1-4-XX. 渡せた思い、渡せない想い
学園モノのドラマとかで見る学校の靴箱には扉がついていて、恋愛系なら開けるとラブレターがどさっと崩れてくるとか、あるいは――いじめのシーンだったら、ゴミとかが詰められていたりとかするのを見たことがある。
ああいうのは『扉を開ける』という動作が挟まってワンクッション空くから、成り立つシーンなのだと思う。
閉じられたところを開けるという緊張感の漂う動作が成せる技というか、そういう雰囲気が良い味を出すというか。
だから。
「どうしようかな……」
バレンタインデーの朝も、月雁高校の玄関でそんなドラマは生まれない。
オープンすぎて、ドラマティックな演出はできない。
丸見えな靴箱を目の前にして、あたしはため息をつく。
いつもより早く目が覚めてしまい、そのままいつも通りに朝の支度をした結果、いつもより早くに到着してしまった。
当然ながら、朝に強くない彼が学校に来ているはずもなく、あたしは今日の予定の練り直しをする羽目になった。
そういえば、この時間だと……。
「……直接で、いいよね」
できれば、誰もいないような場所がいい。
普段から好く言えば明るいタイプの人だ。
人目が有るところだろうと何だろうと、彼ならオーバーリアクションになる気がする。
ちょっとそれだけは、恥ずかしい。
職員室に近い側の階段とかだと、あまり生徒は通らないことを思い出す。
朝の間であればそこが狙い目かも知れない。
「……?」
スマホが震えた。
誰だろうかと思えば、相手は丁度その彼で。
『おはよー』
気の抜けたようなメッセージ。
本当に『今』起きたのだろう。
毎朝これだけは欠かさないのはいいけれど、さすがにもう少しくらい早く起きた方がいいと思う。
ただ、このあと二度寝をしようものなら遅刻は避けられない。
いずれにしても、あれだけいろいろと考えていたのが完全に無駄になった。
ため息が出る。
呆れとともに、安堵の吐息も混ざっていた気がする。
でも、それでいいと思う。
放課後にそっと渡せればそれで問題無いはずだ。
「あ……っと」
「……あれ?」
不意に近付いてきた人は、見覚えがあった。
――見覚えがあるどころではない。
1度だけではあるけど、いっしょに遊んだこともある人だった。
「仲條さん……?」
「あ、御薗さん。おはよー」
「おはよー。……どうしたの? 7組の玄関って」
「あ、うん。ちょっとね……、じゃなくて、何でもないの! ごめんね!」
『7組の玄関はこっちじゃない』どころか、『え?』とも言わせずに、彼女は7組側の玄関へと走って行った。
何かあったのだろうか。
訊くこともできなかった。
おっとりとした感じもする彼女の話し方からは、ちょっと想像できないくらいの健脚だった気がする。
「……まぁ、いっか」
気にしても仕方が無さそうな気もしたので、一旦横にでも置いておく。
靴を履き替えて教室へ向かおう。
長居をするには、ここはさすがに寒い。
階段の方へと向かおうとして、足下に違和感。
見れば靴紐が両方ともかなり緩かった。
普段からそこまでキツく締めている方ではないけれど、さすがにこれではどこかで脱げてしまいそうだ。
玄関正面辺りにあるベンチに座って結び直すことにした。
ここからだと1年7組の玄関が目の前に見える。
すでに仲條さんの姿は無かった。
気にしないことにしようとしていただけで、内心そこまで無視できていなかったらしい。
気が散ったせいか、何度か失敗する。
――いや。
ここは寒さで指がかじかんでいたからだ、と思い直す。
ようやく右の靴紐を結び直して顔を上げると、運が良いのか悪いのか、折良く彼が7組側の玄関扉を開けるところだった。
彼はまだこちらには気付いていない。
一瞬声を掛けようか迷う。
少しだけ温かい気持ちになって、――直ぐさま、スッと寒気を帯びたような血が流れていくのを感じて、そのまま階段に向かった。
放課後。
ギリギリで遅刻を免れた彼にチョコを渡すことに成功した。
朝の内に考えていた場所――職員室側の階段の踊り場――で、部活に行く前に。
『絶対に大声をここで出さないで』ということと『絶対に学校内で開けたり、見せたりしないで』ということ。このふたつを守ってね、と言ったら素直に聞いてくれた。
おかしなことにならなくて本当に良かった。
持ってきているから安心して、と何度メッセージを送っても、気が逸っていた彼は1日中テンションがおかしかった。
あれでは絶対クラスメイトにはバレていただろう。
