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第三十八話『因果』

 あれは今から二年前。マールス教とメルクリウス教との戦争により、私の両親は死んだ。敬虔なメルクリウス教徒だった二人は神の御加護に恵まれ強力なレプリカを扱えた。今思えばそれが不幸の始まりだったのだと思う。その力の所為で私の両親は戦争に駆り出されたのだから。


 お父さんもお母さんも、とても真面目で良い人だった。お父さんは不器用な所もあるけれど、力持ちでいつも優しくて、お母さんはそんなお父さんが大好きだった。私だって大好きだった……。


 あの戦争はメルクリウス教の勝利ということになっている。でも、戦争に勝者なんていない。


 何者かの手により、軍神マールスは殺され、戦争自体は終結した。しかしそれから、メルクリウス様の行方は分からず、メルクリウス教は事実上の解散状態にあった。


 十一歳で両親を失い、拠り所を奪われた私に生きる術は残されていなかった。


 神のいない領地に秩序などは無く、同じ神を信じていたはずのみんなは残された食料や土地などを奪い合い、故郷はすぐに無法地帯となった。


 人間の欲望を塞き止めていた栓がすっぽり抜けてしまったかのようだ。


 領地内での争いは激化し、私は命からがら逃げ出した。それから行く当てもなく、一体どれだけの距離を歩いたのだろうか?


 何も食べずに五日が経った。その時、雨が降っていたのは、今にして思えば不幸中の幸いだったような気がする。恵みの雨とはよく言ったものだ。


 意識が朦朧とする中、私は地面に寝そべり、天に向かって口を開けた。乾き切った私の身体にその雨は染みた。


 身体に水分が補充されたからだろうか、その時になってはじめて、私は涙を流した。


 天が与える水だけでは枯れてしまう程に泣いた。お父さん、お母さん……。


 私はその時に知った。孤独や悲しみは雨で流せないことを。


 もういいや。


 私が心でそう呟いた瞬間、雨は上がり、雲間から日が差した。


 そしてそこに、女神様が現れたのだ。


『一緒に来なさい、救ってあげるわ』


 その言葉に私は、何を言うこともせず従った。


 綺麗だったから。ただそれだけだ。


 雨に濡れた惨めな私と、あまりに対照的な存在。


 その光はどん底にいた私ですら照らしてくれるのではないかと……。ただぼんやりとそう思ったのを覚えている。


 私はその時に知った。孤独や悲しみは綺麗なものを見る事で忘れる事が出来ると。


 だから私は逃げ続ける。この女神様だけを見つめていれば、自分が孤独であるという事実を忘れられるから。


 それから女神様に連れられ、私はウェヌス教、別名、金の教団へと改宗することとなった。メルクリウス教は事実上の崩壊を迎えていたし、私の家族はもういない……。思い残すことなど無かった。


 私は拾われてきた子どもということもあり、あまりこの教団には馴染めていない。


 部屋の隅で小さくなり一人でご飯を食べる日々が続いた。


 しかしそんな日々は唐突に終わりを告げた。


 ある日、私にも友達が出来たのだ。その男の子の名前はシュウ。彼も私と同じ拾い子らしい。


 時期から考えて、シュウも戦争の被害者だろう。そんな共通点からか、私は彼に興味を持った。


 どうやらシュウには記憶が無いらしく、彼はそのことで時折寂しそうな顔をみせる。そんな顔を見ていると、私の心のどこかが、きゅっと縮こまるのを感じる。


 だから私は彼のお世話を焼くことにした。ひょっとしたらお節介かも知れないけど、それでもきっと、心細いのは同じだろうから。


 彼と過ごしていると不意に、お父さんの言葉を思い出すことがある。


『強くなくても良い、お前を大切にしてくれる、優しい旦那さんを貰いなさい』と。


 その後にお母さんは必ずこう付け加えるのだ。


『あなたのお父さんは強くて優しいけれどね』


 彼の姿を見てこの言葉を思い出す理由は、自分でも何となくわかっている。でも、それを口に出してしまうのは、たまらなく怖い。


 シュウが私にとって、他の人とは違う特別な何かを持っているのは前々から感じていた。


 そんな彼が今日、私を救う為にお父さんと同じレプリカを使った。


 これは単なる偶然なのだろうか。


 胸の中に渦巻くモヤモヤが晴れない。私はシュウに助けて貰ったはずなのに。

 

 この得体の知れぬ不安の正体は一体……。

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