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1-1-3. 回想: 月雁祭の準備中、あの日も雨降り

 学校祭の準備も佳境に入ってきていた7月上旬。

 カレンダーの上では夏かもしれないが、降り注ぐ雨はまだ少し冷たい。

 リラ冷えの名残とでも言えばいいのだろうか。

 玄関正面付近の大きな木はその枝を大きく揺すっていた。


『この時期に雨は困るよねー……』

『そうなんだよねー……』


 ひたすら揺れている木とその木を容赦なく揺する風雨を、ボクは玲音といっしょに見つめていた。


 月雁高校では各学級で3種類の出し物を行うことになっているのだが、その内のひとつに『行燈(あんどん)制作』というものがある。


 行燈と言っても灯籠のようなタイプでは無く、最も近い表現をするならば青森のねぶただろうか。

 もちろんあのような超巨大なものではないが、男子生徒20人で何とか担ぎ上げられる程度の重量とサイズにはなる規模だ。

 そしてもちろん、完成後はそのまま展示するだけではなく、実際に一般道へ出て練り歩くということもする。

 小さな街路だけではなく、目抜き通りも通る。

 もちろん交通整理も行われる。

 ただの学校祭規模にとどまらない、結構なお祭りになるのだ。


 それくらいの制作物――いや、もう建造物と言ってもいい気はする。

 そういったサイズのものを作るのは、流石に屋内では不可能。

 校舎脇に各学級1つずつテントを建て、その中で行燈を組み立てることになっている。


 しかし、木材を切ったり電飾パーツを組み込んだりする作業は、概ねの構造体が組み上がってしまっているテント内では出来ない。

 雨が上がったとしても水捌けの悪い場所のテントの側は泥濘(ぬかるみ)がひどくなり、作業の進行は停滞する。

 そのためこのタイミングで降る雨は工期の見直しが迫られる由々しき自体だった。


 こうして恨めしく空を見上げるボクと玲音のメイン担当はその行燈制作。

 作業進捗の管理のようなことにも携わっているだけに、頭が痛くなる。

 雨をもたらしている低気圧も相まって、本当に頭が痛い状況だった。



『こら、そこの男子ふたりっ。黄昏れてないでちょっと手伝ってー!』

『あ、ごめん』

『何すれば良いかな?』

『看板作ってるから、これ押さえてて!』

『おっけー』


 もちろん行燈制作以外にも出し物はある。

 メインは行燈制作である生徒も、しっかり他の作業をする必要があるのだ。



『あ、イイ感じイイ感じ!』

『よかったー。大きいの作らないといけないし、天井近くに付けなきゃいけないしで、どうしようかと思ってたんだよね』


 組み立て終わった看板を実際の配置場所に玲音とふたりで支えてみる。

 どうやら大丈夫そうだ。


『背高めのふたりで助かったー』

『本番の設置するときにもふたりに頼もうかなー』

『いいよー、別に。ね、瑞希』

『そだねー、吹奏楽部の準備前とかだろうし大丈夫だと思うよ』

『さすが爽やかコンビ』

『高畠くんと海江田(かいえだ)くんって何となく兄弟感っていうか双子感あるよね』

『いやいや、瑞希とだなんて恐れ多い』

『いやいや、何をおっしゃいますやら』


 ニコニコ顔でボクと玲音に言うクラスメイト。

 180までは行かないまでも、玲音とはだいたい同じくらいの身長だ。

 役に立てて何よりだ。こう言われて悪い気はしない。

 昔から学校祭は当日の雰囲気も、準備作業も、好きだった。




         ○




 月雁高校は定時制もあるため、校舎内での学校祭準備作業は17時までが原則だ。


 先ほどまで模擬店系の準備をしていたグループは既に帰路に就いたか、部活に向かっている。教室には玲音とボクのふたりだけだった。


 今日は吹奏楽部は休み。野球部もこの天気なのでお休みとのこと。


 時刻は17時15分前。

 何をするでもなく、何を言うでもなく、打ち合わせも無いままに退去直前までお互いここで物思いに耽る様相だった。


 入学式を終え翌日の新入生歓迎会も終了し、何事も無く高校生活を始められるのだろうと教室でほっと落ち着いていた矢先に起きた、吹奏楽部による部活紹介のときには一瞬だけ悪目立ちをしてしまったが、それ以外は概ね平穏だった。

