1-4-7. 週末、雪まつりに興じる部員たち
土曜日、正午を少しまわったくらい。
地下街から地上に上がるなり、神流は拳を握りしめた。
「ついに、この日が来たわっ……!」
「……テンション高いな」
「むしろ、どうしてテンションが上がらないのか、って訊きたいわね。私としては」
神流が顎の辺りをなで回すように誘ってくる。
意味がわからない。
テンション上げすぎて、どこかが壊れているのだろうか。
――いや、平常運転かも知れない。
さすが、雪まつりのメイン会場。
しかも週末だ。
明らかに観光客の姿が多い。
地元民かそうではないかは、足下を見ればすぐ解る。
靴が雪の上を歩くには頼りなかったり、そもそも歩き方がおっかなびっくりだったり。
不慣れな感じが露骨に出るから、ちょっと面白い。
「でも、天気良くてよかったよね」
「そんなに寒くないしねー」
和恵さんと早希が微笑み合っているものの、ふたりの顔の下半分くらいはマフラーにばっちり包まれている。
そこまで防寒対策していれば、そりゃ確かに寒くはない。
ビルの壁面に付けられている温度計の示す気温はマイナス2度。
真冬日ではあるけれど、そこまで厳しくはない。
この時期であれば妥当な範囲。
ボクもいつも通りの恰好だ。
特別な対策はしていなかった。
そんなことを思っていると佐々岡くんがひょっこりと前に顔を出してきた。
彼もボクと同じように、いつも通りの服装だった。
「吹雪だったら、さすがにどうしようもないからな」
「基本晴れ女だからね、私」
「そうなん?」
「……6割くらい」
「ビミョー……」
苦笑いをする佐々岡くん。
ちらりとコチラを見てきたので、苦笑いを返しておく。
でも、雨女・雪女よりはマシか。
「それじゃあ、早速……」
「行きますか」
「行きましょう」
神流が切り出すと、佐々岡くんと瑛里華が反応する。
何か完全に理解し合っているような雰囲気だが、何だろう。
「腹ごしらえだー!」「腹ごしらえだー!」「腹ごしらえだー!」
「……ああ、そういうこと」
欲望に忠実なヤツらだ。
ボクのつぶやきは、確実に3人には届いていないだろう。
雄叫びと共に猛ダッシュ。
目的地は、食欲をそそりまくる香りを容赦なく拡散している屋台。
さっきからボクもわりと意識をそちらに削がれていて、どこでそういう話を振ろうかと考えてはいた。
っていうか、佐々岡くん。
――キミも、充分色気より食欲じゃないか。
「他人のことは言えないんだけどね」
「ん? みずきくん、何か言った?」
「いやいや、ボクたちも何か買いに行こうかー、って」
「そうだねー」
和恵さんにはちょっとごまかしつつ。
まずは、どんなものがあるかを調べてからだ。
10分くらい経っただろうか。
結局真っ先に突っ走っていった3人が帰ってくるのを、その他全員が待ち構えるということになってしまっている。
「食べちゃおうか」と言いつつ、早希たちは早々に買ってきたものに箸を付け始めている。
あの3人がどこかのベンチでさっさと食べ終えてしまっていることも考えつつ、ボクも味噌ラーメンに手を付ける。
大きな炙りチャーシューが売りの、有名商店街に入っているお店が出張してきていたのは嬉しい誤算だった。
こういうところで信頼の出来るお店が参加していると安心できる。
店員さん達とはばっちり顔なじみだったりする。
「ホントだー!」
不意に好海が嬉しそうに叫んだ。
「これ、めっちゃ美味しいっ!」
「でしょ?」
ボクが買っているときにものすごく興味津々だったので、軽く食レポ風の宣伝をしてみたら「だったら私もここにするー」ということでチョイスしてくれた。
「私にも味見させて」
「いいよー」
「あ、ほんとだ。うっま」
言いながら結花に「あーん」を要求する好海。
それを素直に受け容れる結花。
妹に食べさせてもらっているお姉さんのような構図だった。
そんな様子を見ながら、こちらに視線を送ってきたのは和恵さんと歌織。
ちなみに早希もこちらや好海の方を何度もちらちらと見てきているが、何かを堪えるように目をつぶって、黙々と温野菜たっぷりのスープを口に運んでいる。
ダイエット中とのことだった。
――本当はラーメン、食べたいんだろうなぁ。
でも、そのスープも美味しそうだ。
もう少しして小腹が減ってきたときにでも頼んでみようかな。
「私も食べたいなぁ」
「私もー」
「ん? いいよ、食べても」
「ほんと? じゃあ、あー……ん」
「あーん」
「……君らまで?」
誰かさんみたいなことをする。
