1-3-20. 意外とやっぱり危険人物
「海江田くん、どしたー? 何かぼーっとしてるけど?」
「……え?」
「なに。模試疲れ?」
「そういうときはやっぱり甘味が必要でしょー!」
「でかいの行っとくぅ?」
「テンション高いなぁ」
「開放感には身を任せるべきだよ?」
気付けば学校の敷地を出たところだった。
靴を履いた記憶がなくて一瞬焦ったが、きちんと紐も縛れている。
どうにも脳細胞が動いていないのは、試験疲れというだけではない気がした。
エリーと早希はかなりのハイテンション。
模試終わりの開放感もたしかにあるだろうが、それよりもやっぱり前回は用事があって行きそびれてしまったパフェによる高揚感が強そうだった。
神流はどこかに電話をかけているようだが、その相手は例のお店だ。
どうにも複雑なこの状況を俯瞰できているのは、恐らくこの場でボクだけだろう。
ボクらの前の方では聖歌が歌織と、後ろの方では仲條さんが花村さんと、それぞれ話に花を咲かせている状態だった。
意図的にこうしたわけではないのだが、その偶然に安堵するほかなかった。
あの時――今年の夏の、月雁祭の時。
祐樹に彼女ができたことを告げられたときに、仲條さんは教室すぐ近くの廊下に居た。
でも、どこまで話を聴いていたかまでは正直解らない。
少なくとも祐樹がお付き合いを始めたことは知っていたようだが、その相手のことを耳にしていたか、と言う点では不明だった。
逆の立場から見る。
あくまでも、ボクの知りうる範疇で、と言う注意書きが必要な情報ではある。
その手の話を祐樹が聖歌に告げていたのであれば話は別だが、祐樹の幼なじみが、仲條亜紀子その人であることは、恐らく知らないはずだ。
思い返すと、このふたりが同じ場所に現れたことは、幸か不幸か今まででは無かったような気がする。
こんな言い方が適切かどうかもわからないが、祐樹がこの場に居なくてよかったと思った。
「おっけー! とりあえず前と同じ個室は空いてるっぽいから予約した」
「幹事さん、さすがっすー!」
「うんうん、もっと褒めれ」
早希のおべっかに、清々しいまでのふんぞり返りっぷり。
少しだけ笑う。
できれば、今日も平和に終わって欲しかった。
もはや恒例になりつつある三番街駅での途中下車。
こちら側の改札口ならば例のお店からはそれほど遠くない。
寄り道もそこそこに、きっちり予約時間ぴったりに到着した。
余所行きモードの神流にくっついて入るのは、例の巨大パフェ用テーブルが鎮座する空間。
今回は時間が中途半端だったこともあり、店内はまだ余裕があった。
半ば飛び込みで予約が取れたのもこのおかげだろう。
パフェ系のメニュー以外にランチやディナーもやっているが、さすがに16時過ぎではどの層にも当たらない。
運が良かった。
「今度は何にしようかなー……。あ、みんなも好きなの選んじゃってねー!」
さっそくメニューを見ながら神流が言う。
はーい、と全員が何となくぼんやりとした返答。
視線はメニュー表に注がれているから、そんなもんだろう。
「コラ、反応しなさいっ」
「何で名指し?」
「なんとなく?」
「質問を質問で返すな」
すんなりと流れるように隣に座っている神流には、いつもどおりのツッコミをプレゼントしておく。
「もう1回訊くけど、ジャンボ系ではないんだよな?」
「ミズキ、あんた結構疑り深いのね」
「……そりゃあ、ねえ」
「いろいろ心外な反応ね、それ」
そう言って神流はため息をついた。
前科が無いわけではないだろうが。
思わず鼻で笑ってしまった。
「まぁ、だったらいいや」
「あれ? もう決めたの?」
「決めた、っていうか。まぁ、うん。前回来たときに目は付けてた」
「へえ……」
神流の眼が妖しく光る。――あれ? 何か変なこと言っただろうか?
