1-4-11. スノー・ダンスなバレンタインデー
ハラハラ舞う雪になって――。
そんな歌詞の一節を思い出すような降り方。
珍しい。
この時期だと運が悪ければ、そんじょそこらの演歌の歌詞よりも余程情念深い、えげつない吹雪になることもあるくらいなのに。
「こらー、海江田くーん」
「あ、ごめんごめん」
「物思いに耽ってる暇があったら箒動かしてよー?」
文字に起こしたらちょっと怒っていそうな感じもするけれど、実際はまったくそんなこともない。
ウチのクラス委員長・上野愛理はステレオタイプなメガネもかけていないし、校則通りのスカート丈でもない。
ゆるふわな口調だけれど、陸上部。
そんな子だった。
――そもそも、そういうステレオタイプ・ガールを今までに見たことがなかったりもするわけだけど。
「こらっ」
「……痛っ」
「言った隙からー」
箒の柄か。
「部活の準備しなくちゃいけないんだから、早くしてほしいんだって」
「ごめんごめん」
それならウチもそうだ。
平日の部活時間はやっぱり貴重。
今日はリードの調整もしておいたほうがいいということを、今更ながら思い出す。
掃き掃除を終え、机を元に戻し、じゃんけんで勝ち残った男子をゴミ箱の処理に送り込んだところで一息。
ぼんやりと、何をするでもなく、雪が降り落ちてくるのを眺めてみる。
「イイ降り方だなー、とか思ってるの?」
同じく手持ち無沙汰になっている上野さんが、ほわほわと話しかけてきた。
「そこまで詩人じゃないなぁ」
「そうなんだ」
「あれ? なんでちょっと意外そう?」
「芸術家肌な印象はあるよね」
「楽器はやるけど、そこまではなー……」
たぶん、そんなことはない。
この音はこんな意味があって、みたいなことを考えないわけではないけれど、だからといって1時間でも2時間でも語り尽くそうとは思わないわけで。
「上野さんは?」
「私? 私は……、どっちでもいいけど、屋内練習場が欲しいかな」
「なるほどね」
少なくとも、ボクよりは雪に対する思い入れなんてものは持っていないようだった。
ゴミ捨て場からの帰還を待って、掃除当番は無事解散。
上野さんも、ほんのりと小動物的な雰囲気を残しながら、小走りに部活へと走って行った。
それじゃあ、おつかれさん、などと互いに言い合いながら、ボクも音楽室へと向かう。
今日は第2音楽室の割り当て――のはずだ。
もう一度よく確認する。
間違いない。
ふと去年のことを思い出してしまう。
あれから、聖歌たちを含めて合唱部のメンツとも挨拶を交わす機会は多くなった。
以前からもそれなりに交流が無いわけではない。
ただ、ある意味同じ釜の飯を食うみたいなことを経たわけで。
そのおかげか、軽い挨拶以外にも雑談に興じるみたいなことも増えてきた。
聖歌についても、そうだった。
と言っても、話し込むことはない。
廊下で鉢合わせたときに、本当に小さく手を振り合う程度。
もっともここ1週間くらいは、彼女を見かける機会もあまりなかったけれど。
ただ、それで充分だった。
極力2組の前を通らないようなルートにしていた去年とは、だいぶ違っている。
自分の中では、きっとそれは良いことなのだと思う。
ふつうに、ふつうの関係を作れている。
そういうことだ。
だから――。
――年末に贈ったプレゼントについて、どういう処理をしたか、何も訊いていない。
「こんちゃーす」
「あ、きたきたー」
「ん?」
いつも通りにゆるめの挨拶とともに音楽室の扉を開ける。
入り口近くに1年生・2年生を問わず女子たちが陣取っていた。
いつもとは違う空気感だ。
何だろうか、と思っているウチに、神流、瑛里華、早希の3人が近付いてきた。
「はい、よりどりみどりー」
「何個でもいいよー」
「さっさと選んだ、選んだ!」
威勢良く手を差し出してくる。
手の平を上にして、両手を。
その手の上には、手からこぼれ落ちるほどの駄菓子系のチョコ。
――思わず、喉を鳴らしてしまう。
そりゃそうだ。おやつの時間だもの。
「あらあら。私たち、食べられちゃいそう?」
「うっさい、うっさい」
神流のボケは適当に処理。
喉鳴りを突っ込まれるかと思ったが、自分のネタを優先してくれて助かる。
