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幼なじみの恋人は僕の友達 友達の幼なじみは僕のXXX 〜Crossroad Cantata (1) / Pathetic Prelude〜  作者: 御子柴 流歌
1-4. 虹と雪のバラード

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1-4-19. 虹と雪のバラード


 いくつか失敗してしまったような箇所もあったが、御の字といったくらいだろうか。

 点数を付けるならば、78点。

 それくらいの感覚だった。


 いつも通り落ち着ける場所ではあるこの喫茶バルでの演奏のはずが、今は気持ちが少し浮ついていたような気はしていた。

 いつも通りの場所に、いつも通りではない光景があったからに他ならない。

 目の前の女の子の視線から、どうしても逃げられなかった。

 敢えてとばかりに時折の彼女の視線と自分の視線をぶつけてみると、どうしようもなく潤んだ瞳が視野いっぱいに広がったような錯覚になった。

 これで平常心を保ってこそのはずだ。

 まだまだ精進が足りていないのかもしれない。



「お粗末様でした」


「すごい……」


「それほどじゃないってば」



 謙遜ではなく、本当はもう少しやれたのに、という気持ちから出た言葉だった。



「そんなことないよ」


「そうだぞ、瑞希(みずき)。そういうときは素直に受け取るんだ。そんなもの拒んでいても男は上がらんぞ?」



 本当だろうか。

 なにせ、マスターの言うことだし。



「どうにもお前の失礼な視線が気になるんだが」


「それこそ気のせいだよ」



 良かった、伝わっていたらしい。

 目は口ほどに物を言うとは、やっぱり真実だ。



「私、オーボエの音って好きかも」


「ホント? それ言われるのは、すっごい嬉しいな」


「うん。何て言うのかな……、ちょっと、うん。……泣きそうになった」


「……そっか」



 楽器の音の哀愁か、曲の哀愁か。

 それとも、また別の哀愁なのか。


 その言葉の真意は掴みきれなかった。



「CMとかでもけっこういろんなところで聴ける音だから、今度探してみてよ。……何だったらそういうCDとかも持ってるから貸せるし」


「ほんと? じゃあ、……今度お願いしちゃおうかな」


「もちろん」



 笑って肯くと、仲條(なかじょう)さんは少しだけ目元を気にするような素振りを見せて、綺麗に笑った。

 もしかすると、『泣きそうになる』じゃなかったのだろうか。



亜紀子(あきこ)ちゃんもこう言ってることだし、今日のお代に関しては合格だな」


「マジ?」


「マジ。なんなら何か1杯サービスしてやってもいいぞ」



 お。渡りに船だ。



「……言ったね?」


「アルコールは駄目だからな」



 そう言いながら、マスターは悪い顔で笑ってくる。

 冗談を言っているということを表情で宣言してきた。

 それにしても相変わらず健康的な歯列だ。

 酒とコーヒーは愛しているが、煙草はやらないタイプのおっさんだった。



「彼女に、カフェラテを。ミルク多めで」


「え?」


「……ほほう?」


「はいはい。客の注文にはすぐ応えるっ!」


「照れ隠しかい」



 うるさい、うるさい。

 そういう視線が鬱陶しいからだ。

 それ以外の理由なんて無い。



「さっき、仲條さん飲みたがってたし、丁度良いかなって。……マスターのカフェラテ、好きなんだってさ」


「バカ。瑞希、お前な、そういうことは早く言うもんだ。……亜紀子ちゃん、ありがとね。今いれるから」



 喜び勇んで裏へと下がっていくマスター。

 リビドーに忠実なタイプの人は御しやすいのだ。

 ――もちろん、マスターの場合はキャラクタ作りとしてやっている節もあるのだけど、幾分かそういう方が楽なのには違いない。



海江田(かいえだ)くん、良かったの?」


「何が?」



 申し訳なさそうに仲條さんがこちらを窺ってくる。

 が、またしても真意を掴みかねたので訊き返してみた。



「私のじゃなくて、自分の……」


「ああ、そういうことか」



 なるほどね。



「気にしないでよ。ボクはボクでまたあとで……、まぁ、何か選ぶし」


「そっか」



 とくに決めていないし、場合によってはミネラルウォーターでも構わなかったので、適当に言ってしまった。