「どなたかと来るご予定でもあったのでしょうか? ミズキさん?」
「……え?」
――やぶ蛇。
めちゃめちゃに、やぶ蛇だった。
取って付けたようでいて、全く接着できていないような敬語が癪に障る。
過剰な敬語は逆に失礼に値する、ってことは知らないのだろうか。
尤も、わざとやっているのは重々承知だ。
「あ、いやいや。そういうことじゃなくて。店の前にあったサンプルを見てたときに『ああ、これも美味しそうだな』って思ってて、それを」
「誰かと今度来ることがあったら選ぼう、と。なるほどなるほどなるほどなー」
「勝手に察した風を出すな、っての」
言葉尻を奪ってまで、そういうことに仕立て上げたいのか。
「えー? でもそういうことじゃないの? まさか、ひとりパフェ?」
聖歌を挟んだ隣、歌織からのツッコミも入ってきた。
まずい予感がしてくる。内堀も外堀もじわじわと埋め固められていく感覚だ。
このメンバー構成になったときから何となく気付いてはいた。
今日のイジられ役は、ボクだ。
「いや、そういうわけでもないけど」
「何なら私、お相手するよー?」
「……それは自分の『おひとりさま』回避が目的じゃないの?」
「バレたか」
あっさりとカミングアウトする歌織。
そんなことだろうと思った。
その目的であれば、ボクなんかよりも適任者がいるはずだし。
「でも、今でこそそんなイメージあんまりなくなったけど、ちょっと前までは海江田くんって、ひとりが好きなのかなーって思ってたよね」
「そーそー。一匹狼っていうほどじゃないんだけど、……何て言ったらいいかな。ちょっと思いつかないけど」
歌織の指摘に、エリーが相づち。
早希がそれに合わせて大きく肯いた。
そういえば、勉強会の誘いを受けたときも似たようなことを言われた。
自分ではそういう風には演じていなかったのだけど、端から見ると孤高ぶっているキャラなのだろうか。
たとえば、買い物は自分のペースで見て回りたいときもあるけど、何人かでわいわいやりながら見るのも好きだし。
「……身勝手?」
「それはただの悪口だろうが」
「じゃあ……スタンドプレイ?」
「同じだ」
「だったら……」
「いや、もう良いから」
これ以上続けられたら、心がぽっきりと折れてしまいかねなかった。
悪口を漫然と受け止められるほどの強い精神力は持ち合わせていない。
「そこまで否定はしないけどね。でもこうして皆と来るのも好きってことで」
「へー。海江田くんって、わりと『おひとりさま』が好きなんだ」
花村さんが興味深げに食いついてきた。
そういえばちょっと前にもこんなことが合ったような気がする。
「……んまぁ、嫌いではないけど」
「またちょっと意外な一面、ゲットだぜ☆」
花村さんは、ばきゅーん、なんて付け加えるように言いながら、手で作った拳銃でボクの胸当たりを狙ってきた。
どうにも謎テンションだ。
「『また』って?」
「ちょっと前に7組におじゃましたときに、いろいろネタをゲットしていたのだよ、聖歌サン」
そう言って自慢げに腕組みをする。
――ああ、そうだ。
後期中間考査の少し前くらい。
ボクの机を占拠して弁当を広げていたときだ。
「甘いモノが得意だったり、ときどきこういう風に集まったりすることだったり。なかなかそそられるネタが多いのよねー、吹部って」
「そそられる、って……」
何となく寒気のする言い回しだった。
「まー、たしかに海江田くん、甘いの得意だよね。吹部男子ならトップクラスじゃない?」
「他の男子がどうなのか、あんまり把握できてないけどね」
少なくとも佐々岡くんよりは得意だろうな。
彼に関しては前回きっちり把握済みだ。
「ジャンボパフェ完食メンバーだし」
「え!? まさか……コレをひとりで!?」
陰から引っ張り出してきたメニュー表の『ネージュ・エトワール』を指差しながら、花村さんが盛大に勘違いをしながら驚く。
「違う違う! グループでだよ、グループで!」
「あ、そういうことね。あーびっくりした、てっきりひとりで行ったのかと」
「いくらなんでもひとりじゃムリだってば」
その勘違いにこっちがびっくりだ。
そんなことができたら、フードファイトの世界に殴り込みできてしまう。
「ふーん……。でもいいなぁ、そういうの。私たちもやってみたいよね?」
「そうだねー」
花村さんの提案に、意外と乗り気になっている仲條さん。
「あ、そうか。チャレンジするときは助っ人として海江田くんを借りてくればいいんだ! そうだそうだ、それがいいや」
「ぅえ!?」
「レンタルは、どなたに相談すればいいのかな?」
「わたしー!」
神流が颯爽と手を上げる。
「じゃあ、来年の2月くらいにレンタル依頼するかもしれないから、そのときはよろしくっ」
「おっけーぃ!」
――いや、待て。何でだ。いろいろおかしいだろ。
「何で神流にその資格があるんだよ」
「管理者」
「だから何のだよ」
「細かいことは気にしなーい。今後も、ジャンボパフェを攻略するとか、おひとりさま回避するとか、各種雑事にはこのミズキ・カイエダをご利用くださーい」
「いぇーい!」
――いぇーい、じゃない。
とはいえ、ちらりと見遣った聖歌と仲條さんは、どちらも楽しそうに笑っている。
これなら大丈夫だろうか。だったらボクは喜んで道化になろう。
ここまでお読みいただいてありがとうございます。
そういう雰囲気に逃げるのもいいけれど、ね。
逃げることは時には役にたつかもしれないけど、ね。
逃げ癖付くと、痛い目に遭うよ。
素敵な感想などお待ちしてます。





