 何か危機を察知したリファも必死の抵抗をするが、エルサさんの片腕がそれらを制して動きを封じる。


「四」


「三」


「二」


「一」


 エルサさんの手に握られた剣が振り下ろされる寸前……。


「リリース!」


 僕はあの日と同じ言葉を叫んでいた。

 

 次の瞬間、エルサさんが握っていた剣は灰へと変わり、音もなく床へと散った。


「やれば出来るじゃない?」


 先程と変わらぬトーンでエルサさんが言った。


「ふざけないでください……。ふざけるな!!」


 僕の瞳は嘘を見抜く。つまり、彼女は本気でリファを殺そうとしたということだ。


「まさか、あろう事に君が他者に倫理観を説くのかい? あの君が」


 含みのある笑顔とともに、その言葉が僕の知らない何処かへと突き刺さる。


「それは一体……。あなたに僕の何が分かるというのですか!!」


 僕が責められるいわれはない。


「少なくとも私は、君よりも君のことを知っているさ」


「意味が分からない……」


「まぁ、落ち着きたまえシュウ君。君は私を人殺しか何かだと思っているようだが、それは違う。いや、違いはしないが、少なくとも、彼女を殺そうなどとは思っていない。君は嘘を見抜けるレプリカを持つというが、生憎と私の眼も特別性でね。何事にも例外はあるのさ」


 そう言って、左目の眼帯を指差すエルサさん。


「それはどういう……」


 頭が混乱していて、上手く思考がまとまらない。


「まぁ、つまり、私には君の持つ嘘を見抜く力は効かない。そして、私には彼女を殺す意図など無かった。私の言葉を信じろとは言わない。私を信じたウェヌス様を信じるのだ」


 どこか腑に落ちない所があるが、今は冷静になるべきか。


「分かりました。取り乱してすみません」


「いや、君の事情が特別とはいえ、こちらも少々強引な手を使ってしまったからね。申し訳ない」


 そう言って頭を下げるその姿は、少なくとも僕の目には真摯なものに映った。


 一連の流れに呆気にとられたのか、解放されたリファは放心状態で立ちつくしている。


「ではシュウ君、改めて君に選択肢をあげよう。あと一ヶ月、私との修行を続けるか、それとも……」


「続けます」


 僕はエルサさんの言葉を遮り、二つ目の選択肢を聞くことなく返事をした。


 そうだ、これはウェヌス様がお決めになったこと。僕には最初から選択肢などない。僕を救って下さったあの方に尽くすと決めたあの日から。


 それに、先程の言葉が気になっていた。


『少なくとも私は、君よりも君のことを知っているさ』


 その言葉が示すのはつまり、エルサさんは僕の過去を……。

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