1-4-12. チョコの嵐、恋の嵐
「皆さんおつかれさまー!」
元気な声とともに、思いっきりドアが開けられた。
またか、と思いつつ視線を送ると、声の主は予想通りに春紅先輩だった。
「はいはい、男子諸君そこを一瞬どいてー!」
露払いとしてはさすがに勢いが良すぎる気もするけれど、義理チョコになおも群がっていた男子部員も、さすがにおとなしくその場から離れた。
「はい、よくできましたー、っと!!」
――どさーーーーーー!
「うわ!?」
「ちょ、先輩、やりすぎっす!!」
「あー、中の方に!?」
「やばっ! 誰か取って!!」
阿鼻叫喚。
地獄絵図。
魑魅魍魎はさすがに違うか。
後ろからついてきた先輩が、持っていたビニール袋の中身を思いっきり解放。
というか、ぶちまけた。
その勢いがあまりにも強すぎた。
飛び交うチョコ。
チョコフレークのようなものとか、麦チョコっぽいものまで混ざっているが、途中何かの拍子に袋が破けたのか中身までいっしょに宙を舞った。
その結果、哀れ、グランドピアノの方にまでチョコの嵐が吹き荒れたというお話。
――そんな様子を、運良く事故現場から離れたところにいたボクらは、ひどく冷静に見物してしまった。
先にもらっておいて良かった。
そして、ぐだぐだと爆心地に残っていなくてよかった。
そもそも、まだ神村先生が来てなくてよかった。
来てたら今日の部活、ホントに地獄だぞ。
「やっぱ、色気もへったくれもねえ」
「さすがにアレに対しては、その意見も認めるわ」
「だろ?」
いつぞや言った言葉をリフレイン。
前回はそんな佐々岡くんをきっちりと追い詰めた彼女たちも、さすがにこの光景には閉口するしかなかったようだ。
「これぞ我らが吹部の現実だ、海江田」
「いや。そこでボクに振らないでくれるかな?」
「海江田にフラれたー……」
――めんどくさいな。
「色気もなんもないっすねー」
「あ」
そんなことを思っているウチに、あちら側に居た誰かが佐々岡くんと同じ事を言った。
軽口を叩くくらいの、本当に他愛のない感じ。
当然、他意も無いような言い方だった。
――が。
当然、それに対して黙っているような先輩達ではないわけで。
「……ああ、そう? 私たちの、折角準備してきたコレが要らないと? あ、そっかぁ。きっとたっぷりとおモテになっていらっしゃるモテ男くんたちには、こんなものは要らないってことかー」
「滅相もございませんっ!! ありがたくちょうだいいたしますー!!」
こういうときの手の平返しは、早ければ早いほど傷は小さくて済む。
――深いかもしれないけれど。
かくも哀しきチョコレートへの渇望。
上下関係は明白だった。
「これもまた、我らが吹部の現実だな。海江田」
「いや、だからボクに振るな、ってのに」
あ。もしかして、これはツッコミ待ち発言か?
