1-3-13. 少しずつ、少しずつ
「そういえば、他の合唱部の人たちは? 何かいつもより少ないような……」
「あ、うん。資料とかそういうのを取りに行く人と、先に部屋を空けて待ってる人で作業分担してて。それで、あたしがこっち担当」
「なるほどね」
そこそこ話し込んでいる間に、合唱部の面々が何人か音楽室に入っていく。
人数がいつも知っているような大所帯ではなかったので気になっていたのだが、そういうことなら納得だ。
入っていった何人かは例の勉強会にも来てくれたメンツで、ちょっと珍しいものを見るような顔をしながらも、軽い感じで挨拶をしてくれた。
勉強会助かったよ、などと言ってくれる子もいたりして、少し嬉しかった。
ひとまずこちらは微笑みを返しておく。
「勉強会だけどさ、あれたぶん、次の定期考査のときもやるっぽいから。その……」
あの場に居たはずだけれど、何となく自分の口からも言いたくなった。
「良かったら、また来てよ」
「……いいの?」
探るような視線を下から受ける。
「最後の方は合唱部も結構来てたけど、そもそもあれって吹奏楽部だけでやってたんじゃないのかなーって、実は思ってて」
「とくに、そういう括りはしてないと思うよ。最初に話し合ってやりはじめたときのメンバーが吹部だった、ってだけの話だし。それにほら、わりとみんな『誰でもご自由に』みたいなスタンスだったでしょ」
1週間を切ったあたりからは、お友達などお誘い合わせの上、みたいなノリで人を増やした結果、ああなったわけだ。
あそこまで増えるとは思っていなかったが、増えること自体に対してはむしろ喜んでいたはずだ。
「それにさ……」
――何て言ったらいいかな。
「楽しかった、って言ってくれた子に、『来ないで』なんて言うわけないでしょ」
迷った結果、何だか妙に偉そうな言い方をしてしまった。
真正面から言うのは恥ずかしかったのだ。
失敗したかな、と思ったが、視線を戻した先にはふわりとした笑顔があった。
「そういえば、部活は大丈夫?」
「……あ、やば」
慌ててスマホを見ると時間的にはまだ余裕があるものの、案の定神流からの着信が2件。
『いまどこ』と至ってシンプルな文字のみのメッセージに、とりあえず『もうちょっとで行く』とだけ返しておいた。
そしてもう1件のメッセージは――、
『パフェ会欠員が出たからもう1人か2人足したいんだけど』
『宛てはある?』
――とのこと。
ちょっと引っかかりのようなものを感じてグループを開くと、残念そうにしながらも行けない旨を書いているアイコンがいくつか見えた。
自分が挙手の返事をしたあとは一度も開いていなかったので、その後の状況は知らなかった。
ふと、目の前の彼女を見る。
好みが変わっていなければ、甘いモノは好きなタイプだったはずだ。
――後は野となれ、山となれ。
ボクにダイレクトでそんなメッセージを送ってくるのだから、誰を連れて行こうがボクの勝手でイイのだろう。
それに、『その場』に居ることになるのはボクと彼女だけではない。
だから、問題は何もない。
「ひとつ聞きたいことあるんだけどさ」
「なぁに?」
「勉強会メンバーでテストの打ち上げがあるって話、聞いてないよね?」
念のため、すでに呼ばれていたパターンになっていないかを調べてみる。
「え? そんなのあるの?」
第1関門突破。
ならば、話を振ってみても大丈夫だろう。
「まだメンバー少なかった頃にそういう話があって、実際にやることになったんだけど。ちょっと欠員が出ちゃってどうしよう、って今神流から来ててね」
「そ、そうなんだ……」
――あれ?
トーンが下がったような。
「今週の土曜日、……たぶん午後かな。部活とか、何か予定とかってあるかなって」
せめてもの自己防衛だった。
『デートとか』とは訊かなかった。
「とくに予定は、無いかな。部活は、ほら。そっちと同じで」
「なるほど」
第2関門突破。
今週土曜日は学校側の都合上、吹奏楽部も臨時でお休みになっていた。
だからこそ、神流は抜け目なくこの日を打ち上げの日に決めたわけだ。
「でも、ホントに大丈夫なの? 吹奏楽部に混ざっちゃって」
「イイと思うけど……、ちょっと待ってね」
そこまで閉じられたサークルでもないけれど。
なおも心配そうな顔をしているので、とりあえず神流にメッセージを送ってみる。
『合唱部の子でも大丈夫かな』と、シンプルに。
そもそも、彼女と平松さんは他の吹奏楽部のメンバーよりも早くに参加しているわけだし、アイツのことだから、きっとすぐに返信が来るはずだ。
とか思っていると、4秒後。
かなりの高速レスポンスで『おけ○水産』と書かれたスタンプが来た。
ド定番すぎる、神流らしいチョイスに思わず笑ったものの、まだ心配そうな顔をしている彼女の手前、一応少しだけ頬を緩める程度に戻しておく。
「おっけー、だってさ」
スタンプの中身をそのまま口に出すのは、何だか気が引けた。
というか、こっぱずかしかった。
「ホント? ……それじゃあ、お邪魔させてもらいます」
第3関門突破。
ようやく彼女の頬に陽が差した。
「りょーかい。……って、そろそろホントに怒られるかも」
「うん」
バイバイ、といつぞやのように彼女の手が小さく振られる。
小さくお返しをしつつ、小走りで第1音楽室へと向かうことにした。
「何処行ってたのよ」
「ごめんごめん、ちょっと野暮用」
「トイレでソシャゲでもやってたんじゃないの?」
「残念、その類いには手をつけてないんだな」
第1音楽室に着くなり出迎えてくれたのは、神流と佐々岡くん。
楽器準備室の方からは、早く準備しちゃってー、と先輩の声が聞こえていたので、ふたりへの対応もそこそこにダッシュで向かった。
「遅いぞ、海江田」
「すみませーん」
「ってことで、これと、これ。あとこれもな」
「……うぃっす」
まだ残っていたと思われる重労働を、ドカンと遠坂優一先輩に押しつけられた。
仕方ない。
罰当番みたいなものだと思って受け容れよう。
とはいえ、基本的にはこの手の仕事は男子部員に回ってくるのが日常茶飯事。
とくにいつもと変わったところはなかった。
「あれ?」
1往復目の作業を終えて再び準備室から出ようとしたところで鉢合わせした神村春紅先輩――神村先生の長女――が、ボクの顔を見て疑問符を浮かべた。
そのままじっと見つめられてしまう。
「え、ど、どうしたんです?」
さすがに、困惑するなというのがムリだ。
意外に距離が近い。
「……んー。何かイイことあったのかなー、って思っただけ。すごく機嫌よさそうっていうか、何だろな。とにかく『イイことあったっぽい顔』に見えたんだよね」
「そぉすか」
「あ、そっか。テスト良かったんだ」
「あぁ、まあそんなところですかね」
「へえ、優秀。今度何か教えてよ」
「……いや、それはさすがにムリでは。1年後ならわかんないですけど」
2年生でやることなんて1年小僧が教えられるわけがないじゃないか。
「それもそっか」
あはははー、と軽い笑いを残しながら準備室へと入っていく春紅先輩。
逆に、いろいろと訊きたかったのはボクの方だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
タイトル通りですが、少しずつ吹っ切れればいいですね。
まぁ、それができれば、苦労はしないんでしょうけど。
感想などお待ちしてますー。





