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1-1-4. 幼なじみについて


 その後の数分間で発生していたことに限って薄らと記憶していることは、玲音といっしょになって祐樹を何とか祝福したこと程度だ。


 ――御薗聖歌。

 彼女のことは、控えめに言っても、よく知っている。


 祐樹と同じクラスに所属し、合唱部でソプラノを担当する女子生徒。


 肩より少し伸ばしたくらいの、濃いめのブラウンがかった髪をした、小柄な娘。


 引っ込み思案とまでは行かないが、確実におとなしい部類に入るタイプ。『見た目通りの性格をしている』と評されることなどしょっちゅうだった。


 ボクと同じ中学校――星宮(ほしのみや)市立(しりつ)石瑠璃(いしるり)(みなみ)中学校、通称・ルリナン中――の出身。


 得意科目は国語、英語と、そして音楽。


 そして、ボクが持ちうる最大の情報として――。

 ――ボクの幼なじみであるということ。



 幼稚園に入る頃か、もしくはその前からだろうか。

 その辺りの記憶は定かでは無い。


 母子家庭で育ち、その母も仕事柄頻繁に家を離れていたということもあり、ボクはよく御園家に預けられ、ある意味当然の流れとして兄妹のように育ってきた。

 誕生日が2ヶ月ほどボクの方が早いので『兄妹』という表現で合っているはずだ。


 幼稚園は同じ。小学校も6年間、モノの見事に同じクラスをキープ。


 ウワサに聞くような『男友達に茶化されたことをきっかけとして小学3年生くらいで痴話喧嘩を拗らせて音信不通』というようなことも無かった。

 それなりに仲は良かったはずだ。

 ボクはそう思っていた。


 だが、中学2年で別のクラスになったことを分水嶺として、次第に疎遠になっていった。


 部活が忙しくなった。


 委員会の活動があった。


 塾に通ったりもした。


 有るイベントを境に、少し――いや割と大きめに、ボクの周辺の環境が変わった。


 そして何よりも大きな事案としては、彼女が、彼女のクラスメイトに告白されている場面を、不運にも見てしまったことだった。



 中学時代も吹奏楽部に所属していたボクは、その日も――10月の初旬だっただろうか、自分の誕生日がわりと近かった頃合いだったはずだ――音楽室に居た。

 具体的に言えば、その隣に付属した音楽準備室に居た。

 使用する楽器などが処狭しと強引に収められている部屋だ。


 狭苦しい音楽準備室はどうにも湿っぽくも埃っぽくもあった。

 そんな澱みきった空気に耐えられず、楽器の波をかき分けて窓際に何とか辿り着いて、ようやく窓を開けて深呼吸をしようとしたタイミングだった。


 男子生徒と女子生徒、それぞれひとりずつが校舎の影に立っていた。


 たしかにその場所は同一平面上であれば死角を作りやすい場所だったが、上空からはほぼ丸見えであることに気付いていなかった。


 男子生徒の方はあまりよく確認できなかった記憶がある。

 それは日陰気味になっていた所為で顔を判別できなかったからなのか、注視することを脳内の何処かが拒んだのか。

 その姿は思い返そうにも霞がかかったように思い出せなかった。


 だが、女子生徒の方はよく判った。

 ――他ならぬ、御薗聖歌だった。


 周囲には誰も居ない。吹奏楽部に関してもこの日に限っては、各種委員会活動日と重なっていたためにまだ活動前。

 彼らの声は小さいながらもボクの耳には辛うじて届いた。

 ――届いてしまった。

 それは明らかに、不幸だった。


 校舎裏と言えば、告白か喧嘩かが相場だろう。

 尤もここ最近は、そんな映画かマンガのような決闘シーンなどご無沙汰だ。

 そもそも石瑠璃南中(ルリナン)はそのような荒れた光景とは無縁の学校だった。

 そして、その場に居るのは男女がひとりずつ。


 それは紛れもなく告白のシーンだった。


 そして、その告白を受けた彼女の首が、本当に小さく、縦に振られたのを見た。





 ――そうなのだ。


 たしかに彼女は、あの中2の秋に彼氏が出来ていたはずだった。


 だが、あの雨の日に、祐樹は、自分の彼女が御薗聖歌その人であると告げた。


 一体どのタイミングで中学の時の恋物語が終わりを告げていたのかは知らない。

 その相手は、少なくとも月雁高校には進学していない男子生徒だったはずだが、知る由など無かった。


 しかしながら、彼女の性格上、二股を掛けているとは到底思えなかった。

 そのおとなしさ故に、圧しに弱いところはあるかもしれないが、その辺りの観念はしっかりした子だと思っている。



 いずれにせよ、あの時から、やはり彼女とボクは違う道を歩いていた。



 ボクは吹奏楽部、彼女は合唱部所属ということもあり、中学の頃よりは姿を目にする機会は増えた。

 だが、会話をほとんど交わしていないのは相変わらずだった。


 どうにも昔の様には戻れなかった。


 まさしく、あの日が分水嶺。


 いくら幼なじみだとは言っても、所詮はただの幼なじみ。

 彼氏様には勝てるはずが無い。

 何か軽はずみなことをして、その結果相手に何を思われ、何を言われるか――。

 そんなことを考えてしまっては、話しかけられるはずもない。

 そもそもクラスが違えば、話しかける理由も希薄だったのだから。


 それは、無事に志望校へと進学を果たして学校が変わった現在でも変わらない――変わり様の無い事だった。

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