1-3-5. 邂逅の結果
歴史の講師役、何とか無事に務め終わったと思う。
暗記方法とか、テストに出そうなポイントとか、持ちうる情報はそれなりに共有できた気はしている。
先日の勉強会、メインテーマが数学だったときは哀しいほど思いっきり生徒役だったので、いくらか貢献できていればいい。
――持ちつ持たれつ、って大事だよね。
そんなことを思いながら片付けをしていると、平松さんと和恵さんがこちらにやってきた。
ふたりの持ち場はすでに整理し終わっているようだ。
「海江田ノート、すっごい参考になったよー」
「めっちゃよかったよ、海江田ノート」
「……ごめん。何となく、デスノート感が漂ってくる感じがするんだけど」
「そう? 『読まなきゃ次のテストは死!』的な雰囲気出てて良くない?」
「良くはなくない?」
闇の使徒っぽいものになる気はない。
神流のツッコミは軽く受け流しておく。
「ふふっ……」
「ん? どうしたの?」
含み笑いをする平松さん。
何か変なことを言っただろうか。
「あ、ううん。……海江田くんって、何か意外な感じがするなーって思って」
「そ、そう?」
「ぱっと見、……なんだろ。華やかな感じしてたからチャラいのかと思ってたら全然違うし。でも、ガチガチにマジメっぽいのかな、って思ったら全然そんなことないし」
「あー、それちょっとわかるかも」
「……それは、どうなんだろ」
平松さんの感想に和恵さんも同意する。
自己評価をするなら、チャラくはないし、ガチガチなタイプでもないとは思っているけど。
第一印象としては、そういう感じに受け取られるタイプなのだろうか。
あまり面と向かって言われたことがなかったので、すこし驚きだった。
「ふつうだと思うよ。ふつうっていうか、どっちつかずっていうか」
「でも、実際話してみるとわかる、っていうのは共通だと思うけどね」
「うん、そうそう。結局それ。朝倉さん、イイ言い方」
わりと最近も、それを言われた気はする。
自分の見られ方なんて、思い返そうとしたこともなかったような気がする。
外はすっかり暗くなっている。
窓には自分の姿が映っていた。
「どーん!」
「んぐっ」
脇腹当たりに何かが飛んできた。
――と思えば、神流の肘だった。
「ミズキはツッコミ役だから、基本」
「それは、常時ボケ倒してくるようなヤツがいるからだろ?」
「え? そんな人いたかしら?」
――コイツは。
絵に描いたようにカマトトぶるんじゃないっての。
「……ってことで、こういうのを野放しにすると、収拾が付かなくなるから仕方なくね」
「優しいのは、見た目と想像通りだったけどねー」
「……やるじゃん」
「なにがさ」
何かリズムが狂うな。
「さすが、天然タラシ」
「待って。それは本当に人聞きが悪いから勘弁して」
「ウソ、ウソ。テキトー言ってみただけだから」
「マ、ジ、で、勘弁して」
「はいはーい」
軽い返事を残しながらカバンを取りに行く姿に、ちょっとため息。
予想はしていたけれど。
「……ね。野放しにすると大変でしょ?」
「なるほどね」
そう言うと、平松さんも自分のカバンが置かれている机の方に向かっていく。
そのさらに先には聖歌が、こちらの方を薄ぼんやりとした感じで眺めていた。
――眺めていた、のだろうか。
遠くを見つめているのとも、何かが違うようにも見えた。
それにしても、まさか幼なじみとその友達が、この勉強会に来るとは思っていなかった。
友達の方が誘われて、その彼女に連れられてきたというパターンだから、到底読めるわけはなかったが、本当に想定外だった。
でも――――。
自分が思っていたよりも、幾分かふつうでいられたような気はしていた。
そりゃ、ドアが開いたらそこに居ました、というあの瞬間は、どうしたものかと困惑したけれど。
