1-4-14. 甘くはない帰り道
「寒いね」
「寒いねー……」
静かなつぶやきに仲條さんの穏やかな声が返ってきた。
なるほど、この気持ちなのか――。
国語の便覧かなにかで見た短歌を思い出す。
陽は完全に暮れて真夜中の様相。
雪は相変わらず穏やかに降り続いている。
秋のころにいっしょに帰ったときとは違って、傘などはさしていない。
仲條さんも傘は使っていない。
相合い傘をしているわけではない。
だけど、ボクと彼女との間の距離は、相合い傘をしているときとあまり変わらないような気がした。
それはただ、脇に固められた雪で歩道が狭くなっているせいではないとも思った。
白い息は、雪の降りてくるのと逆行するように、空へと舞い上がっていく。
少しだけ、取り残されたような気持ちにもなって彼女の横顔を一瞬だけ見ると、仲條さんはボクの手元に視線を送っていた。
「その手袋、かわいいね」
「え? あ、ありがとう」
突然褒められて、ほんの少しキョドる。
声が上擦らなくて良かった。
「自分で買ったの? 前まで手袋してなかったような気がするんだけど」
「あー、この前先輩たちと雪まつり行ったときに、プレゼントしてもらった」
「へー……! やっぱりそんな感じの仲なんだ。プレゼントしてくれたのって女子の先輩だよね、たぶんだけど」
「うん」
言い方は悪いけれど、こういうチョイスをするような男子がウチの部に居るか、って話ではある。
不意に佐々岡くんの顔がもやのように浮かんできて、脳内でそのもやに思い切り手を伸ばしてかき消した。
消えていく佐々岡くんがものすごく怒っていた気もするが、関係ない。
「ボクと同じ楽器やってた卒業する先輩と思い出作りみたいなことしよう、って感じで、神流が誘って。で、神流のやってる楽器の先輩を加えて4人で。……まぁ、ボクは巻き込まれたような恰好だけど」
最後の一文は慌てて付け足した。
ここで変な展開にするようなタイプでは――無いとも言い切れなかった。
圧しが弱そうに見えて案外そうでもない一面を持っていたんだった。
結局あれから仲條さんは、マスターのお店には足を運んだりしているのだろうか。
その後の顛末はボクは知らない。
とはいえ、仲條さんは案外その辺りをスルーしてくれた。
反応自体が薄い。
引っかからなければ引っかからないで何ひとつとして問題は無いのだけれど。
「吹部って、義理チョコ配ったりとかってするの?」
――お、っと。
際どいところを話題を振られるとは思わなかったので、少し返答が遅くなってしまう。
「仲良いから、あるでしょ?」
「あったよ、今日」
「やっぱりー」
「駄菓子系チョコの祭典だったよ、おいしかったけど」
カバンの中にはまだいくつか入っている。
片付けの最中の股間にばらまかれたあとからも、いくつかもらってしまっていた。
「甘党だもんね、海江田くん」
「……もう完全に公然の事実かー」
いろいろと諦めるしか無さそうだ。
そんなボクの反応に、仲條さんは楽しそうに笑った。
「そんなに落ち込むこと無いと思うんだけどな」
「そうかなぁ。甘党男子って、なんか……」
「えー。そんなこと気にする人なんてもういないでしょ、きっと」
そうだったらいいんだけど。
この嗜好だけは恐らくこのさきもずっとこのままだろうと思うし。
「でも海江田くんがいるから、お返しのお菓子は信頼できそうだよね、吹部って」
どうにも諦めてはいけなさそうな言葉が返ってきた。
「それを本人前にして言っちゃうの?」
「だって、女子力高いって」
――またそれか!
