第三十一話『予定調和』
不思議と頭は冴えていた。やらなければいけない事がはっきりと見えている。
刀身がぶつかり合う金属音、至る所で鳴り響く銃声。戦火の中で僕を冷静にさせたのは、隣を歩く少女の手の冷たさだ。
「リリース」
僕はそう言って盗み出した力を行使する。
自身の幻影を生み出しながら、慎重に歩を進める。肩や足を数発の弾丸がかすめたが、意識を飛ばされない限りはナカシュの治癒能力が発揮される。しかし、それにも限界がある。
「そろそろ頃合いか……」
懐から小型の電子機器を取り出す。それは、死の商人、アルマ・ピェージェから渡されたものだ。その機器にはいくつかの小さなボタンだけがついており、僕は教えられた順にそのボタンを押していく。そして最後のボタンを押し終えた瞬間、遠くの方から爆発音が響く。
アドリブ混じりの展開ではあるが、悪くないタイミングだ。
今の爆発音は、仕掛けが順調に作動した証。
それはマールス教の教団内に運びこまれた砲弾が自爆した音。
本来ならばメルクリウス教徒を殺戮するはずの砲弾が自陣で爆発したのだ。
大まかではあるが計画通り。
銃器の存在で僅かにリードしていたマールス教は、自陣の爆発により混乱状態のはず。しかし、壊滅的な程の被害ではない。メルクリウス教が動くなら今だろう。このタイミングで戦力の大半を教団制圧に向かわせるのが定石だ。
案の定、メルクリウス教徒は敵陣へと踏み込み、マールス教はジリジリと後退する局面に。
これは好機。良い盤面だ。僕はイブの手を引きながらも、なるべく前へと進み、戦場から距離を取る。
そうして今度は先程とは違った手順でボタンを押す。
送られるのは救難信号。
的は一つに絞ってやった。僕の仕事はここまでだ。後はもう、人任せの見物といこう。
* * *
机の上の情報端末からアラート音が鳴り響く。
要塞内がにわかに騒がしくなってきた。じきに部下達が私の部屋を訪れるだろう。
あの少年は本当に面白い。やはり、私の目に狂いは無かった。人生の大半を武器商人として過ごしてきたが、あんな目をした人間は初めて見た。彼は究極の武器になり得る存在だ。彼は信仰心の欠片も持ち合わせてはいない。その性質だけでも十分に武器足り得る。神が恐れているものは、神を恐れない者の存在。
おそらく彼は、彼女と同じ異世界渡航者と呼ばれる存在なのだろう。ならば、彼の行動は世界の情勢をがらりと変えるかも知れない。それは即ち、計り知れない程のビジネスチャンスと言えよう。
果てのない展望。その先を考えるだけで、私の心は少しだけ潤いを得るのだ。心が感じる渇きは留まる所を知らない。砂漠の中で一滴の水を探し回っている。
そんな途方もない思考を打ち切ったのは、鉄の扉が開かれる音だ。部下の一人が息を切らしながら部屋へと飛び込んできた。
「アルマ様、本当に決行なされるのですか?」
迷彩服に身を包んだ部下は額に汗を垂らし、動揺混じりに私へと問いかける。
「当たり前だ。これは千載一遇のチャンスだぞ、乗らない手はない。さぁ、移動開始だ」
「し、しかし、あの少年の言葉を鵜呑みになさるのですか?」
見るからにうろたえた様子の部下。
「私の読みが外れたことはあったかね? これ以上、不毛な時間を使わせるな。私の一番嫌いなことはなんだ?」
「は、はい、失礼しました!」
「そんなことより、久しぶりの遠足だ。ありったけの弾薬を用意しろ。パーティーと洒落込もうじゃないか。こいつを動かすのは久々だが、脚の駆動に問題はないか?」
「異常はありません!」
敬礼とともに声を張り上げる部下。
「よし、ならば上々だ。しかし君の声帯は故障中かね? ボリューム調節は重要だ。何でも大きければ良いというものではない」
「失礼しました!」
「……。まぁ、いいか。よし、持ち場に戻れ。世界を動かす前に、まずは私達が動くとしよう」
「はい!!」
精一杯に張り上げた返事を残し、目の前の部下は大急ぎで部屋を飛び出す。それから数分後、要塞全体に大きな揺れが生じた。
あぁ、仕事は早く終わらせるに限る。まずは少年の回収が先だ。
しかし生憎と私は外の世界が嫌いだ。
だから、このまま行くとしよう。
私の意思に同調したかのように、再び要塞全体が震える。
さて、商売の時間だ。