1-3-11. 開放感と日常の帰還
開放感。
たとえそれが束の間のものだとしても、存分に味わっていたい感覚。
あちらこちらから聞こえるのは、疲れの色は薄らと感じるものの、だいたいはこの荒波を乗り切った事への充足感のようなものだった。
さすがに自信が無かった解答を教科書で確認するような人は見えず、ちょっと安心感が増した。
「やっとおわったーーーーーー!」
テストのときは出席番号順。
いつもは後ろの席だが、テストなのでボクの前の席に座る大石くんが、誰に言うでもなく――いや、自分に言い聞かせているのかもしれない――雄叫びを上げる。
ぐいっと大きく背筋を伸ばして、そのまま背もたれに全体重を預けつつこちらに顔を向けてきた。
逆さづりみたいに見えて、ちょっと気味が悪い。
――というのはナイショだ。
「どうよ?」
「まぁまぁじゃないかな」
「まぁたまたご謙遜」
そう言って大石くんは楽しそうに笑った。
いつもよりもテンション高めに見えるのは、やはり彼も開放感に酔っているからだと思う。
回答欄は、埋めるには埋めた。
自信があまりなくても、欄を空けたままにするのは昔から好きではなかった。
「このあとは?」
「部活」
「……さすがだな、吹奏楽部。ウチは明日の午後からだよ」
大石くんの所属は卓球部だった。
「とは言っても今日は、明日からの活動予定表配られて、ちょっと話すだけで終わるけどね」
「ああ、そういう感じなのか。てっきりガッツリ練習するモンだと思ってた」
「何年か前はそうしてたらしいけどね、さすがにテスト終わった直後ってアタマがぼーっとするじゃない?」
「今がそれだよな」
「だよね。で、こんな状態だったらまともな練習にならない、時間の無駄だ、って言った先輩がいたとかで、そこから今のスタイルになったっていう……」
「マジで?」
「……っていうウワサ」
「ウワサかよっ」
ノリツッコミありがとう。
いつもツッコミ役に回りやすいから、大石くんと話すときはすごく新鮮な気分になれる。
実際のところはそこまで派手な立ち回りがあったわけではなく、もう少し穏やかに話し合った結果今のような練習態勢になったという話だった。
この言い回しは、その説明をしてくれたOGさんをそのまま真似しただけだったりする。
外は雪。
吹雪き始める前に帰りたいところ。
ホームルームが早く始まることを祈っていたが、そんな心配も不要だった。
間もなくして担任が到着。
特に教員からも生徒からも連絡事項がなかったため、ものの2分足らずで解散になる。
一息吐くよりも早く神流が満面の笑みでやってきた。
「行こー」
「んー」
「何その中途半端な声。やる気出しなよ」
教室を出る準備は終えていて丁度良くカバンを持とうとしたところだったが、声の方は準備できていなかった。
神流は不満げだった。
廊下に出ると、まだ他のクラスはホームルームをしているところもあるらしかった。
ふたりでいつもよりもかなり声を小さくしつつ、音楽室へと向かう。
「むしろ、テスト直後でよくそのテンション維持できるな」
「逆、逆」
チッチッチ、とわざとらしく言いながら、人差し指をメトロノームのように振る。
何を元にしての逆なのだろう。
「余力を残すように、抑えめにしていたのだ」
「……え?」
「いや、ウソだって」
「ホントかぁ?」
「さすがにそれは無いってば。……っていうか、そんなおっかない顔しないでよ」
「そんなこと、……無いでしょ。たぶん」
「そこで間を作るな、間を」
ビシッと、メトロノームだった人差し指をこちらに向けてきた。
「でも、みんなのおかげで今回は好感触な気がするのよねー」
「ボクもだ。とくに理系はかなり手応えあった気がするんだよね」
「エリーも言ってたけど、次のテストのときもやるでしょ?」
「そりゃもう。……そのためには、返ってくる点数が良くなってなきゃダメだろうけど」
「後ろ向きなこと言わないっ」
バシッと右肩を叩かれる。
人影の少ない廊下によく響く。
残響。