あれは不可抗力と言うことで、少し例外として処理しておく。
その後は、ペンを拾ったときはともかくとして、平松さんが訊いてきた内容を真剣な目で聞いてたときとかは、意識が他に向いていたこともあるだろうけど、ふつうに話せていたとは思っている。
しっかりと目を見て、短いながらも会話のようなものを交わしたのは、一体いつ以来だったのだろう。
――そうだ。さっきは、目を見て話せた。
かつてと同じように、とはならないのかもしれない。
それでも何かが自分の中では変わっていってるのだとすれば、過度な意識をする必要はないと思えた。
もう一度、そちらの方を見る。
聖歌と平松さんは、扉の近くでカバンを持ったまま神流や歌織の方を見ていた。
帰る準備ができているのなら、もう帰っても大丈夫なのだが。
ちょっとだけ深呼吸をして、ふたりの元へと向かってみる。
「どうしたの?」
「あ、その……。鍵とかってどうするのかな、って」
「誰か閉める人とかって決まってるの?」
施錠の心配をしてくれていたらしい。
そこまで気を遣わなくてもいいのに。
「えーっと、今日は……」
「わたしー」
背後から歌織が元気に手を上げた。
「ってことだから、大丈夫」
「そっか、だったら」
「帰ってもだいじょーぶ!」
どーん! と背後からぶつかってきたのは、やはり神流だった。
――なんだ。
どうして今日はこんなにテンションが高いのだろうか。
「歌織に任せておけばいいから、はい帰りましょー」
そのまま背中をぐいぐいと押され、ふたりの前を通り過ぎてしまう。
「ちょっ、何だよ、どうしたんだよ」
「いっしょに寄って欲しいところあるんだけど、いいでしょ?」
「え? ああ、この前なんか言いそびれてたヤツ?」
「んー……、んじゃあ、まぁ、それでもいいや。イイでしょ?」
なぜか一瞬聖歌の方を見てしまったが、脇腹のむず痒さにそちらを向けばそこから神流の顔がにょきっと飛び出していた。
ここでも断ると後で何をされるかわかったものではない。
「……わかったよ。仕方ない」
「さんきゅー」
「ちなみに目的地は?」
「本屋」
「……本屋?」
何だか意外な名前が出てきた。
それなりにいい時間だ。
さすがにおかしな場所ではないだろうとは思っていたものの、それは想定していなかった。
「ほら、前にさ。参考書代って言ってノートのコピー代もらえば、とかって冗談で言ってたでしょ?」
「……ああ、あったっけ」
「あれさ。……ガチで参考書買わなくちゃいけなくなっちゃって」
「マジか」
文面通りに取ってくれたのはよかったが、証拠品を求められたということなのだろうか。
「だったら、何かいろいろ知ってそうだから選んでもらおうかな、と」
「まぁ、そういうことなら」
「よしっ。じゃあ、さっそくいこー!」
と言って、神流はまたしてもボクの背中を押していく。
「あ、ふたりとも今日はありがとねー! また明日もあるから、よかったら来てねー!」
ぶんぶんと手を振る神流につられて、ボクも手を振ってみる。
ふたりとも若干呆気に取られていたものの、何とか笑顔を作って手を振り返してくれた。
扉に身体を押しつけられそうになりつつも、何とか開ける。
すっかり冷えている廊下の空気が音もなく音楽室へと流れ込んできた。
何とも無しに振り向くと、冷えた空気に身体をわずかに縮こまらせながら、苦笑いを浮かべたままの聖歌が目に映り、それが少し引っかかった。
ボクが風邪気味だったのを気にしているのだろうか。
そういえば、何となく感じていた頭痛のような頭の重さが、いつの間にか無くなっていた。
今回もご訪問ありがとうございました。
かなり久々に顔を突き合わせることになった、瑞希と聖歌。
別れ際に、少し瑞希は気になることがあったようですが……。
また次回もよろしくお願いします。