結花がうらやましくなったのだろうか。
それともラーメンがうらやましいのだろうか。
「たまにはよくない?」
「そうよー。たまにはイイでしょう?」
「それはどういう意味の『たまには』なのかな?」
「えー? いっつも誰かにやってそうだから、たまには別な子にも、ってことだけど?」
「やってないし」
即答する。
「まぁ、何でもいいじゃん。ほらほらー」
「ほらほらー」
ノリノリだ。
「……ったく」
「あ、ホントにやってくれるんだ」
「……そういうこと言うならやらないよ?」
「あー、ウソウソごめんごめん。はい、あーん」
長々と時間を掛けたところで意味は無し。
どうせやるならさっさと片付けてしまおう。
まずは歌織。
次に和恵さんに。
大層ご満悦のようで何よりだ。
「ただいまー」
「あ、おかえりー」
「よかったー。先に食べてて、って言うの忘れてたから」
丁度食べさせ終わったタイミングで3人が戻ってきた。
佐々岡くんの唇の端に、今手に持っているモノとは明らかに違うソースが付いている。
案の定、何かを食べ終わった後のようだ。
「あ! もしかして、海江田のそれって『満月』の?」
「そうそう。よくわかったね。行ったことあるの?」
「あるある。たまーにだけど、夜とかに家族で行ったりするんだよ。っつーか、出品してたの気付かなかったな。あとで行こう」
そう言いつつ、シンプルな釜揚げうどんをすする佐々岡くん。
よく食べるなあ。
少なくとも何か1皿平らげた後だと思うのに。
「とりあえず、食べ終わったらみんなで見てまわろー」
神流への返事は、なんとなくみんなもごもごとしていた。
腹が減っては戦は出来ぬ。腹が膨れりゃ眠くなる。
眠気覚ましには、運動が持って来い。
腹ごなしを兼ねて観光客に混ざったボクたちは、わりと地元民には見えないくらいにはしゃいでいた気がする。
東西に長く延びる公園。
一度東側まで一気に歩いてから西へと戻っていくルートを取って見て回ることにした。
昔の記憶では、雪像が各所にあり、食べ物売りがそこらへんに点在し、それだけ。
そんなような雰囲気だったのだが。イメージが一気にアップデートされた感じがした。
大きな雪像はもちろんあるのだが、プロジェクターが設置されている雪像もいくつかあった。
夜にはプロジェクション・マッピングを行う、と書かれている。
なかなか面白そうだった。
氷像にはカラーの照明が当てられて、カラフルに輝いている。
プロジェクション・マッピングも同じだが、無色の雪像や透明の氷像に色を付けるのがトレンドのようだ。
各所にはフードコートと言えるレベルで飲食系が充実しているし、休憩スペースはいろんなテーブルから暖かい湯気が立ち上っている。
西へと進んでいくと、市民雪像のブースに来た。
目の色が変わったのは、予想通りに、神流だ。
ひとつひとつ、細かなディテールをチェックするような眼差しで見ていく。
そんな本人はもはや気にしていないのだろうけど、そろそろ次へと向かいたい他のメンバーは、小さく足踏みをしたり腕をさすったりしている。
要するに、寒いのだ。
「審査員みたいだぞ、神流」
「え? こっちはそのつもりで見てたけど」
「……そっすか」
本気の声色だった。
「なに。高島、来年マジで出る気なの?」
「そうだけど?」
「そっすか……」
佐々岡くんも撃沈した。
思ったより本気らしかった。
結局最後に辿り着いたのは、ここに来たときに最初に立ち寄ったフードエリア。
今回の集会も結局食費としての消費が大部分を占めることになった。
「ほら、結局色気より食い気だろ?」
「……それをラーメンに食らいついている人に言われたくなーい」
「同じくー」
「右に同じー」
戯言の応酬だった。佐々岡くん、神流、エリー、早希の4人が、『満月』のラーメンをすすりながら、である。
全員が全員、人のことは言えた例がなかった。
そして結局、早希は誘惑に勝てなかったらしい。
そんなこともありつつ、解散となったのは7時を少し過ぎたくらいとなった。
「それじゃあ、ミズキ」
「ん?」
「明日も、よろしくね」
「おう」
明日は、先輩たちとの雪まつり。
また食べ歩きになるのだろうか。そんなことを思いながら、地下街へ繋がる階段へ歩いて行く。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
雪まつり。もちろんモチーフは札幌のものです。
……せっかくなので暴露っておくと、私も雪まつりはテレビで済ませる派でしたw