「……神流は360度全方位前向き、って感じだよね」
「なにそれ。褒めてんの?」
「そりゃもう」
「ありがと」
わざわざボクの前に回り込みながら、しかもくるりと1回転。
何だかんだで神流もテスト終わりのテンションになっているらしかった。
ホームルームと同様のあっさり風味で、今日の部活も無事に終了した。
再来週までの予定表が配られ、そこでクリアするべき課題や目標やらを各パート単位と個人単位で決める――、以上。
それだけだ。
慣れたモノだ。
高校入学から定期考査はこれで3回目。
だいぶ勝手も身に染みついてきたのだろう。
それにしても、上級生がいる音楽室というのも久しぶりな気分だったし、勉強道具を広げていない音楽室というのも同じように久しぶりだった。
本来なら、上級生がいない音楽室というのが珍しいことだし、勉強道具が広げられている音楽室というものがイレギュラーなのだ。
でも、その光景が2週間程度も続けば、そちらの方が自然のような雰囲気になるのではないか、とも思う。
一度制服を脱ぎに家へと戻ったあと、すぐに折り返して学校近くまで戻ってきていた。
目的地は、旧カフェ・クドウこと、『昼のコーヒーとパフェに飽き足らず、夜にはお酒と音楽を嗜む』。
目的は、ちょっとした遊びのようなものと、間もなくこちらに帰ってくる母についての報告――というよりもネタ披露だった。
そういえば、短縮形を考えておくと言ったきり、予想通り何にも考えていない。
19時を過ぎたくらいの月雁駅前は、既に薄い雪化粧だった。
思っていたよりは少ない降り方で安心する。
屋内から外に出ようとしたときに吹雪いているようなことは、もう勘弁だ。
思い出すのは、自転車での買い出し中に吹雪かれた日のことだった。
そういえば、と思い出すのは、部活終わりの別れ際の神流の一言だ。
『みんなが家に着いたくらいであのグループにメッセ送るから』とのことだったが、あのグループとは恐らくは勉強会メンバーのものだろう。
テストの慰労会に関する事だろうとは思い、まだ確認をしていなかった。
駅の改札近くまで入り壁にもたれながらスマホをチェックすると、たしかにメッセージが来ている。
4時間ほど前だったらしい。
――あまりスマホをチェックしない人間だと、こうなることはわりと多いと思う。
『テストおつかれさまー! テストが全部返ってくるにはたぶん来週いっぱいかかるっぽいし、その次の日土曜日に行ける人はみんなでパフェ食べに行きましょー!』
顔文字にスタンプをふんだんに混ぜ込んで、めちゃめちゃに目立つメッセージだった。
文字から神流の声が響いてくるような感じもするし、このメッセージからしてすでに若干のパフェ感を出しているような気がしてくる。
すでにリアクションも何件か入っている。
『この時期のパフェとかクッソ寒そうだけど!』
『いやいやアイスは冬に食べてこそでしょ』
『暖房も必須じゃねえか!』
――などなど。
どちらの気持ちもわかる。
わかるのだが、どちらかと言えば、パフェは食べたい派だ。
『安心してください。冬季限定のパフェもございます』に加えて、「えっへん」とドヤ顔のスタンプ。
『鍋料理とかってオチじゃねーだろな』
『んなわけあるかーい! 鍋は忘年会だわ!』
『忘年会もあるんか!』
『当たり前っしょ』
しばらくこんな感じのメッセージの応酬が続いたところで、ようやく出欠を取るアンケートのようなものが出てきた。
どうやら挙手の絵文字だけでいいらしいので、ボクも付け加えておいた。
直ぐさま神流から『ミズキ遅い!』の一言が飛んできて、思わず声を出して笑ってしまった。
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
いよいよ星宮も12月となりまして、冬本番です。
雪灯りの下でどう展開していくか、お楽しみに。
あ。そうそう。
今回からまたセリフとセリフの間にも改行を挿入するようにしてみましたが……。
いかがでしょうか。





