1-4-13. そしてボクは、またキミを誘った
今日はいつもより調子が良かったような気がする。
好きなチョコで糖分補給ができたおかげかアタマも冴えていたし、運指も快調だった。
もちろん、一旦口は濯ぎに行っているので安心して欲しいのだが、毎回部活の前にはチョコレートひとかけらくらい食べてからの方が良いのかもしれない。
そういえば、と思い出すのがテスト前。
各教科のテストが配られる直前に、板チョコをひとかけらずつ食べている子が居た。
効果はやっぱりあるのかもしれない。さっそく明日の部活から試してみよう。
今はとりあえず楽器の片付け作業だ。
手軽にいろんな種類のチョコを入手できるのはどこのスーパーがベストだろうか、などとちょっと片付けとは関係のないことにも意識を飛ばしてはいるけれど、問題はない。
「はいはーい、みずきくんおつかれさまー」
「おつかれさ」
言い切る前に、手元に小さなモノがバラバラと落ちてきた。
「わ!」
足の隙間からこぼれおちそうになったその何かを、足を思いっきり閉じて何とか押しとどめる。
よく見れば、何てことはない話だ。
「チョコか。びっくりしたー」
「あはは、ごめんなさーい」
そう言ってちょっとだけおどけたのは、和恵さん。振り向けば神流とエリーの姿もあった。
エリーが笑いながら言う。
「それ、余っちゃってさー」
「あれだけたっぷりあれば、さすがに余るってば」
「みんな、ちょーっとだけ、本気出しちゃったからねー」
ちょっとだけ、とは。
まるでサンタクロースが背負った袋みたいな膨らみ方が、ちょっとだけ、なのか。
「それで、これは?」
「ん。だから、その余ったヤツをプレゼント、ってことで」
「そういうことね」
先生が来た時点でチョコは一旦袋に掻き集められていた。
が、その後の展開は知らなかった。
あれだけの分量を買ってきた人たちで再分配となると、ちょっと面倒なことになるだろうし。
ちょっとムリヤリでも押しつけた方が良さそうだ。
「ミズキ、何か勘違いしてそうだよね」
「なにが?」
「余ったって言っても、女子で分け終わった余りってことだから」
「……ん?」
何が違うのだろう。
「買った人で何個かずつ分けて、それでも配りきれなかったからそれを全部、ってこと」
「あ、そういうこと」
てっきり男子に分け終わってその余り、と言うことかと思った。
「みずきくんが甘党なのは公然の秘密みたいなところあるからね」
「そもそもミズキ、隠す気も無いでしょ?」
「その通りだけどさ」
好きなモノ――とくに食べ物とか、グッズとか――は別段隠すこともない派である。
「ってことで、満場一致で『全部みずきくんにあげれば平和に解決』ってことになって」
「もちろん、それを話し合ってるときに視界に入るところにいた、っていうのも理由だけどね」
――正直、そう言われると何とも言えない感覚に陥ったりするわけだけど。
拒む必要も無い。
「だったら、ありがたくもらっておくね」
「そうそう。それでこそミズキ」
「……ありがとよ」
少し釈然とはしないが、チョコのおいしさに免じて許しておこう。
荷物を整理し、トイレに行ってから帰ってきたときには、すでに音楽室は閑散としていた。
あれだけの楽器の音が充満していた音楽室とのギャップに、少しだけ笑えてくる。
まだ数人残っていた先輩達に挨拶をして、少しだけ急ぎ足で階段へと向かった。
足音のよく響く廊下は既に暗い。
人影もない。
そして何より、寒い。
雪の降り方は温和しいのだが、寒さはまったく温和しいことなんてなかった。
今日も絶賛真冬日。
ここ数日はずっとこの調子。
ハラハラと舞う雪がちょっとした宝石みたいに光って見えるくらいのところもある程度には、今日も寒かった。
上着のポケットを探って手袋をはく。
先輩達にもらったモノだが、思った以上にしっくりきていて自分でも少し驚く。
あったかさって良いものだな、なんてことを殊勝にも思ってみたりした。
1階まで降りたところで、少しばかりの違和感に気付いた。
気のせいかとも思ったが、近付くつれて違和感の正体にも気付く。
玄関の扉近くに、人影をようやく見つけた。
まだ誰か残っていたのだろうか。
声を掛けようと思って小走りになると、足音に気付いたのだろう。
その人影はこちらに振り向いた。
