1-4-9. 祭りの終わりと、予感
再び地上に戻ってくると冷え込みが一段強くなっていた。
陽は完全に暮れていて、雪像や氷像が鮮やかにライトアップされている。
昨日はあまり見られなかった光景だ。
もしかすると、ライトアップされた雪像を実際に見るのは初めてだったかも知れない。
「きれー……」
「そーだなー」
隣で雪像を眺める神流のつぶやきに、なんとなく応えてみる。
顔も冷えてきたけど、決して悪くはない寒さだった。
――感覚が麻痺してきているワケではないと思う。きっと。
周りの人たちの歩く速度は、昼間の頃と比べてもゆっくりになっている。
寒くなってきて道が凍れてきているせいなのもあるかもしれないが、きっと雪と光の共演とか言われるようなそれぞれのステージをゆっくりと眺めていたい気持ちがそうさせているのだろう。
公園内のイルミネーションも相俟って、なかなか良い雰囲気というやつだった。
ふと気付けば、逆サイドにいる里帆先輩がこちらをじっと見てきていた。
何だろう。
「どうしました? 先輩」
「ミズキくんは昨日も見たんでしょー?」
「見ましたけど、昨日は昼間の雪像がメインでしたし。結構違いますよ」
今日見ていた光景とは全然違って見えている。
でも、それは時間帯の違いだけではない気はしていた。
「……先輩と見るのは、はじめてですからね」
「……え。ちょっとなにそれ」
「え」
また何か変なこと言っちゃった?
「いやいやー、ちょっと里帆先輩ってば、キュンっとしちゃったよね」
「それ、私も流れ弾でキュンとしてるんですけどー」
春紅先輩も、間違いなく先輩ですけども。
流れ弾、って。
「……こンの、天然人タラシが」
「人聞きが悪いぞ」
神流からはものすごい濃密な呪詛のこもった視線を送られた。
さすがに言いがかりがすぎるのでは。
「よくそういう台詞がこういう場面で出てきたわね、アンタ」
「そうかな」
「無自覚……!」
べー、っと舌を出しながら、神流はそのまま絶句した。
何だかいたたまれなくなってきたので、強引に話を逸らしてみることにする。
「そういえば、春紅先輩は、紅音と来たんですか?」
「うん。一昨日の帰りにいっしょに待ち合わせして見てきた」
「さすがっすねえ」
雪まつり好きは姉妹揃って相変わらずだったらしい。
「ちょっと気になってたんですけど、あれっていつもふたりで来てたんですか?」
「そうよ? 親は乗り気じゃないしね。だからみんなを誘ってたんだけどなー」
「そういうことなら言ってくれたら良かったのに」
「……ほんとーにぃ?」
「ホントですってば」
先輩の反応も理解できるけど。
実際、中学の頃は、かなり熱心に誘われても無碍にしていたという実績があった。
でも、昨日もそうだけれど、こういう風にいつもの街を見て回るのは、存外良いものだと気付いてしまったわけで。
もう少し、いろいろやってみてもいいのかもしれない、なんて。
ガラにもないことを思い始めていた。
「あの子、ホントは今日も来たがってたんだけどねー」
「部活ですか?」
「そ」
かくも哀しき吹奏楽部。
運が良くなければ、こういうイベントにもまともに参加できないのが日常だ。
常日頃から思っていることだけれど、吹奏楽部はよく文化系の部活にカテゴライズされるが、なんだかその括りには納まらないんじゃないかな。
「……あ、そうそう。あの子、結局サックス続けてるよ」
「マジですか。高校になったら今度は違う楽器やるんだー、って息巻いてた記憶で止まってましたよ」
ある意味では高校デビュー。
違う楽器を始めるには良い機会。
「それこそ、オーボエやってみたかったらしいけどね」
「へえ……」
「あらら、お仲間さん増えずかぁ」
ちょっと残念そうな声を上げる里帆先輩。
学校によってはパートがないこともあるオーボエやファゴット。
演奏者が増えることはうれしいことだった。
「今朝なんて、『なんでウチの学校は日曜も部活あるのー!?』って半泣きだったわ」
「ああ、何かカンタンにその光景が思い浮かびますね」
マウスピースにおかしな跡を付けてなければいいけど。
むしろこうして日曜に早上がりできたことが、ものすごくラッキーなのだけれど。
紅音も姉に負けず劣らず、イベントごとが大好きだった。
「ねーねー」
「ん?」
くいくいっと袖が引っ張られる。
神流だ。
「紅音ちゃんってどんな子?」
「……んー。なんというか、先輩と同じ感じですよね」
顔立ちとか、性格とか。
背格好もほぼ同じだろうか。
違うところと言えば、担当楽器くらいだろうか。
姉がクラリネット、妹はアルトサックス。
何でも、クラリネットはお母さんが、サックスはお父さん――つまり神村先生が、それぞれ学生時代に担当していた楽器だったそうで。
「瑞希くーん。そのクローンみたいな言い方やめてくれない?」
いやいや。
――こちらからしてみれば、充分すぎるほどクローン感ありますけどね。
「瑞希くん? あなた、何かちょっと失礼なこと考えてない?」
「滅相もない」
何故解ったのだろう。
というか、そんなに妹に似ていると指摘されるのは、失礼に値することなのか?
