1-4-5. 演奏にも精がでる金曜の午後
その後、数度の演奏機会も無事に終了した。
ちょっと特殊なところは、野球部からの依頼。
甲子園で有名な高校で使われているチャンステーマを演奏して欲しいというものだった。
『魔曲』と呼ばれているものから、今では全国規模で使われるようになったものなどをメドレー形式で2分ちょっと。
これは定期演奏会では吹かないもの。
今後、陽の目を見る可能性は低い。
ぜひとも、これを本番で演奏させて欲しかった。
卒業生が出て行く際の曲。こちらはアンケートではなく、吹奏楽部が独断で選んだもの。
今年はタイトルに『サクラ』がつく曲のメドレーにした。
人気アイドルグループの曲だったり、ヒップホップグループの曲だったり、男性デュオの曲だったり。
調べるとやはり種類は多かった。
――一時期、やたらと量産されたタイミングがあるらしく、選曲にはかなり苦労したところだった。
もちろん在校生に向けた定期演奏会のお知らせのビラ配りは忘れなかった。
去年よりも好感触よ、とは春紅先輩のお言葉だった。
時間は進んで早くも放課後。
今日は珍しく部活も休みの、金曜の午後。
ちょっと早い送別会をするために設定された部活休養日だった。
3年生はこれからは自由登校になるため、この手の催し物がいろいろなところで開かれることになっている。
――もちろん、この日だけで送別会が終わるわけもないのだけど。
掃除当番を片付け、とくに待ち合わせたわけでもないが、神流と落ち合う。
「お待たせお待たせー」
「いや、こっちもそんなに待ってないよ」
「……何かこのやりとりって、デートの待ち合わせっぽくて、よくない?」
「よくない」
「冷たっ」
「平熱です」
「……だったらぁ」
ギラリ、と神流の瞳の奥底が光る。嫌な予感しかしない。
「私、指先とか冷え性気味だから、ちょっとあっためて」
「ぅわ!? やめろっての!」
首筋に手を突っ込んでこようとする神流を、ギリギリで避ける。
わずかに首元をかすめた指先が本当にちょっと冷たくて、変な声が出てしまった。
「はいはい、そこでいちゃこらかしてる若人達よ。周りの視線に少しは気が付きなさいよー」
「あー、春紅先輩どもでーす」
「こんにちぅあ冷たいっ!?」
階段から聞き慣れた声がしたが、それに油断して思いっきり裁きの冷手を喰らう。
「勝利っ!」
「じゃないよ、全く……」
随分と満足そうに勝鬨をあげる神流に、どっと体力が身体から溢れだしたような感覚。
廊下の壁に全身を預けて回復をはかっておく。
このあとなんて、絶対に疲れるようなことしか起きない。
回復するタイミングなんかないのだ。
「君ら、少しは周りを見なさいよー? ほらほら。独り身野郎どもの恨めしい視線が、おぬしの目には入っておらぬか?」
「先輩、言い方」
どうかと思うよ、その言い回し。
独り身野郎、て。
それならボクもその範疇だ。
対抗勢力になった記憶はない。
というか、何ですか。
そのいにしえの姫的な雰囲気。
昨夜辺りそういうドラマとかやってたっけ?
「ミズキが冷たいのが悪いんですよー」
「あらあら、イケナイ子だ」
「いや、ちょっと待ってくださいって。なんで突然悪者扱いになるんですか、ボクが」
「私は基本的にカワイイ子の味方っ!」
「差別反対っ……」
どうしてもこの人たちはボクの精神を休ませてくれないらしい。
というか、このタイミングで、この悪夢を具現化したような取り合わせは本当に好くない。
誰か代わりに犠牲になってくれそうな人がいないかと周囲を見回すが、生ぬるい視線と怨嗟のこもった視線が交錯し合った謎の空間が作られている。
これじゃあどうにもならない。
「あー、いや、ちょっと待てよー? カワイイ子の味方ってことは、私はミズキくんの味方にもならないといけないかぁー?」
「……え」
急激に、潮目が変わった。
いや、ちょっと待って。
その括りは止めてほしい。
――ほら、周りの視線の温度が5度くらい下がった! とくに男子の!