その人影はよく知っている人ではあったのだが、このタイミングで見るにはいささか意外性があった。
「……え。仲條さん?」
「海江田くん……」
その人影は、仲條亜紀子。
声はおだやかだったが、何かに驚いたような動きをしたのは彼女の腕。
何かを後ろ手に隠したような動きだった。
いつぞやもこんなことがあったような気がすると記憶を辿る。
そうだ、昨年の11月くらいだ。
あのときは雨が降っていて、傘を持っていなかった仲條さんが立ち往生していた。
でも、今回は違う。
雪が少しくらい降っているならフードを被ればどうとでもなると思うのが星宮の人間だ。
それは老若男女を問わない。
雪なんか、室内に入るときに手で払い落とせば良い。
ただそれだけのモノだ。
だったらなぜ、こんな時間に――。
「どうしたの?」
「あはは……」
彼女は声だけで笑った。
その表情には少なくとも、楽しさなんてカケラもなかった。
「ちょっと、『忘れ物』をね」
「1年2組の靴箱に?」
彼女が立っていたのはボクらのクラス1年7組の靴箱がある区域ではなく、その少し隣の方にある1年2組などのエリア。
ボクの視線から何かを隠すような動きと組み合わせれば、何をしようとしていたかはうっすらとわかる。
「プレゼント的なことかな?」
「……やっぱり隠せないかー」
「そりゃあね。挙動不審だったし」
「ハッキリ言うんだね、海江田くん」
「う、それは……、ごめん」
刀は鞘に戻すべきタイミングだろう。
口から出てくる言葉はそれなりに元気そうな感じだけど、あくまでもそれは空元気のようなものに思えた。
声の明るさが弱い。
「まー、いっか。海江田くんになら、言っても」
少し諦めのようなトーンで、ボクの視線から遮るように身体の後ろに隠していたモノを見せてくれた。
シンプルな赤い包装で包まれていた、中には恐らくチョコレートが入っていると思われる箱だった。
「体裁としては、部活で配る分の余り、って感じで」
「手作りなの?」
「うん。それなりに得意なの」
包装の具合がお店でやってもらったものとは少し違った感じがしたので訊いたら、予想した通りだった。
自分で得意だと言えるくらいならば、相当なものだろう。
「だったら義理チョコ感たっぷりの雰囲気で」
「そう思ったの、私も。今朝学校に来るまではね」
微笑みを浮かべる。
少しの風で飛ばされてしまいそうな笑みだった。
その下には、本当はどんな表情を隠しているのか、何となくわかってしまった。
「……でも、いくらなんでも、『彼女いるんですー』ってアピールしている他のクラスの人には、義理でもあげづらいなーって思っちゃって」
「で、結局こんな時間に?」
「そう。……バカだよねー。今日はこの時間までかかるのが本当はわかってて、チラッと聞こえてきたから野球部の練習はこんなに遅くならないのもわかってて。誰も居ないから変なところは気にする必要無いかわりに、どうしたって今日中には渡せなくて」
自嘲するような物言いは、何かをギリギリのところでせき止めている堤防のような雰囲気。
危うさを秘めている色合いだった。
そんな色に対して、どんな色を足すべきなのか。
あるいは、そのまま乾ききるのを待つべきなのか。
どうにも美術は得意じゃない。
答えはわからなかった。
表面的なことを言ったりするのはカンタンだ。
それは、言い方は悪いけど、いつもの自分でもできる。
ただ、内面的なところに触れることは――。
――そんなボクの逡巡を知ってか、知らずか。
「何だか、海江田くんの顔見てたら、別にいいかなー、って思って来ちゃった」
「……そっか」
「今から帰るところ?」
「うん、ちょっと寄るところはあるけれど」
一瞬だけブレスを挟んで、すぐに言葉をつなぎ直す。
「……いっしょに帰る?」
「海江田くんが良かったら」
「じゃあ、……行きましょう」
「はい」
妙に畏まった言い方になりつつ、ボクらは自分のクラスの靴箱へと向かった。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
青春ネタパートから、恋愛パートに変わりました。
後少しでビターなバレンタインデーも終わるんですが、彼らには少し乗り越えてもらいましょう。
ここからの展開もご期待ください。





