第三十七話『因縁』
模造刀とは言え金属だ。それらがぶつかり合う音は激しく鼓膜を揺らす。
つばぜり合いになれば力の差でリファがおされる展開になるだろうと思っていたが、苦しそうな表情を見せているのは男であるザイーフの方だった。
まさかの展開を周りは固唾を呑んで見守っている。
おそらくは加護の強さの違いが、このような想定外の現状を作り出していた。教団内でのレプリカの使用は禁止されているが、日常的に授かっている加護はその範疇にない。
僕と同様にリファもまた拾い子であり、その背景が彼女に力を与えていた。
「いい加減、降参したら?」
リファは勝気な表情を浮かべ、挑発気味の言葉を投げる。
「黙れ……」
ジリジリと後ろへ押されていくザイーフ。
「クソ、捨て子風情にこの俺が……」
取り巻きが見ている以上、醜態を晒すのが何よりも耐え難いのだろう。彼の苦悶の表情がそれを物語っていた。
「じゃあ、あんたは捨て子以下ね」
リファの瞳には怒りのほかに、どこか悲しみも感じられた。
おそらく数秒後には、教師が勝敗を言い渡すだろう。そう誰もが思っていた次の瞬間、ザイーフの横顔に邪悪な笑みが浮かんだ。口元が僅かに動くのが見える。
するとザイーフの持つ模造刀が彼の瞳と同様に赤紫の光を放つ。
押されていたはずのザイーフの刀身が突如としてリファのそれを押し返す。
リファの顔からは余裕が消え、驚愕しているのが分かる。
後ろに控えていた教師が止めに入ろうとするが次の瞬間、リファの持つ模造刀の刀身が砕け、ザイーフの模造刀がリファに向かって振り下ろされる。恐怖に染まったリファの視線が救いを求めるように僕を見つめていた。
「リリース!!」
僕はその言葉を無意識に唱えていた。何が起こるかなどは想像もせず、ただ、彼女を助けようと必死だった。
すると、リファに向かって振り下ろされた模造刀は見えない障壁にぶつかり明後日の方向へと飛んでいく……。
「リリース!!」
気づけば再び叫んでいた。冷静さを取り戻した先に現れたのは純然たる怒り。
剣を振り下ろす姿勢だったザイーフは、何が何やらわからぬまま、強力な重力にでも襲われたかのように、地面との熱い口づけを交わしていた。
このまま肺を潰してやる……。
「リリー……」
更なる力を発動させようとした瞬間、僕の口を何者かが塞いだ。
「シュウ君、落ち着きたまえ」
その手からは、闘争心や怒りを和らげるような香りがして、それが睡眠を誘導する為のものだと気付いた数秒後には、僕の意識は闇の中へと落ちていた……。
* * *
模造刀を構え、私の前に立っているのは、私の大嫌いな男だ。そいつの名前はザイーフ。私やシュウのことを捨て子と蔑み、何かと嫌がらせを仕掛けてくる男だ。
おそらくは、シュウがウェヌス様からの寵愛を受けていることに嫉妬しているのだろう。そりゃあ、私だって、少しは思うところもあるけれど、ザイーフのそれと、私の感情は別物だ。それは自分でも分かってる。
シュウは私にとって……。
ダメよ、ダメ。今は目の前のことに集中しなきゃ。
切り替えるのよ。大丈夫、私はやれる。
呼吸を整え、その時を待つ。
「はじめ!!」
先生の合図とともに剣と剣とがぶつかり合う。
模造刀とはいえ、確かな手応えを感じる。
よし、これならいける!
長いつばぜり合いが続くも、明らかに優勢なのは私だ。
「いい加減、降参したら?」
私は日頃の恨みもこめて、相手を挑発する。
「黙れ……」
ザイーフの額には大きな汗が浮かんでいる。
「クソ、捨て子風情にこの俺が……」
また、この台詞か。私だって、好きでこうなったわけじゃないのに……。
「じゃあ、あんたは捨て子以下ね」
強がりでも良い。こんな奴に負けたくない。
おそらくは後少しで、先生が止める頃合だろう。
私の勝ちはそこで決まる。
勝利への確信で僅かに気が緩んだ瞬間、ザイーフの顔に歪んだ笑顔が浮かぶ。
「八日目の夜に祝福を、我が剣に力を……」
ザイーフが何事かを呟いている。まさか、ルールを破って、レプリカを使うつもり!?
まずい!!
私がそう思った瞬間には、赤紫に光る刃が私の模造刀を砕いていた。
あっ、
死ぬ。死んでしまう。
どうしたらいい?
ねぇ、シュウ……。
最期に彼の顔を見ようと視線を動かす。するとそこには、見たこともない顔をしたシュウがいた。
「リリース!!」
その叫びは、私の鼓膜を激しく揺らす。
彼の怒鳴り声を聞くのは初めてのことだ。
私へと向かっていた刀身は、何か見えないものに衝突し弾かれた。
「リリース!!」
再びシュウが怒鳴り声を上げると、ザイーフの身体が激しく地面へと叩きつけられた。
その現象には見覚えがあった。いや、見覚えどころの話ではない。
なんで? どうして?
お父さんと同じ力……。
先生が急いでシュウを止めに行くのを、私はただ呆然と眺めていた。
何が何やらわからない。
どうしてシュウがお父さんの力を……。