第十八話『死の商人』
真正面にそびえ立つ、巨大な鉄の要塞。その中から迷彩服に身を包んだ男が二人、こちらへと向かってくる。そして何よりも気になるのが、その男達の手にはそれぞれ、拳銃が握られていた。
この世界にも銃が存在するのか。少なくとも僕は、マールス教の領地でもメルクリウス教の領地でも、銃を装備している兵士を見た事が無かった。しかし、よくよく考えれば、僕達はそもそも砲弾で撃ち落とされてここにいるのだ。銃の一つや二つで驚いている場合ではない。
「合格だ、中へ入れ」
男二人が拳銃をこちらに向けながら、要塞内へと案内する。
僕はすみやかに両手を上げ、降伏の意を示しつつ男二人の後に続く。
イブは状況を理解していないのか、小さなあくびをしながらも僕の背に続いた。
先導役の男二人が、大きな鉄の扉の前で立ち止まる。何やら、扉の端に設置された機械を操作しているようだ。
すると数秒後、分厚い鉄の扉が、ゆっくりと開いた。
随分と厳重なセキュリティだ。それに、マールス教とは比較にならない程の文明の差を感じる。
扉の先には、無機質だが広大な空間が。部屋の中央に立つのは真っ赤なスーツに身を包む一人の男。プラチナブロンドの髪を短く切り揃えたその容貌からは、不思議な品を感じさせた。
「すまないね、悪いが君達を試させて貰った」
柔らかな笑みは余裕の表れか、その男は微笑みを浮かべながらこちらへと語りかける。
「試す?」
一体全体、どんな道理があれば、空飛ぶ馬車を躊躇なく撃ち落とすことが出来るのか?
「私は力なき人間と話をしている時間がなくてね。あれは間引き作業のようなものだ。自己紹介が遅れたね、私の名は、アルマ・ピェージェ、アルマと呼んでくれ」
その温厚な声音に騙されてはいけない。先程の僕達を襲った砲撃はこの人の指示によるものなのだから。
「僕の名前はシュウ、隣の少女はイブ。マールス教の従者です」
「あぁ、知っているよ。アッシェ・ウィクリフから、一応話は聞いていたからね。ただ、関わる相手の品質は、自分で確かめるタチでね。しかし君は面白い言葉を使うね? 信徒ではなく、従者か……」
「何か問題でも?」
「いや、わざわざそう名乗るのは、自分は信徒ではないと声高々に主張しているように思えてね?」
ブルーの双眸が、僕の瞳を覗き込む。
「そうですね、僕はあくまでも従者です」
従者であって、信徒ではない。
「なるほど、気に入った。私も根っからの無宗派でね? 誰かにすがって生きるのが怖いのさ。だから私は加護の無い武器を好む」
そう言って彼は、腰のホルスターを優しく撫でた。
加護とは一体、何の話だろうか? そんな疑問が頭を過ぎるが、ひとまず今は、会話に戻ろう。
「ここは随分と進んでいるのですね。拳銃もあるようですし」
「ほう、銃を知っているのかね?」
目の前の男の目の色が変わった。
「はい、一応」
詳しいわけではないが、まるっきり知らないというわけでもない。
「私は武器商人をやっていてね。おかげで恨みを買うことも少なくない。武器を売って、恨みを買う。まったく素晴らしい仕事さ。おかげで毎日、要塞暮らしというわけさ」
アルマ・ピェージェ、この男の情報は僅かに与えられていたが、死の商人という異名は、どうやら本当らしい。
「マールス教では、拳銃の類は見なかったのですが?」
取引先ではないのだろうか?
「そうだね、私は基本的に神に使える教団とは取り引きをしない主義でね。まぁ、そもそも、彼らはあまり、拳銃の類を好まない。一部例外もあるがね。それで、君の用件は勧誘なのだろう? 私の選別にも生き残ったことだし、話だけは聞くことにするよ。さぁ、君の仕事は、私にメリットを提示することだ」
流暢な語り口はまるで、トップセールスのそれを想起させる。
この手の人と会話で勝負するのは危険だ。僕はあらかじめ用意していた、一枚の手紙を取り出す。それに素早く目を通したアルマは、すぐに口を開く。
「ほう、興味深い。信仰心どころか、君には……。いや、私も人の事を言えた義理ではないか」
そう言って、一人熟考するアルマ。
「どうでしょうか……」
僕は手紙に書いた提案について問いかける。
「これは君の意思か?」
青色の瞳が、真っ直ぐに僕を詰問する。
「はい」
僕は静かに、ゆっくりと頷く。
「なるほど、実に面白い。ビジネスというのは、無駄なリスクを避け、必要なリスクを歓迎することだ。そして私は、このリスクを取るべきと判断した」
その言葉を受け、僕の瞳が赤く染まることはなかった。つまり、目の前の男のそれらは、嘘偽りの無い言葉だ。
「ありがとうございます。では、賛同して頂いたと考えても?」
僕は念押しの問いかけを送る。
「あぁ、だが、最後に一つだけいいだろうか?」
「はい」
「君にとって平等とは何か?」
「嘘です」
「決まりだ」
「契約書はいるかい?」
「いりません、僕には目があるので」
「ほう、しゃれたことを言うね?」
僕の言葉に笑みを浮かべたアルマ。
「僕からも聞いて言いですか? 貴方にとって平等とは?」
「そうだな。今は嘘だが、いずれ本物になる物だろう」
「というと?」
「例えば銃は、弓や剣と違って神の御加護を受けることが出来ない。しかしその分、生まれ持った身体能力やレプリカの力による優劣の差を縮める物でもある。加護を受けた一騎当千の剣士よりも、銃を持った一万の兵士を調達することの方が遥かに楽だ。これからの戦争は剣よりも銃だ。そしてその先には……。いや、この続きは、語るのではなく、示すとしよう」
「わかりました、ではまたいずれ」
僕はそう言って一礼する。
「待ってくれ」
アルマはそう言って、僕の両手にひんやりとした鉄の塊を握らせる。
「これは?」
「私からの友情の証さ」
アルマのその言葉に、僕は再び頭を下げる。
柔和な物腰のせいで忘れかけていた。そう、彼の仕事は死を売る仕事。
そのプレゼントは引き金。
物語の幕を開ける引き金だ。