1-4-3. 私をまつりに連れてって
「お前、また何か変なコト考えてるんじゃないよな」
「また、って何よ。また、って。佐々岡くんには言われたくないなぁ」
神流は、乾燥気味の真冬には似つかないような、じっとりとした笑顔を佐々岡くんへと向けた。
「じゃあ、海江田。任せた」
「何をだ」
――しまった。無視すればよかったか?
そんなことを思う間もなく、神流の湿度の高い笑みがこちらに向けられる。
どうにもまったく胃もたれがしてきそうだ。
「んー?」
「……とくに意見することはございませんが?」
「逃げたわね」
「逃げたね」
エリーと早希。うるさい、そこ。
「それで、神流? 何かアイディアあるの?」
「もっちろんでーございまーす」
打って変わって晴れ晴れとした笑顔になる。
想定する限り、そこまでおかしなことは言わなさそうな雰囲気になった。
少しだけ警戒心を解くことにする。
そんなボクの様子など気にしない神流は、その右手を掲げながら高らかに宣言する。
「雪まつりに行きましょう!」
――無言。
――無音、ではない。窓越しの猛吹雪がその存在を誇示していた。
「お、おう……」
佐々岡くんの呻きで、また教室の時間が動き出す。
「いや、ちょっと。なんでそんな微妙な反応なのよ」
「意外なようで、意外じゃないようで……。ごめん、反応に困る」
「えー。ボケでもなんでもないんだから、潰しに来ないでよ」
ボケなら余計に潰されると困るのではないだろうか。
そんなことを思いながら、佐々岡くんと同じように反応に困っていた。
みんなも同じようで、何とも言えない顔をしているメンバーが大半だ。
星宮では、2月初旬から中旬にかけて雪まつりが開催される。
その規模はかなりのもので、冬期間に開催されるものの中では全国一かもしれない。
数ある雪まつりと題されるものでも随一の知名度を誇る。
市内各所に会場は点在しているが、市内中心部を東西に長く延びる公園がメイン会場。
何十トンもの雪で作り上げる大雪像は、必ず全国ニュースで紹介されているほどだ。
「ホントにさー。なんでそんなみんなビミョーなのよ」
「……そういえば小さい頃に行ったきり何年も行ってないなー、って思い出してたのよ」
「早希も? 私もだわ」
「ホント? 私も私も!」
「あれ? 意外とみんな行かないの?」
早希、エリー、和恵さんと3人に連続で同じような反応をされ、神流は少し不服そうだ。
その感じからすると、神流は毎年行っていそうだ。
「ミズキは?」
「ボクも同じだなぁ」
「えー? 何でよ?」
何で、か。
矢継ぎ早に言葉が飛んできそうな予感がして、左手で神流を制しつつ考えてみる。
最後に行ったのは何時だろうか。
もしかすると10年開いているような気もする。
それでも何かを見た覚えがあるのは――。
「あー。そうか。わかった」
「何がよ」
「大雪像とかテレビで紹介されるでしょ? あれで満足しちゃうタイプだ」
「うーわっ」
「……そんなにヒくことないだろ。第一、部活とかがあったし。余程じゃない限りは見にいかないなぁ」
吹奏楽部の活動を引き合いに出したが、それは理由の2割くらいにしかならない。
そもそも祭り時期の人混みがイヤだった。
日常的に人の数が多い星宮中心市街地に、さらに観光客が増えるのだ。
大げさな言い方だけど、悪夢としか喩えようがない。
最近はインフルエンザだの、なんとかウイルスだのと、いろいろなリスクが多かったりもする。
とくにこれと言った目的もないのに混雑の中に飛び込む理由が無かった。
「湿気た青春ねえ」
「ほっとけやい。吹部だって立派な青春だわ……って言おうとしたけど、わりと湿気てたかもしれない」
「えー。そこは真っ向から反論してよねー」
エリーからのヤジが飛んできたが、そう言われても困る。
「……にしても、このメンツで雪まつりかー」
「何。文句ありそうねえ」
「色気もへったくれもないじゃん。食い気ばっかじゃん」
バチン、と窓から大きな音がなった。
屋根かなにかについていた氷の塊が剥がれて、窓ガラスに当たったらしい。