「それにしても」
「なーに?」
「何だかもう『それなりの人数が集まったらココ』みたいなノリになってるよね」
「いやー。だってさぁ」
そう言って神流はたった今別のテーブルでメニューを訊いて帰ってきた店員さんにぶんぶんと大きく手を振った。
ものの見事に同じような勢いでウエイトレスさんの手が振られた。
馴染みと言わずになんと称するべきか。
「ここまで馴染んじゃったし」
「否定はしないよ。美味しいしね、ここ」
「でも、夜メニューで来るのって初めてじゃない?」
「言われてみれば」
一頻り歩き回って、時刻は7時半くらい。
そろそろ夕食のお時間。
先輩ふたりも神流も、もちろんボクも食べて帰る予定だったので、そのままディナータイムとなった。
そこそこ手頃な価格で、味もだいたいわかっているお店ということでチョイスされたのが、ここのところもよく来ていたジャンボパフェのお店。
地元特産乳製品をふんだんに使ったランチメニューやディナーメニューも人気がある。
注文は完了済み。
全員パスタを頼んではいるが、みんなでそれぞれ違うものを頼んで味見をすると言う目的で、その味付けなどはばらばらにしていた。
「あー、でもイイ息抜きになったー!」
里帆先輩はぐいっと伸びをして気持ちよさそうにしている。
「雪まつりに来るのも久々だし、そもそも誰かと遊ぶのも実はちょっと久しぶりだったりしたんだよねー。だからホント嬉しかったの。みんな、ありがとね!」
「先輩にそう言ってもらえたら目標達成みたいなとこあるよねー、神流ちゃん」
「ですよねー! よかったー」
「顧客満足度ナンバーワンのカンナちゃんだもの」
「やだーもー、うれしすぎますってー」
喜ぶのは一向に構わないんだけど、その嬉し恥ずかし状態の解消として、ボクの肩をいちいち叩くのは止めて欲しい。
スナップが効いててわりと痛いのだ。
「でも、ボクはむしろ先輩たちに手袋もらっちゃって、なんだか悪いですねぇ」
「まだ気にしてたの? だから、バレンタインの代わりみたいな感じってさっき言ったじゃん!」
だからこそ、ちょっと気にしているんだけど。
主に、お返し的な意味で。
とくに里帆先輩の場合、卒業式が3月のアタマだから、巧いことホワイトデーあたりに予定が取れればいいけれど。
「あー、そういえばバレンタインチョコ、どうするか決めてなかったなー」
「私は一応決めてるよー」
「駅ビルですか?」
「そーそー。あそこのフェアが結局一番品揃えイイと思うんだよね」
まずは目先のこと、と言ったところか。
バレンタインデーは今週だった。
「あ、大丈夫だよ。ミズキはこの話関係ないから」
「へ?」
「部員への義理チョコはもう買ってあるから。チロルチョコとブラックサンダー」
「あ、そっすか……」
そうだろうとは思ったよ。
ボクだってその立場になったら、さすがに百貨店で揃えようとは思わない。
――でも、なんとなく悔しい。
明日か明後日の学校帰り、ちょっとだけ、そのバレンタインフェアにでも立ち寄ってみようと思った。
もちろん、お会計は里帆先輩の分を3人で等分。
決起集会のような設定で来てもらったのでこれくらいはしないと、という話を今日の部活のときにしていた。
感極まった里帆先輩に3人一気に抱きしめられたのは、――良い思い出ということで。
きっと、ばっちりいいスコアを出してくれる。
そんなことを祈りながら日曜日の夜は過ぎていった。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
なんだか3姉妹みたいなガールズを中心にお送りしました。
雪まつりで始まった第4節も9話まで来ましたね。
次は第10話ですね。
ご期待ください。