 それを聞いた仲條さんは、何かを深くかみしめて味わうような表情で、少し俯く。

 視線は一瞬だけどこか遠くを見たようだったが、直ぐさまボクへと戻ってきた。



「だったら……」


「うん?」


「……私から海江田くんに、今日演奏を聴かせてもらったお代として」



 何かを決心したように大きく肯きながら言うと、彼女は自分のカバンを置いているソファへと向かう。

 何やら探し当ててこちらへと戻ってきた彼女の手の中には――。


 ――例の、チョコがあった。



「これ。……海江田くんにあげる」


「え? だって……これは」


「良いの。聴かせてくれたお礼と、……いろいろ聞いてくれたお礼と。他にもいろんなお礼ってことで」



 ずいっと差し出されるかわいらしい赤い包み。

 さっきのためらうような視線はどこへやら、今の彼女からは意志の強さのようなものを感じる。



「それに……、このままだったら、このチョコも気持ちも、置き場所が無いから」


「……っ」



 思わず息を呑んだ。


 今、彼女が抱えている行き先も置き場のない想いを、さらに払いのけることなんて。


 ――できるだろうか。



「わかった。……もらっちゃうね」


「うん、ありがと」


「あ、そうだ」



 名案と言えるかどうかはわからないけど、こういう風にすればいいんじゃないか。



「だったら、いっしょに食べちゃおうよ」


「え?」


「何系のチョコ? ミルク系? それともビター系?」


「……どっちかと言えばビター系かな」



 訊かれるままに答えた感じになる仲條さん。

 それでもいい。

 強引に流してしまおう。



「それならマスターのカフェラテにも合うと思うし、……ね?」


「……うん」



 ほっと頬が緩み、安心した表情になる。

 ひとりで抱えきれそうもないのなら、少しだけでも誰かが支えてあげればいい。

 ボクにならどれだけ預けてもらっても構わない。

 極力、優しく見えるだろう笑顔を向ける。



「……ごめんね」


「え?」


「……ううん、なんでもない。ありがとうね、海江田くん」


「いえいえ」



 置いたままのオーボエを取りに行くフリをして、その場から少しだけ離れることにした。

 それを見て仲條さんも、ソファテーブルの上にチョコの準備を始めた。


 ――白々しく聞こえていないふりをしてしまった。


 残念だけど、きちんと聞こえた『ごめんね』の声。


 彼女がそれにどういう意味を込めたかは、ボクにはわからない。


 いっしょに食べるというアイディアも、本当に正しいかどうかも、解らなかった。









 結局、件の『歌声喫茶バル』が始まった直後まで居てしまった。

 流れで1曲演奏させてもらったのだが、好評を頂いたのでよしとする。



「疲れてない? だいじょうぶ?」


「大丈夫だよ。……ふふ」


「どうしたの?」



 楽しそうに笑う仲條さん。

 笑いどころはあっただろうか。



「いちおう私、体育会系だからね?」


「……ああ、そっか」



 体力には自信がある方だからなめないでほしい、とか、そういうことだろうか。



「それは、申し訳ない」


「いえいえ。……今日の演奏に免じて許してあげます」



 最初の演奏を聴いているときと比べれば、声の雰囲気から笑顔の作り方まで全然違っている。

 憑物が落ちたような、と言う表現だと行き過ぎな感じもあるが、それを15倍程度に薄めたくらいならば適当だと思う。

 そんな声色だった。



「ありがとうね」


「……うん」



 疑問調にはせずに、頷きを返す。

 チラリと横目に見た仲條さんは、少しだけ満足そうな顔をしているように見えて、どうにも苦しくなった。


 彼女に対して嘘をついているからなのだろうか。


 それとも、何か違う感情が働いた結果だろうか。


 本当に、よくわからない。


 すべての感情に、分類や説明が付けられれば楽なのに。


 気持ちの正体に名前を付けるのは、やはりその気持ちの持ち主だけなのだろう。


 だけれど、そんなことはもう知ったことじゃない。


 言うことでもない。


 誰にも言わなければ、誰かが傷つくこともない。


 隣の彼女をもう一度、一瞬だけ見て、いつの間にか雪が止んでいた空を見上げる。


 妙に青く光り輝いているように見えた夜空は、何かの暗示なのだろうか。



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