1-3-XV. 待ち合わせ
これくらいのコーヒーの濃さであれば特に問題はないと思い、2本買っていた。
そうでなければ受け取ってもらえない可能性があったので、予防線を張ったみたいな感じだった。
おいしそうに、でもまだ熱いのでゆっくりとカフェオレを飲む姿。
ほっ、と一息する横顔。
味の好みは変わっていないようで、どちらかと言えばそちらの方に安心した。
地下鉄の駅のホームは、風が入り込むことはないものの、やはりあたたかくはない。
当たり前と言えば当たり前のことだった。
今日は朝方あたりに晴れてきたのでそこまで冷え込んでいるわけではないけれど、それでも北国の冬。
寒いモノは寒い。
昔から寒がりなあたしは、とくにマフラーは手放せない。
隣に座る彼を、もう一度ちらっと見る。
反対側のホームの、看板辺りでも見ているのだろうか。
――いや。たぶん、ぼーっとしている感じで、とくに何かを見ているわけではなさそう。
カフェオレを味わってくれているのなら嬉しい。
そんな彼の首元は、あたしとは対照的に少し寒そうだった。
マフラーの類いもなく、手袋もはいていない。
そのくせ、コートも胸元は広めに開けている。
ただ、わりと背の高い彼には、ほんのりとしたそのラフさが似合っていた。
運が良いのか、悪いのか。
あの日の、第2音楽室。
たまに音楽室の割り当てを間違える人は、吹奏楽部、合唱部問わず、どちらの部活でも『あるある』のパターンだった。
固定式にすればいいのに、とたまに思っているのは公然の秘密のようなもの。
大きな声では言わないけれど、わりと大半がそう思っていたりする。
でも、あの日――。
丁度、部員の数もそれほど多くはないタイミングで、たとえアクシデント的にでも会えたのは、今思い返してみれば、きっと運は良かったと思う。
ウチの部のメンバーにも、勉強会を通じで彼の名前と顔が知られていたこともラッキーだった。
思っていたことを話したことも、こうして学校がお休みの日に遊ぶことも。
中学校に入ってからはそもそも部活で大部分の時間はなくなっていたこともあり、随分と久しぶりのことのように感じていた。
何よりも嬉しかったのは、今回のこの打ち上げのような集まりに呼んでもらえたことで、こうしてまた交点のようなものができたことだった。
たとえそれが、たまたま彼の目の前にあたしが居たから、とかそういう理由でも構わなかった。
その時に、選んでもらえたということが、嬉しかった。
彼は傍らに缶を置き、スマホをいじりはじめた。
誰かにメッセージでも送るのだろうか、と思ったけれど、指の動きがそうではなさそうだった。
ちょっと気になって画面をのぞき見ようとしたが、一瞬で気付かれてしまった。
「あ、その……、ごめんなさい」
「ん? ……あ、そうだ。これ、これ。コレ見せないとだったんだ」
「え?」
あたしの行いを怒るどころか、あっさりと画面がこちらに向けてきれくれる。
「地図とか送るって言っておいて、なんかそのまま何も送ってなかったなぁ、って。ネタバレになるかもしれないけど」
「わ。すっご……!」
そう言って見せられたのは、これからみんなで行くお店の公式ホームページだった。
すごくおいしそうなパフェやケーキがずらっと並んでいる写真に、完全に目を奪われてしまう。
「これとか、すごい良さげ……」
「あ、思った?」
フォンダンショコラが載っかっているパフェを何かに誘われるように指差すと、彼のテンションが少し上がった。
ほんの少し前のめりになった感じもする。
「たしかまだやってたはず、このメニュー。秋・冬限定のヤツなんだよね」
「……食べたこと、あるの?」
「あ。うん、まぁ、1回。新登場、って出た直後くらいに」
「そう、なんだ」
――部活の人たちと、だろうか。
なぜか一瞬たじろいで、なんとなくたどたどしい物言いで、そのまま元の通りに彼は座り直してしまった。
「でもまぁ、今日はたぶん、コレ目当てなんだよね」
「……すご」
フリックされて出てきた画像は、軽くヒくレベルで大きなパフェ。
何かのパーティーとか、団体で来た旅行客とかが注文しそうな、あらゆるものが載っかったものだ。
なるほど。
これはたしかに、欠員が出てしまうと大変になってしまうタイプのものだった。
割り勘的な意味でも、食べる分量的な意味でも、これは危険なモノだ。
もちろんそういうお店があることは知っていたが、それはあくまでも話には聞いていたというレベル。
どこにあるのか調べたことがなかったし、もちろんまだ行ったこともなかった。
調べたとしても、一度も迷わずに行けるかと問われればあまり自信は無かった。
――今回、それを利用してしまったことは、認めなければいけない。
罪悪感は、ある。
中学生の頃はお互いにスマホ・ガラケーの類いは持っていなかったし、持ってからもメールアドレスやSNSのアカウントを知る機会もなかった。
今回の勉強会グループに入ったおかげで彼のアカウントを知ることができたし、こうしてメッセージのやりとりもできた。
あの人が『異性の友だち登録は禁止』などと言い放つ人じゃなくて良かった、と心から思った。
束縛の強い人はどうしても苦手だった。
「さて、と……」
一度スマホからこちらの方へと視線が向く。
あたしの手元を見て、しばし思案顔を見せたあとで。
「次ので行こうか」
「え?」
「それ、まだ飲みかけでしょ」
あたしの手の中の缶を指差して言う。
「うん、……でも、間に合う?」
「ばっちり。正直言っちゃうと、あと6本くらい遅らせても余裕で間に合う」
だからって慌てなくていいから、と再びスマホに視線を戻して、そのままの姿勢で彼は言った。
――そうだった。
この人は、こういうときはいつもそう。
目的地の近くにはかなり早くに着いておいて、その近辺で時間を潰すタイプだった。
中身はかなり減ってきているし、開けてから時間も経ってきているのに。
でも、まだ何となくあたたかいカフェオレの缶。
何となくそのあたたかさが名残惜しくなって、あたしは次の電車が来るまでその缶を両手で握り続けていた。
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
今度は「15」でやってまいりました、ローマ数字の回でした。
前の章で同じサブタイトルを付けたときとは違って、
今回はしっかりと同じ時間を進めた、……のかもしれません。
それが良いのか悪いのかは、私にもよくわかりませんが。
感想などなどお待ちしてますー。