――この場の空気が割れた音かと思った。
「佐々岡慎也くーん?」
「今、私たちぃ。何かおかしな言葉を聞いたような気がするんだけどー?」
「気のせいかなぁ……?」
「空耳だったのかしらぁ?」
ゆらぁり、ゆらぁりと佐々岡くんに迫っていく女子陣。
「すんませんでしたぁっ!!」
「はい、よろしい」
90度以上、何ならそのまま土下座でもしようかという勢いの謝罪に、一瞬で引いていく波。
そして何事も無かったかのように、全員が昼ご飯を口に運ぶ。
なかなかどうして、全員演技派だった。
「まぁ、息抜きにはいいんじゃないかね。どうせその時期って何も無いでしょ」
「何もないっていうか、定期演奏会の直後でしょ」
「そうそう。だから、ちょっとだけ息抜きが必要でしょ、って話よ」
佐々岡くんに応えると、神流が渡りに船とばかりに言葉をつないだ。
月雁高校吹奏楽部の定期演奏会は2月のアタマの時期。
その日よりも少し前から雪まつりの会期になる。
週末や祝日を挟むので、予定も立てやすい。
「そう言われるとー……」
「悪くないかもね」
「じゃあ、決まりってことで! 日程とかは例のグループ使って伝えるわねー」
全員の言質も取れ、神流は嬉しそうに厚焼き卵にかじりついた。
「随分嬉しそうだなぁ」
「中学ん時から部員で雪まつり行きたかったのよね、実は」
なかなかみんなめんどくさがっちゃって、と今度はごはんをもごもごしながら呟いた。
恐らく、さっきのみんなと同じような反応を返されたのだろう。
近場とはいえ、むしろ近場だからこそ、意外に足が伸びないものだったりする。
「実はさー」
「うん」
「私さー」
「勿体振るなぁ」
「ほんとは、雪像作りたかったのよね」
「へえ。……へ?」
ちょっとしたタイムラグの後、思わず聞き返す。
「雪像? ……市民雪像とか?」
「それよ、それ」
「マジで?」
「マジで。でもいっつも抽選の時期調べるの忘れたりしてさー」
公園の端から端までを埋め尽くすような巨大な雪像が見所のひとつである、この雪まつり。
だけれど、それだけではない。
隅から隅まで通路脇には、小型の雪像が肩を寄せ合うように並ぶ。
その光景もまた見所のひとつだった。
小雪像は、いわゆる一般市民の手によって作られるモノ。
とはいえ、そのためのスペースも無限ではない。
全国的な知名度も高いこの祭典、見るだけではなく参加もしたいと言う人はやはり多い。
残念ながら全員が雪像作りに参加できるわけではなく、抽選が行われている。
その競争率は年々右肩上がりだという話は、ちらっとニュースで聞いたことがあった。
「それも面白そうだねぇ」
「去年とか、すっごいクオリティ高いのあったらしいよね。テレビでやってたけど」
大抵、その年の流行語に乗っかったネタ的なモノや有名人が作られるのだが、そのレベルの高さたるや、という話。
とてもじゃないが素人の作ったモノには見えないくらいのディテールだったりするのだ。
「今年はもう締め切りすぎたのか?」
「とっくに。去年の11月に締められてる」
「早いな」
「ウワサによると、年々ちょっとずつ締め切り早まってるとか」
「そんなバカな」
一応主催は市のはずだ。
そんな微妙なこと――。
「……いや、わかんないな」
「応募者が多くて抽選に手間取ってるとか、権利の転売防止策取るためとか、何かいろいろ言われてるらしいわよ」
「意外と殺伐としてるのな」
そんなもんか。
人が集まるところは、往々にしてそういうこともある。
「だったら、来年とか良いんじゃねーの?」
「そうねー」
「え。なんで俺にはあっさり風味のリアクションなん……?」
佐々岡くんのぼやきは、さらにスルーされた。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
ま、モチーフは「さっぽろ雪まつり」ですね。言わずもがな、って感じもしますが。
市民雪像の話に関しては『フィクションです』という断り書きを入れておきたいと思います。