キャラはともかくとして、黙っていればどちらもハイスペックなんだから、ちょっと黙ってて欲しかった。
居辛さがハンパじゃない。
「……ほら、ふたりとも行きましょ。たぶんみんな下に居るんだろうし」
「あらら? もしかしてエスコートしてくれるのー?」
「じゃあ先輩、いっしょにお言葉に甘えちゃいましょー?」
「そうねー」
そんな風に言ったつもりはない、などと弁解する猶予なんて無かった。
タイミング、バッチリ。
右に神流、左に春紅先輩。
両サイドからがっしりと腕をホールドされる。
本当は姉妹なんじゃないかと思えてしまうことが多いふたりだが、今はそんな余裕もない。
この空気からいち早く逃げたかったが、そうなると自然、彼女たちを本当にエスコートするように階下へと向かわなければいけない。
どちらを優先するか、と問われれば――。
エスコートする方を選ぶ。
単純に、後が怖い。
一時の冷たい視線よりも、余程怖い。
でも、これ。
いつまでこのままなんだろう……?
「わーい、里帆せんぱーいっ」
「いえーいっ!」
「ちょ、ちょっと待って……!」
上級生の視線も浴びつつ階段を降りた先、生徒玄関には既にかなりの吹奏楽部員――現役も元も含む――が待っていた。
いちばん階段に近いところには上階を窺うように見ていた川崎里帆先輩の姿。
その姿を見るやいなや、ボクの両脇を固めていたふたりが走り始める。
転ぶかと思うから、本当に止めて欲しい。
というか、ホント。
さっきから、当たってるのです。
恨みがましいような視線の原因は、主にコレなんだろうけど、本当にいろんな意味で困る。
「わー! 会いたかったよー!!」
「ぅおっ!?」
先頭を切っていたふたりだけならともかく、ボクを含めて思いっきりハグをしてきた。
きゃあきゃあとはしゃぐ同級生と先輩は、何も気にしなくていいからラクだよね。
ああ、もうなんか――。
視線が、痛い。
ちょっと離れたところから、佐々岡くんが口だけで笑っている。
遠坂先輩がその横で、にやにやと生ぬるい感じで笑っている。
これ、今日、このあと大丈夫なのかな。
生きて帰れるのかな。
そんな心配がにわかに湧いてきた。
「相変わらずの美女だらけだねえ」
「でしょー?」
「当たり前じゃないですかー!」
随分と楽しそうな両サイド。
――ところで、里帆先輩。
このふたりだけじゃなくて、ボクにも視線を合わせながら言ったような気がするのですが、気のせいですか。
「ちょっとミズキ。なんで無反応なの?」
「は?」
「そうだよ瑞希くん。せっかく先輩が褒めてくれてるのに」
「……んん?」
あれ、おかしいな。
たしか里帆先輩は『美女』と言ったはずだけど。
「ハイスペック女子力を持ったミズキくんを褒めるんだから、『美女』で合ってるでしょ?」
「いやいやいやいや。……あれ? 何でその話が里帆先輩の耳に入ってるんですか?」
「そりゃー、私が教えたもん」
えっへん、と自慢気に胸を張る神流。
「……一応、訊いただけだからな」
そんなことだろうとは思った。
軽いノリで口を割るのはコイツくらいだ。
靴を履き替え、ぞろぞろと玄関を出る。
今日は朝から晴れ。
朝は久々に積もっている雪を踏みしめたときに、きゅっと音が鳴るを聞いた。
相当に冷えていたということだろう。
昼辺りからは幾分か寒さは緩んでいるけれど、それでもギリギリでプラス気温には届かなかった。
「ミズキくん、手袋はないの?」
「ボク、あんまり持たない主義ですねー」
「昔から?」
「……ですねー」
ふーん、と口の奥辺りで唸る里帆先輩。
「あっためてあげよっかー?」
「間に合ってますー」
絵に描いたような上目遣いで言ってくる春紅先輩。
どういうふうにするかもカンタンに読めるので、丁重にお断りしておく。
「一応、使い捨てカイロは持ってますからね」
「なーんだ。だったら早く言ってよー」
「そうだそうだー」
「寒そうだなー、とか心配して損しちゃったじゃーん」
「……なんですか、3人とも。その手は」
「貸してっ」「貸してー」「貸ーして」
「……はい、どーぞ」
三者三様にテキトーな礼のようなことを言いながら、わいわいとカイロをもてあそぶ。
恐らく今日はこのまま同じテーブルについて、最後の最後までからかわれイジられ続けるのは、今までの流れからもよくわかっている。
注意が逸れている今がチャンス。
束の間の精神的休息。
もっとも、悪い気はしないけれど。
ゆっくりとした深呼吸は、白く色づいて寒空に舞い上がっていった。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
イジられ瑞希くん。
基本的にピシッと突っ込みを入れるんですが、ときどき受け入れちゃうので
どうもイジられやすい模様。
というか、諸悪の根源は神村春紅先輩なわけで(「1-1-9. 水の戯れ」参照)。