既製品ではないチョコと言うだけの話でそこまで杯にならなくても良いのに、とは思いつつも、それだけ喜んでもらえるのは結局うれしかった。
ただ、渡し終わって彼が部活へと向かっていく、その姿を見ながら。
――どうしようもなく、心に穴が開いたような感覚で満たされてしまった。
今朝方に見た彼の手には、手袋があった。
かわいらしい、赤のタータンチェックの手袋だった。
手袋なんて、あの人が身につけているところなんて見たことがなかった。
――それこそ、手袋は? とずっと訊いていたくらいだったし、いつも『別にいいんだ』と笑いを返されていたのに。
「どうしよう、これ……」
朝と同じ事を呟いていることに、ちょっとしてから気が付く。
あたしの手には、プレゼント。
中身は、チョコと手袋。
手袋は既製品だけど、結構時間をかけて選んだつもりだった。
勉強会の時もパフェ会のときもお世話になって、誕生日にプレゼントももらって。
何もしないのはおかしいと思って――――。
いや。
違うかな。
そんなのは、ただの言い訳かもしれない。
音楽室の前を通ったときには、吹奏楽部はまだ片付けをしているようだった。
すごく楽しそうな声が、防音設備を飛び越えてわずかに聞こえてきていた。
その中には彼の声もあったような気がしていた。
怖くなる。
どうしようもなく。
竦んでしまった足を、あたしが持っているほんの少しの精神力で、何とか階段へと向かわせる。
何とか玄関まで辿り着いて、靴箱の中に入れれば、それですべて片が付く。
そんな期待感だけを頼りに、強引に足を動かす。
こういうときに限って頼みの綱――今日、美里は用事があると言うことで早々に帰路についていた――が無いことを恨んだ。
足を踏み外すようなこともなく、何とか玄関に辿り着いて。
――余計に、一歩一歩に力を使わないと行けないことになった。
玄関に、仲條さんの姿が見えた。
どうしてこんな時間に生徒用玄関に居るのだろうか。
特別教室を使わない、外での活動をメインにしている部活に所属している生徒は、こんな時間まで校内に居ることなんてほとんどないはず。
仲條さんは、あたしと同じクラスの花村すみれと同じ硬式テニス部のはずだ。
そして、あの人と同じクラスの――。
そこまで考えて、一旦階段を上り、2階を経由して、彼女の目に付かないように自分のクラスの靴箱が並ぶエリアへと何とか辿り着いた。
――今日は、もう諦めよう。
冬の寒さにも負けないくらいに熱くなっている涙腺を何とかなだめすかして、極力音を立てないようにして玄関を出た。
靴を履き替えて、手に持っていた包みを再びカバンの中の、元々それが収まっていた場所へと押し込む。
行き場を無くしたプレゼントは、一体どうしたら良いのだろうか。
行き場を無くした気持ちも、一体何処へ保管すれば良いのだろうか。
こんな、どうしようもない疑問に答えてくれる人は、この世界には居るのだろうか。
空を見上げたところで、何も返っては来なかった。
お久しぶりのあとがきです。
どもです、御子柴です。
これにて、『クロスロード・カンタータ』第1章、「Pathetic Prelude (パセティック・プレリュード)」は終幕となります。
この4人(+α)を取り巻く恋愛模様、晩秋から見ればちょっとは動いたのかもしれません。
ただしそれは、必ずしも好転でもなさそうですが……。
吹奏楽部員と合唱部員が出てきますが、音楽要素があまり多くなかった気がしますね。
一応、エピソードの節々には曲名だったり、その曲の歌詞を要素に含めたりということはしてました。
……それでも、なんだかなぁ、と思い、そして以前から興味はあったので、御子柴は最近フルートとクラリネットを始めました(!?)。鋭意練習中です。
正直言えば、瑞希くんが今担当しているオーボエをやりたかった気持ちもありますが、オーボエってかなり高いよね……。びっくりぽんでした。
今後はさらに高濃度な展開が期待できると思いますよ。
続きは『クロスロード・カンタータ』第2章、「Soir Sonnet (ソワール・ソネット)」の更新をお待ちください。
このバレンタインデー直後から、彼らが2年生に進級して少し経つくらいまでのお話となる予定です。
……なお、この『クロスロード・カンタータ』シリーズですが、最終章の最後は彼らが高校を卒業するときになります。
まだまだ続きますし、とてもゆっくりではありますが、彼らの成長を見守っていただけると幸いです。
ということで。
ここまでお読みいただきましてありがとうございました! 御子柴流歌でした。





