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1-1-5. 晩秋の雨の突き刺さる

「みーーずーーきーー」



「……ん?」

「『ん?』じゃねーよ、話聞いてた?」


 気付けば祐樹が目の前で手の平をひらひらと振り続けていた。

 わりと長時間意識を過去の世界へ飛ばしていたらしい。

 そこまでの時間は経っていないと思ったが、そうでもなかったのだろうか。


「……あ!」


 どうやら、そうでもなかったらしい。

 祐樹と神流が、カバンに入れてあったはずのノートを検閲するような眼差しで見ている。

 ――何時の間に。


「ちょ……! 何、勝手に見てるんだよっ」

「だってミズキ、ちょっと見せてって言ったのに無視してたっしょ」

「……ホント?」


 初耳。


「うん」

「それは、……申し訳ない」


 無反応を肯定のサインと受け取る、その面の皮の厚さはどうかと思うけど。


 無視していたボクに非が全くないわけではないので、あまり強く出られない。


「じゃあ観念して、これ見せてね?」


 ――頷くしかなかった。

 話を聞いていなかったボクが悪い。

 紛れもない事実だった。


「ちなみにそれ、何の教科の?」

「日本史ー」


 気の抜けた感じで神流が答えた。祐樹は集中して見入っているようだ。


 だとすると、祐樹としては電子書籍とかでよくある無料サンプルを閲覧しているような感じか。

 丁度良かったと思えば、何とか自分を納得させられるだろうか。


 記憶が定かであれば、見られて問題になるようなことは書いていなかったはずだ。


「んー。やっぱ()()()()()()だわ。めっちゃ見やすい」

「文字キレイっていうのはもちろんだけどさー」

「そうそう。まとめ方が巧いっていうか。後から見返しても解るのがイイ」


 チクリ、と。小さく、本当に小さく胸が痛むような軋むような感覚。


 褒められているはずなのに。間違っても貶されているわけではないのに。


 それでも、どうしても。


 鋭く毛羽立った叩きで頬を撫でられるような、突き刺さるでもなく。

 ただただ表面を薄く削り取るような感覚が、どうしても離れてくれない。


 午後の授業も、部活もある。


 この時期は丁度、唯一の上級生である2年生は見学旅行の真っ最中。

 先日先輩達に予定を聞かせてもらったのだが、それに従うと今は京都方面への移動中と思われる時間帯だ。


 月雁高校はこの時期4泊5日の行程で修学旅行――ではなく、『見学旅行』がある。

 対象は2年生。

 この時期の3年生は部活も引退し、9割9分が大学受験に向けて注力する。

 そのため、高校生定番イベントの旅行行事は2年生の内に済ませることになるのだが、『学びを修める』にはまだまだ時間は残されている。

 それ故の『()()旅行』だった。



 ――話が逸れた。


 つまり今週の部活はボクたち1年生のみ。

 予備校や塾に行くまでの時間を潰すためだったり息抜きのためだったりで顔を出してくれる3年生も居るが、基本的には1年生のみだ。

 顧問の先生もしっかりとしたタイプの先生なので、気を抜くことは出来ない。

 まして、こんな理由で沈んでいるなんてことは、自分自身を赦せなくなる。



 少し、この場を離れたくなった。防衛本能なのだろうか。


「……まぁ、いいや。じゃあ、ちょっと見ててもいいよ。トイレ行ってくるから」

「おー。ありがとなー」

「いってらー」


 悩みの無さそうなふたりの声を背に受けて、それでも少しだけほっとした気分になって席を立つ。


 窓の外は依然として冷え切った色合いの雨模様。

 冬の色彩を纏った空から落ちてくる雨は、ともすれば雪よりも冷たく感じる。

 それこそ、骨身に刺さるような冷たさだ。


 まったくもって、この季節の雨はどうしても昔から好きになれなかった。


「……だからといって、雪が好きかと言えば」

 そうでもないのだけれど。

 雪道とか、歩くの面倒だし。


 小さく独り言を漏らしつつ、こっそり周囲を見てそれが聞かれていないかを事後で確認をしつつ。

 ――幸い、誰も居なかった。助かった。






 トイレに行くとは言ったものの、別にそういう気は無かった。

 席を立ったものの、その先に行く宛てが無い。

 失敗した。

 少しくらい考えてから立てば良かった。

 いくら、あの場から、あの会話から離れなかったとしても。


 小さくため息を漏らして、その陰鬱とした気持ちを少しでも振り払おうとして、教室後ろ側の引き戸を勢いよく開けた。


「……わ!」

「……!!」


 人影があった。


 大きく開かれた目はまん丸で、驚きの色。

 それはボクも同じだっただろうか。


「あ、ごめんね、……ごめん」


 その人影は、同じクラスの娘。


 謝罪と共に彼女の名前を呼ぼうとして、その直前で何とか踏みとどまった。

 そして一瞬だけ自分の席の様子を窺う。

 気付かれてはいないようだった。直ぐさまそちら側からの死角に入る。


 立つ場所は、彼女の隣。


「う、ううん。びっくりしたけど、大丈夫」


 どうしても大丈夫そうには聞こえなかった。彼女の声色は、驚きに満ちたものではなく、ボクがさっき何とか隠しきったと思っている感情が込められたもののように思えた。


「あ、あのさ。……今、ちょうどボクの席のところに」

「うん……、知ってる。声で解るし」


 そうだろうな、ということは察していた。入りづらいだろう。だから、この扉の側に、何をするでもなく彼女は立っていたのだろう。


「海江田くんは?」


「……ちょっと外の空気を」

「……ふふ」


 外の空気を吸おうと思って、と言い終わる前に、彼女は小さく下を向いて仄かに笑った。

 ふんわりとしたナチュラルブラウンのショートボブがそれに合わせて儚げに揺れる。


「雨降りの空気なんて、どこもそんなに変わらないじゃない?」

「……バレた?」

「うん」

「……ホントは、トイレ行くってウソ吐いて出てきた」


 そうは言っても、外の空気を吸いたくなったのは本当だった。

 あの場のあの空気感に浸ることは、さすがに雨降りの空気よりも息苦しい。



「ありがとね」

「別に、そういう」

「……そういうつもりじゃないのは知ってるよ? でも、タイミングとかいろいろ、ね。私は助かったから」



 そうまで言われると――。


 余計にこの場に彼女を立たせ続けることはできなかった。


 スマホを取り出し、手早く玲音宛てに『昼休みが終わるまで席を外す』ことを送信。

 ノートに関しては、さすがに盗っていくようなことは無いだろうが、後で伝えるのでも問題は無いだろう。


 今は、この娘と――仲條(なかじょう)亜紀子(あきこ)とともに、少しだけ1年7組の教室から離れることだけを考える。

 ただそれだけでいいのだ、と自分に言い聞かせた。

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