そう思いながら改めて佐々岡くんを見れば、とても満足そうな顔で小さく肯いていた。
ちょっと待ってくれ、どうしてそこでお笑いのコーチングのようなことをされなくちゃいけないんだ。
「やれやれ、って感じねー」
「君らふたりは素直でよろしい」
「そりゃどーも」
エリーと神流が苦笑いを浮かべながらこちらに寄ってきた。
どうとも返し様のない台詞に、こちらも苦笑いで応戦しておく。
素直って言われてもちょっと困る。
「そういえば、なんだけどさ」
「ん?」
「いやさ。さっき佐々岡くんが『本命はないの?』って言ってたので、ちょっと思い出したことがあったんだよね」
「え! まさか、ホントは本命チョコが……」
「だから、あるわけないっつーの!」
エリーの強制的叫声シャットアウト、佐々岡くんのヒットポイントは残り半分――なんてくだらない実況が脳内を駆け回った。
グランドピアノ近くで繰り広げられている喧噪を遠い目で見ながら、エリーは続けた。
声のボリュームを7割減くらいにしたので、ボクも神流も佐々岡くんもエリーに近付く。
「いつのことなのかは、よくわかんないんだけどさ」
「うん」
「ああやってみんなにチョコ配ってる真っ最中に、本命チョコ渡したっていう話があるらしいよ」
「……え」
絶句。
「真っ最中ってことは? ……みんながガッツリ見てる真ん前で、ってこと?」
「そうみたい」
「マ・ジ・で?」
「マ・ジ・で」
珍しく、神流も呆然。
「それは、吹部で、ってこと?」
「ウチもあったらしいし、他の部活でもあったらしいよ」
佐々岡くんも口をあんぐり。
自分ではああやって『本命は?』なんて言ってた割には、実際に事が起きていると知れば、これだ。
芸人魂が足りてない気がする。
「よほどイケる確信がないとダメだよなぁ、それって」
「そりゃそーよねぇ。爆死覚悟で、って言ったって部活のメンバーの目の前はさすがに」
衆人環視で本命チョコ。『未成年の主張』よりはコンパクトかもしれないけれど、すごい度胸だ。
けれど、ちょっと思うところはある。
「それって、どんな空気になったんだろうね」
「さぁねー? 他の部活については詳しいことは聞いてないからアレだけど、吹部での告白は成功だったらしいよ。誰から見てもラブラブだったみらい」
「……良かった」
「なんでそこでミズキが安心するのよ?」
神流に鼻で小さく笑われた。
「いやいやー、そこ重要じゃない? その後の音楽室の空気、考えてみなよ」
「あー……うぁー。そうね、言われてみれば確かに」
「だろ?」
どことなく気まずい雰囲気で楽器なんか演奏したくない。
たとえ誰かが笑い飛ばそうとしても、それはきっと空回りで終わるだけ。
ああいうシーンを見せられるには相当の覚悟をあらかじめしておかないと辛いのだ。
「事後の空気とか、すっごいヤバそう。険悪な感じになったりして?」
「なんで」
イメージしている内容がボクと神流では違うような気がする。
険悪な感じというよりは、腫れ物に触るような感じをイメージしていたのだが。
「気まずくはなっても険悪にはならなくないか?」
「いやいや、なるでしょ。成功したら」
「ええ……?」
「ちょっとわかるかも。告白の相手間違ったら絶対ヤバいよね」
「でしょ? 男の子の女子人気具合によっては『何取ってんのよ』的な雰囲気になるよね、絶対」
「あー……」
やっと理解した。
そういうことか。
アイドルは皆で愛でるモノ、的な不文律ってことか。
「そこは祝福ムードになりきらないのか」
「ウチなら大丈夫だと思うけどね。……ま、そもそもそういう空気にならなさそうだけど」
「わかる」
「他は、……わかんないわね」
「わかるー」
わかるのか。
そうなのか。
そんなギスギスした部活があるようなイメージはなかった。
冷静になって考えれば、余所の部活の雰囲気なんてよくわかってはいない。
昼ドラか深夜ドラマのようなドロドロ愛憎劇のような関係が、どこかではこっそりと築かれていたとしても不思議に思わない方が精神衛生上悪くないのだろう。
しかし――。
「……怖いなぁ」
「表立ってはそんな態度とらないわよ、そりゃあ。オトナですもの」
余計怖いわ。
「そうは言うけどね、男子だってそんなもんじゃないの?」
「わかるー」
「……アンタかい」
佐々岡くん、即答。
わかるのかよ。
「いやいや。考えてみろよ。目の前でカップル成立とか、どんな拷問だよって話じゃん?」
「あ、そっちか」
「他にあるか? ……モテ男くんには永劫わからんだろうけどな」
「さすがにそれは理解できるってば。死活問題だ」
「わかればよろしい」
釈然としないところはあるけれど、ここで無駄な口答えはしない主義だ。
おとなしく、手に持ったままだった5円チョコを口に運んだ。
「よーし、チョコ食い終わったかー?」
丁度良いタイミングでの、神村先生のご登場。
――というか先生、完全に外でタイミング見計らってたな。
「はじめるぞー。一旦片付けろー」
「はいっ」
一瞬にして演奏向けの空気になり、今日の部活動がいよいよ始まった。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
さながら、「バレンタインデー・青春篇」って感じですかねー。
……まぁ、ね。
さすがにこのままじゃ終わらないわけで。