ここで変にイジられると無駄に時間がかかるのだ。
そういえば、義理チョコ云々の話は、この前の雪まつりで聞いていた。
宣言通りだ。
チロルチョコが大多数。
コーヒーヌガーだらけかと思いきや、意外と選び放題な品揃え。
なかなか1店舗だけでは揃わなさそうな感じだ。
きっと各部員が自分の家の近くとかで買いそろえてきたのだろう。
「あ、これ好きなヤツ」
「おー、お目が高い」
チロルチョコ・ミルクヌガー。
復刻版としてリリースされた後しか知らないけれど、これは本当に好きだった。
中にヌガーが入っているタイプのチョコレートはどれも好きだ、ということは否定しない。
「あれ? それだけでイイの?」
「んー……、まぁ、これ3つ分くらいのサイズあるし」
何個でもイイと言われても、そこまで大量に取るのも悪い気がするし。
まだ来てない男子部員もいそうだし。
まずは控えめにしておくのが無難というか。
要するに。空気を読んだ結果だ。
「別にイイのにねー」
「そうそう」
エリーと早希が、ちょっとだけ苦笑いを浮かべた。
「ほら、いろいろと瑞希くんにはお世話になってきてるわけだしさー」
「……じゃあ、ひとまずもう1個もらうね」
5円チョコをチョイス。
連パックになっているヤツを一度に全部開封して、それを全部重ねて一気に食べたいな、なんて思った幼稚園のころを思い出す。
「あとは、余ったら」
「ごそっと持って行く?」
「……そこまでがめつくないっての」
にやにやと笑う神流をあしらう。
若干図星だったのは否定できなかった。
きっと、エリーも早希も解ってはいると思う。
甘党なのはかなり知れ渡っているから、そこは気にすることでもないのだけれど。
「遅くなったー!」
勢いよくドアが開くとともに、それにも勝るとも劣らない挨拶。
佐々岡くんだった。
「まさか物理実験室でちょっと遊べるとは思わなかった」
「何それ楽しそう」
「だろ?」
訊けば、明日の授業で使う力学的エネルギー系の実験器具の調整を手伝ってきた、という話。
物理教室が佐々岡くんのクラスの掃除割り当てになっているらしい。
役得だなぁ、ちょっとうらやましい。
「で? それは?」
「今日、バレンタインでしょ?」
「知ってるクセに」
「バレたか」
「佐々岡くんがバレンタインを気にしないとか、日本に台風が来ないくらいあり得ないわ」
つまり、絶対に起こりえないということで。
しかし佐々岡くんも然る者。
全く気にする素振りもなく、合計7個のチロルチョコを一瞬でかっさらっていった。
「容赦しないねえ」
「そりゃ、もらえるものはもらう主義だし」
「……ご立派なことで」
「照れるね」
そんなに褒めてない。
「ところでさ、ところでさ」
早速ぺりぺりとラベルを剥がしにかかる佐々岡くんは、女子陣に近付きながら。
「本命はないの?」
「無い」「無いわね」「あるわけがない」
まるで斉唱。
とりつく島もない。
それでも一撃でへこたれる男ではないのが佐々岡くんだった。
「いやいやいや、本命チョコがないなんてことはないでしょ。誰かから誰かにってことくらい」
「少なくとも佐々岡くんにはない」
「……そすか」
二撃目で落ち着いてしまうあたりも佐々岡くんだった。
しかし落ち込んでいるわけではない。
包み紙を剥がし終わったチョコを口の中に放り投げた。
「なあ、海江田」
「うん?」
「このチョコって、なんかミント系のものが入ってたりする?」
「は?」
机に投げ捨てられていた包み紙――いや、せめてゴミ箱に捨ててくれよ、と――を検めてみるが、チロルチョコの代名詞的なコーヒーヌガー。
チョコミントではない。
「妙に冷たく感じるんだよ」
「んなわけないでしょ、気のせい気のせい」
「そうかぁ?」
そう、気のせい。
間違いなく気のせい。
冷たくあしらわれてしまった気持ちが、佐々岡くんの味蕾に訴えかけているだけだろう。
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
いよいよ第1章の最終局面です。
当然といえば当然ですが、締めはバレンタインデーです。
残すところ10話となります。
最後までよろしくどうぞ。