「ちょっと待って。吹部の外にまでそのネタって漏れてたの?」
「え? ネタだったの?」
「……あれ? そこまで信憑性の高い情報筋から出てきた話なの?」
質問を質問で返され、さらにそれに対して質問をしてしまった。
「ネタっていうよりはしっかりとした情報だったよ? ちなみに私は、すみれから聞いたんだけど」
すみれ、と言えば――、2組の花村さんか。
花村すみれ。
仲條さんとダブルスではペアを組んだりしている硬式テニス部の女子。
いや、それはまぁ、今は、そこそこどうでもよくって。
彼女には誰が言ったのかは何となくわかってしまったから、それはいいとして。
「『私は』って……」
明らかに、かなりあちらこちらに流布されていそうな予感がして、背筋が寒くなった。
丁度後ろから吹き付けてくる風のせいではないはずだ。
「逆チョコとかあげてそうな気もしてるしね、海江田くんって」
「まさか」
「あ、知ってはいるんだね」
「一応はねー」
朝の情報番組やらで、世の男性たちが耳を痛くしそうな話題が昨日までぶち抜きだったし。
イヤでも耳にするだろう。
水を差すような言い方はしたくないが、『そこまでするか』という感想は人並みに抱いた。
ちなみに、『まさか』とは言ったが、ある意味逆チョコをあげた相手は、いる。
――とはいえ。
「時々映像で出てくるチョコが、美味しそうなんだよね」
「わかるー、すっごくわかるー」
甘党であることも知られているのなら隠す必要は無い。
「『バレンタイン・プロムナード』だったかな? 中央駅の百貨店とかでやってたやつ。あれにはこの前行ったよ」
「あ。じゃあ、あれは本当だったんだ」
「……え?」
何だろう。ものすごく嫌な予感――。
「海江田くんみたいな人がバレンタインフェアに来てた、っていろんなところでウワサになってたけど、じゃあ本当だったんだー」
「えー……」
ウソでしょ。
そんなことある?
「ほらほら。そのあたりが女子力高い、って言われるんだよ。周りみんな女の人ばっかりだったでしょ?」
「う……、うん、まぁ」
高校生男子の姿は、あのときは見当たらなかったというのは確かだった。――けども。
「だったら、もう白状するよ」
「え……?」
「母さんのだったんだよ。『このショコラトリー出店してるみたいだから、買ってきて! お駄賃としてアンタも好きなの買ってきてOK! なお、それをバレンタインのチョコに替えさせていただきます』って言われちゃってさ」
言いながら母さんから届いたメッセージを見せると、仲條さんは耐えきれないといった感じに破顔した。
「仲良しだねー」
「……つきまとわれてる感も強いけどね」
「でも、イヤではないんでしょ?」
「……不本意だけどね」
苦笑いを送ってみたが、仲條さんはとても生暖かい微笑みを返してくれていた。
実際にどう思っているか、彼女はわかっているらしかった。
ただ、言いながら、薄らと察するところはあった。
話題が途切れてしまうのを恐れているような、そんな仲條さんの雰囲気だ。
少しでも明るい気分で帰りたいし、帰してあげたい。
そんな傲慢なことを思っていたりもしていた。
なるべくなら地雷原のあるような話題を避けて、心穏やかに、帰路につく。
それだけを最優先にしていた。
実際直面すれば、そんな余裕も気持ちも無くなる。
何を話そうか、なんて思っている間にゆっくりと歩は進み、仲條さんが話をつないでくれている。
――つながせてしまっている、というのが正しいかも知れないが。
「ちなみにね、私も行ったよ。たぶん海江田くんが行った日とは違うけど」
「そうなの?」
「うん。すみれといっしょにね」
「そっか……」
返答に困り、何の中身もないような言葉になってしまう。
きっとそれは友達同士での――この場合だと、ダブルスのパートナーという意味合いもあるだろうけど――チョコ交換が目的なのだろう。
だったらそのあたりを訊くのがベスト。
そんな答えを自分の中で出す間もなく、仲條さんが口を開いた。
「海江田くんさ……」
「ん?」
「……訊かないんだね」
遠くの幹線道路から大型トラックのクラクションが響いてきた。
その音に弾かれたように仲條さんを見ると、彼女はさきほどよりもさらに穏やかに微笑んでいた。
街灯に照らされているはずなのに、とても冷たい色に染まっていた。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
意味深な感じで終えたつもりです。





