1-3-7. 増えるメンバー、投げられた爆弾
「ねえ、神流」
「どうしたの、ミズキ」
最早、様式美。
ボクの真横に陣取っている神流に、ノートに顔を向けたままで声を掛けてみる。
「先週さ。ボクが『机の配置考えた方がいいかも』的なことを言ったときに、神流はたしか『まぁいいんじゃない?』みたいに返したよね」
「……そんな気もするわね」
神流もボクの問いかけに、化学の問題を解きながら応えた。
この前一緒に本屋に行ったときに買った参考書の章末問題だった。
――意外とさらさらと解いているように見える。
土日にしっかりとがんばったのだろうか。
「さすがに、さ」
「うん」
「……この、宮廷の晩餐会みたいな配置は、どうなのかな」
「誰がウマいこと言えと」
珍しくツッコミ役に回った神流の声を受け流しつつ、顔を上げて周囲を見回してみる。
向かい合わせになった机が、合計12セット。
それがずらりと並べられている。
もちろん、空いている席は無い。
そして、席に着いている全員が机上のノートやら参考書やらと向き合っている。
壮観。
まさに壮観。
こんな光景、今までに見たことがない。
「あー……、なるほど。そっか。実は、『何かこれ、どっかで見たことあるなー』って思ってたのよね」
「和恵さん、感心している場合じゃないってば」
「いやいやいや、ナイスツッコミです海江田くん」
「今のって、ツッコミなのかな」
「……状況に対してのツッコミ、的な?」
「そう言われてもね……」
平松さんが妙にニコニコしながら言ってくるが、そこで疑問形にされてもちょっと困る。
そのボクの様子を見てか、平松さんの隣に座る聖歌も少し楽しそうにしながらも苦笑いを浮かべていた。
この苦笑いは、本当の苦笑いだった。
勉強会も順調に回を重ねてきている。
テスト初日を迎えるまでに開催できるのも残すところあと4回となった水曜日。
徐々に増えてきた人数も、ついに20人を超えてきた。
予備校とかに通っていたり、通信教育を使っていたりする子はともかくとして、やはり大半は自学に励むパターンが多い。
とはいえ、自学にも多方面で限界を感じる生徒は少なくなかったらしい。
『こういうのをやってるんだけど』と話を振ってみると、意外なほどに、神流の台詞を借りれば『よく釣れる』ものだった。
ここまで人数が膨らみ、かつテストまでの残り日数もだいぶ減ってきた。
今までのように何かの教科に対して全員で重点的に対策を取るというような勉強会では無くなったが、その代わりに今までの積み重ねを生かして実践的に演習問題を解くようなフェーズに入ってきた。
いよいよ最終局面、って感じがしてきている。
「んー? ……わかんない」
やや離れたところからエリーのつぶやきが聞こえてきた。
「ちょっと物理のプロ、カモン!!」
「私でいいか?」
挙手ととともに結花を召喚した。
「これなんだけど……」
エリーはそう言いながら晩餐会会場から少し離れて、結花といっしょにピアノ近くの机に移動していった。
「あ! そこ私もよくわかってないから、いっしょに聴いてもいい?」
「もっちろん!」
「おいでおいで」
早希もくっついていった。
こんな感じで、何か解らないことがあったら、講師役を務めた子の教えを仰ぐという流れがきちんと身についた。
――『解らないことはすぐに訊く』。
大事なことは充分理解しているつもりでも、やっぱり実践できなかったりするものだと思う。
こういう環境が作れたことがいちばんの功績かもしれなかった。
神流たち初期メンバーのおかげだ。
絶対に面と向かっては言わないけど。
「やっぱ、案外このままでもいいのかもね」
「でもせめて、明日からは2列構成にしない?」
「まぁ、それもそうね。音楽室の外まで行っちゃいそうだし」
「……壁突き抜けさせたらダメでしょ。魔法学校行きのホームじゃあるまいし」
バグか何かかな。
「ぷっ」「ふふっ……」
「え?」
噴き出したような声と、それを耐えるような声。
その方向を見れば、平松さんと聖歌が何かに苦しんでいるようだった。
「あー、もームリっ! なに、吹奏楽部っていっつもこんなノリなの?」
「どう、なのかな」
「大体合ってるぞ?」
神流とは逆サイドの隣にいる佐々岡くんに振ってみると、自信満々な返しをされた。
「神流がボケて、海江田がツッコむか。あるいは先輩らがボケて、海江田がツッコむってこともあるか」
「待って待って。ボクはどう足掻いてもツッコミ役なの?」
「そうじゃね?」
当たり前でしょ、と言わんばかりの表情だった。
がっくりと自分の肩が下がっていくのがよくわかった。
「これからもツッコんでくださいな、ミズキさん」
「……カンベンしてくれよ。たまに不意打ちで来たりするからけっこうクるんだよ」
「ほら。その思考がツッコミ役だ、って話だよ」
「あ……」
佐々岡くんの人差し指が、ズバリとボクを差す。
今度はボクの首ががくりと落ちる番だった。
本当だ。
怒濤のボケ倒しが入ってくるようなしゃべくり漫才の、まさしくツッコミ役のポジションだった。
「……あ、やべ」
一頻りボクをイジって満足そうな雰囲気だった佐々岡くんが、不意に悩ましげな顔をした。
「どしたの?」
「いや、シャー芯切らしちゃったみたいでさ……。そうだよ、昨日の帰り文房具屋行こうと思ってたんだ。思いっきり忘れてた」
「購買……はもう閉まっちゃってるか」
「いや、そもそも購買で扱ってないんだよね、コレ」
そう言って見せてくれたシャープペンシルのシャフト部分には「0.3」の文字。
言われてみれば、たしかにまだ0.3ミリの芯は扱ってなかった気がする。
入荷以来はあるらしく、近日中に取り扱いが始まるということは貼り出されていたけれど。
「あー、0.2ならあるんだけど、0.3は無いなぁ……」
「……あ。それ、あたし持ってる」
聖歌が言いながら自分のペンケースを探る。
「濃さはどんなの使ってるの?」
「HBなんだけど……」
「じゃあ、はい」
そう言ってケースから3本ほど取り出して、こちらに手を伸ばした。
さすがにその距離では渡せないので、中継プレイを買って出ることにした。
「ありがと」と小さなお礼が聞こえる。
「ありがとうっ! 早いとこ買って返すからっ」
「ううん、別に大丈夫だよ?」
「いやいや、そんな。……1本あたり、わりと高いじゃん」
現実的な理由だった。
「ほんと、気にしなくていいよ」
「……女神さまかな?」
うっとりとした顔で聖歌を見る佐々岡くん。
――勉強会を始めて以来、唯一佐々岡くんのことがだんだんとよくわからなくなってきている。
「買ったのはいいんだけど、あんまり0.3の芯使ってなかったから、ホント気にしないで」
「ありがと、じゃあありがたく」
そう言ってキャップを開けて、芯を補充して。
「いやー、マジで聖歌ちゃんって、ホントにイイ娘だと思うんだよね! 好きになりそう!」
――佐々岡くんは、そのままの流れで爆弾を投げ込んだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
付き合いが浅かった瑞希が気づかなかっただけで、佐々岡くんはこんな子です。
案外、男版・高島神流かもしれません。