 こんな感じで心穏やかに、月雁高校でのハイスクールライフを過ごせるのだと思っていた。


 ――その平穏が崩れたのも、思い返せば、勢いよく開いた教室前方の扉が原因だった。



『ぃよぉーっす、御両人!』


 声の主は、祐樹だった。


『あれ? 7組は作業終了?』

『うん。行燈はコレだし、模擬店の方も予定通りだったみたいで皆行っちゃった』


 玲音が窓の外を指差しながら答えた。


『ステージは?』

『そっちは……、わかんないや』

『ボクもノータッチだからわかんないな』


 前半半分は本当で、後半半分はウソだった。


 3日構成の中日は、各学級単位で体育館ステージでの出し物発表のようなものがある。

 演劇をするとか演奏をするとか少々派手目なパフォーマンスをするとか、だいたいのクラスはそんな感じだ。


 もちろん、ただそれを開催するだけではない。

 当然ながら、審査と投票と、その結果発表を伴うものだ。

 それ故、各クラス情報漏洩には気を遣っている。

 教室作業では扉の部分に目張りをするところもあるし、当然ながら行燈の組み立て中は炎天下でもテントの開口部は基本的に閉じている――もちろん換気と熱中症には気を遣っているが。


 彼は1年3組。

 クラスは違えど、こうして玲音を経由して知り合い、割と頻繁にこうして話していると分かってくる。

 よく言えば裏表の無い性格な彼のことだ。

 恐らく祐樹自身、ネタを探る意図は無いと思う。

 それでも一応、念には念を入れてという話だ。


『それで? 祐樹はどしたのさ。何か用事でもあったの?』

『ん? ああ、そうそう。そうなんだよ』

『何がさ』


 よく分からない物言いで間を保たせる様な口ぶり。


『折角通りかかったところで、さ。ふたりが居たから』


 短く刈られた髪をかきながら、いつもの歯切れの良さが形を潜める言い方をする祐樹。

 ボクと玲音から見れば少し小柄な彼のその様子は、何か悪さを働いた弟がその行為を白状する寸前の様にも見えた。


『何さ。祐樹がそんな感じになるのも珍しいけど』


『言いづらいことなの?』


 玲音がボクの言いたかったことを継いでくれる。

 空気を読める男だ。


『いつも仲良くしてくれてるふたりには、言っておこうかなと思ってたんだけど、何か……緊張するな。さっきも緊張してたけど同じくらい緊張してるわ、俺』


 本当に珍しい光景だった。


 でも、ごめん。

 きっちりと少年然とした高校生男子がもじもじしてるのは、あまり長時間見たいと思える光景では無いんだ。


 ちらりと横を見やれば、玲音もそんなようなことを思っていそうな目をしていた。

 温和な彼にしては、こちらもまた珍しい光景ではある。


『実は、さ』

『うんうん』

『なになに?』


 察してくれた様で、祐樹は自ら話を切り出した。



『俺、さ』

『うん』

『ほい』



『カノジョできた』

『うん』

『へえ』



 ――。



 ――――。





 ――――――――。




 沈黙。





 そののち。




『へ?』『え?』

 同時に、気の抜けた声。





『カノジョが、できました!』

『マジかーーーーーーー!!!?』

『ええーーーーーーーー!!!?』


 言い直し。

 そして、絶叫×2。




『それは……、うぁぁ……、ちょっと待って! 予想外過ぎる内容なんですけど!?』

『何かやらかしたのかと思ったけど……、いや、割とやらかしてるね!!』

『……何かお前ら、俺のことロクデナシだと思ってない?』


 そうは思ってないけどもさ。



『あー。……ってことは、残りは瑞希だけかー』

『……いや、玲音。ちょっと待って』


 何か、乗り遅れたみたいな扱いは止めて欲しい。

 そういう感情を持てる余裕が無いんだ。


 それに、もう――。



『で? お相手は? 野球部のマネージャー? それとも同じクラスの子?』


 玲音が食いついている。

 見た目や雰囲気とはギャップの大きな物言いだった。

 ――恋バナに興じる女子生徒かな。




『……同じクラスの』



 ――そう。


 このときのボクは、心底から油断していた。


 そういう話は、そういう感情は。


 そういう想いは。


 あの秋に捨ててきたはずだった。


 もう届かないモノだと思っていたんだ。


 だから――。


 祐樹の口からその名前が出てきて――。




『……御薗(みその)聖歌(せいか)ちゃん』





 ――ボクは、数秒間。思考能力を手放した。

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