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第三十九話『まやかし』

 謹慎生活最終日の五日目の朝に突入。まぁ、謹慎とは言っても自室でひたすらに本を読むだけの生活だ。食事は部屋に運び込まれるし、自由にトイレにも行ける。夜は湯船にすら浸かれるといった不自由の無い生活だ。


 教団内におけるレプリカの無断使用は重大な規則違反であり、それを人に向けた僕は、本来ならば追放されていてもおかしくはない。しかし、ことの発端はザイーフの暴走にあり、それを止めに入ったという理由から、僕の罪は軽いものとなった。張本人のザイーフには隔離施設の中で半年間の謹慎が言い渡された。


 リファの命が危機にさらされたという事実を加味すれば、半年という期間は短いようにも思えるが、それはウェヌス様の慈悲ということなのだろう。僕が口を出すことではない。


 そんなことをぼんやりと考えていると、部屋の扉がノックされた。


 僕はベッドから立ち上がり、ゆっくりと扉を開けた。扉の先には誰もいなく、部屋の前には見慣れた新聞が置かれていた。


 僕はそれを拾って、部屋の中へと戻る。


 いつからかは忘れたが、これが毎朝届くのだ。


 いつもノックの後に部屋の前に置かれている。どれだけ早く扉を開けようとも、ノックの主を確認出来たことはない。


 最初は教団の習わしなのかと思い、リファに確認したこともあったが、どうやらそうでは無いらしい。


 一体、誰が何の目的で僕にこれを届けているのか……。


 そんな疑問を感じながらも、僕はそれに目を通す。記憶の無い僕にとっては貴重な情報元であることは間違いない。


 この新聞と呼ばれる紙束には、世界の様々な情報が記されている。


 どうやら、黒聴会(こくちょうかい)と呼ばれる組織が発行しているもののようだが、その全貌は謎に包まれている。


 黒聴会、五芒星(ペンタゴン)白翼(はくよく)の光、と呼ばれる三代組織だけが、神の統治下に無い巨大組織であり、その影響力は各教団にも匹敵すると言われている。


『白翼の光、残党をまとめ上げ勢力拡大』


 今日の見出しはどうやら、その三代組織に数えられる白翼の光についてのものだった。


 記事のあらましをまとめると、二年前の戦争で事実上の解散をむかえた火の教団と水の教団の残党達を白翼の光がまとめ上げたといった内容だ。


『白翼の光』という名の通り、その組織は背に光の翼を持つ少女を崇める集団のようで、近年その勢力を強大化させている。組織の代表はその少女らしいのだが、彼女が表舞台に立つ事はない。基本的な外交は代表代理のアルマ・ピェージェという男が担っているらしい。


 一説によれば、その男が白翼の光の実権を握っており、火の教団と水の教団の戦争を引き起こした黒幕ではないかと言われている。


 朝刊にざっと目を通した僕は思考する。


 僕が記憶を失い彷徨い歩ていたのが二年前。そして、戦争が起きたのも同じく二年前。これはただの偶然なのだろうか?


 いや、その戦争で記憶を失ったと考えるのが自然か。一体僕は……。


 そんな思考を遮ったのは、またしてもノックの音だ。


 扉を開くとそこには、新聞のかわりに一人の少女が立っていた。


「どうしたのリファ、一応僕は謹慎中だよ?」


 僕の謹慎など形式上の措置に過ぎず、監視がついているわけでもないが、期間内は人と話してはいけないことになっている。


「うん、どうしても気になることがあって……」


 リファにしては珍しく沈痛な面持ちだ。


「明日じゃだめ?」


 明日になれば謹慎が解ける。それからでは遅いのだろうか。


「うん、わかった……」


 僕の言葉に珍しく素直に従うリファ。


 その様子が何か引っかかり、背を向け引き返そうとする彼女の手を僕は思わず引っ張っていた。


「えっ?」


 急に手を引かれて驚いたのか、動揺を露わにするリファ。


「とりあえず中に入って」


 僕は一応謹慎中の身だ。部屋の前でやりとりするのはまずい。


 リファを部屋の中へと招き入れ、一つしかない椅子へと座らせる。僕はベッドへと腰掛けて話を聞く準備を整えた。


「それで、気になることって何?」


 リファがわざわざ謹慎中の僕を訪ねてまで聞きたいこととは一体?


「あっ、うん。えっと、その……」


 先程の暗い表情とは別に、今度はそわそわとした様子で口を開くリファ。白い頬がほんのりと染まっている。


「どうしたの?」


「いや、その、自分の部屋じゃないから落ち着かないというか……」


 彼女の手持ち無沙汰になった手がローブの袖を握っている。


 それから数分後、ようやくリファの様子が落ち着きはじめ、彼女が再び口を開いた。


「まずはその、ありがとう。シュウが助けてくれなかったら、今頃どうなっていたか分からない」


 リファの瞳が真っ直ぐに僕をとらえた。


「逆の立場だったら、リファだって僕を助けたでしょ? だから当たり前だよ」


「うん、ありがとう」


 その返事とともに、ようやく彼女の顔に僅かだが笑顔が戻った。


「あのね、シュウ……」


 続けて言葉を紡ごうとするも、口ごもるリファ。歯切れが悪いのは彼女らしくない。


「どうしたの?」


 僕はなるべく優しい声音を意識して、言葉の続きを促す。


 暫しの沈黙を挟み、何かを決意したような様子で、リファが再び話し始める。


「シュウのレプリカについて聞きたいの……」


 真剣なその声音からは、彼女にとってそのことが何かしらの重要な意味を持つことが伝わってくる。しかし、僕には……。


「わからないんだ。あの時はただ、リファを助けることしか考えていなかった。自分でもなんであんな力が使えたのか……」


 彼女の問いに答えてあげたいが、僕にはその(すべ)がない。


「そっか……」


 そう呟いた彼女は、黙って天井を見上げた。

 その瞳はここではない、何処か遠くを見つめていた。


「ごめん……」


 その三文字が何故だかポツリとこぼれ落ちた。


 彼女が悩む姿を見ていると、何故だか自分を責めたくなるのだ。


「シュウが謝ることじゃないわよ。私こそ、急に来ちゃってごめんね」


「いや、よくわからないけど、無性に謝りたくなったんだ……」


 心の中の何かが僕を猛烈に責め立てていた。


「ちょっと、シュウ、なんであんたが泣いてるのよ!?」


「えっ?」


 自分の頬に触れると、確かにそこには生温かい涙が流れていた。


「まったく、シュウは本当に……」


 リファの瞳にも薄っすらと光る輝きが見えた。そのままリファが真っ白なハンカチを取り出すと、彼女は真っ先に僕の涙を拭いさった。自分の涙には気付かずに。


 僕はゆっくりと手を伸ばし、彼女の瞳から溢れた雫をすくう。


「リファだって泣いているじゃないか」


「泣いてない、泣いてないの……」


 彼女の精一杯の強がりが、僕の視界を真紅に染める。こんな時ですら、僕の瞳は嘘を見抜く。


 その(つよがり)はきっと、彼女の優しさからくるものだろう。


 ならば僕も罪を犯そう。


「そうだね、リファは泣いていない……」


 こんなにも美しい雫が涙であるはずがない。


 あぁ、僕の嘘は一体、何色なのだろうか。

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