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第百話『創世の記憶』

 存在しない神を信じた母。その結果、家を出た父。


 そして今、目の前で姉が見知らぬ男達に取り押さえられていた。


 いや、もう見知った男達といっても良いだろう。この瞬間の記憶は何度も何度も悪夢として見ているからだ。


 なるほど、確かに物語のやり直しを願うのであれば、このシーンは実に相応しい。


 鏡湖池に飛び込んだ僕は、姉が陵辱されるこの場面へと辿り着いていたわけだ。そして、この何より重要な場面で意識を失ったわけだ。本当にどうしようもない人間だな僕は……。


「集、助けて……」


 姉が僕に向かって助けを求める。中身が白蛇(ナカシュ)であることなど知らずに。


「ケケッ、シュウよ、貸し一つだぜ?」


 まるで僕がこのシーンを盗み見していることを見透かしているかのように僕の口を使いナカシュが呟く。


 そして、誰よりも威勢良く言葉を放つ。


「貴様らに選択肢を与えよう。自らの意思でその女を解放するか、俺様に操られ結果的に女を解放するか。さぁ、選べ」


「は? 何言ってやがる。こいつ頭がおかしくなったのか?」


 姉を取り押さえている男の一人が言った。


「ケケッ、そうかい、そうかい。今、この場の俺様は強いぜ? 何せ、貴様らの信仰の対象は白蛇だからな」


 (ナカシュ)はそう言って、その場であぐらをかいて目をつむる。すると僕の身体は魂が抜けたかのように首がだらりと傾いた。


 そして次の瞬間、姉を取り押さえていた男が姉を解放して、他の男達を殴りはじめた。


 時間にして三分程だろうか、男達は仲間同士で殴り合い、全員が地に伏した。


「ケケッ、一丁上がりだな。それじゃあ次は、世界でも獲るとするか」


 邪悪に歪んだ(ナカシュ)の顔を見て、ようやく思い出した。


 今の今まで忘れていたのは、よほど脳が拒んでいたからだろう。


 白蛇教とは、僕から全てを奪った宗教団体の名だ。



 * * *


 (ナカシュ)が白蛇教を乗っ取るのに、そう時間はかからなかった。


 人は奇跡に弱い。


 白蛇を崇拝する宗教のもとに現れた一人の少年。その少年は奇跡を起こしてみせた。


 人の心を読むのだ。


 それだけではない。人の心の内に入り込み、その肉体を操ることさえ可能であった。


 小さな島国のマイナー宗教が世界中に影響を与えるのにもさほど時間はいらなかった。


 地球の信仰の半分近くが(ナカシュ)へと集まり、古くからの信仰は壊滅し、西暦が終わった。


 白蛇歴一年、その日、(ナカシュ)は神と成った。


 神が最初に行ったのは歴史の改変だ。


 聖書は焼かれ、新たな書物が綴られた。


 そこに記されているのは、邪神により地を這う存在へと貶められた一匹の白蛇の歴史。


 その蛇は神に欺かれた人間の目を覚ます為に、最初の女に知恵の実を食べさせるように助言をした。


「神に騙されし愚かな女よ。その目を覚ませ。神と同じ善悪を知れ」


 女は実を取って食べ、隣にいた男にもその実を渡した。


 そうして人は、裸体が恥ずかしいという感情を獲得し、子を産む痛みを知り、食べ物を得ようとする欲求を得た。


 人類史が証明しているように、それらの感情の全てが人の進化の根源を作り上げた。


 では何故、神はその実を隠そうとしたのか?


 その答えは至極簡単である。


 神は最上の存在である自身に少しでも近づく存在を決して許しはしないからだ。


 感情の隠匿は罪だ、進化の妨げは悪である。


 神を恐れるな、恐れるべきはあらゆる停滞だ。


 知識や感情の独占は終わったのだ。


 神だけが持ち得た善悪を我々はもう知っている。


 特異性は失われた、神と人の境界線は消えたのだ。


 その日を持って神は死んだのだ。


 いや、神は人になり、人が神になったとも言えるだろう。


 では二度と、唯一神と呼ばれるべき特異性を持った存在は現れないのか?


 答えは否だ。


 人が知恵の実を初めて口にしたその日と同様に、人類が進化を強く求めたその時に、再び奇跡(かみ)は現れる。


 強烈な進化圧とも呼べるだろう。


 奇跡をもたらす存在が人を次の階層へと押し上げる。


 神とは進化をもたらす存在の名だ。


 進化そのものを神と呼んでも良いのだろう。


 奇跡をもたらす先導者に従え。


 人は、善悪の先を知ることになるだろう。


 

            発行所

             白蛇教協会


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