1-3-4. ボクのノート、カノジョのノート
「海江田くん、風邪気味?」
「ん? うん、鼻風邪」
「あー、そっか。和恵さん、このミズキ見てなかったもんね」
「……その言い方」
ヒトのアタマをぐりぐりとイジる神流。この瑞希、って。見世物かよ。
「これでもだいぶ良くなってきてるんだけどね」
「あんまりムリしないようにね」
「うん、ありがと。……っていうか、いつまで人の髪触ってんの」
和恵さんに礼を言いつつ、なぜかそのまま髪の毛を手ですきはじめる神流を軽く制する。
が、そんなことお構いなしといった感じで、神流は触るのを止めない。
「ごめん。もーちょっと」
「触っている理由を20文字以内で述べよ」
「『さ・わ・り・た・い・か・ら・。』」
「はい、0点」
「え、なんで」
「いやいや。どんな論説文でも、そんな解答に点数なんて誰もあげないから」
「きびしっ」
ちらりとその隣に座る聖歌を見ると、またしても目が合う。
今度はそれほどまで時間を取らずに、再び視線が逸らされた。
が、しばらく見ているとまたこちらに視線を送ってくる。
ボクが見ているのに気付くと逸らし、また戻す。そんなことを繰り返していた。
「ところで、好海と美里ちゃんの関係って? 同じクラス?」
「ううん。同じ小・中」
「あー、そっちのつながりかー」
とりあえず触るのはやめてくれた神流が、人のノートをそっちのけで平松さんに訊いている。
手が止まっていることを言おうかと思ったが、矛先をわざわざ自分に向けるのも嫌なので、そのまま放置する。
自分の手元に8割の、耳に2割の注意を払うことにした。
「私たち、てっきり8組から連れてくるかなーって思ってたから」
「あはは、ざんねーん。朝は一緒に来てるからね、私たち。ちらっと話したら、美里ってば妙に食いついて来ちゃって」
「なによー、その言い方ー。だって、好海がいるんだもん。良い方法とかいろいろ訊きたいでしょー」
「わかるー、それわかるー!」
神流はびしっと平松さんを指差しながら叫ぶ。
さっきの自己紹介の雰囲気だと、平松さんは今ここに来ている吹奏楽部のメンバーとは、ボクも含めて大概がそれほど話したことがない間柄だったようだが、神流とは早くも打ち解けてきているようだ。
「勉強のデキる子の勉強法とかノートとか見るの、めっちゃ勉強になるよね」
「でしょ! だから私もそれ聞いて『絶対行きたい!』って思ったの」
自分の想像していた以上に神流が真面目に考えていたことに、内心かなり驚いていた。
――それもそうか。
レポート課題を片付けるために開いた最初の勉強会だって、決して丸写しはしようとしていなかった。
「だったら、コレがオススメよ」
「え? なになに?」
「あ、コラ」
制するよりも早く神流が動いた。
手元に置いてあったノートの束を一気に掴んで持って行く。
おかしな使い方をするわけではないのは判っているのだが、ちょっとは人のものだという認識をして欲しかった。
「え、うわっ。何コレ、すっごい!」
「でしょ?」
どうしてそこで、自分の手柄感を演出するんだよ。
「これ、誰の?」
「ミズキの」
「……みずき?」
「ああ。ボク、ボク」
自分の顔を指差しながらアピールすると、平松さんは納得したように肯いた。
「これ、見せてもらっても大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。……ま、そのために持ってきたっていうのもあるから」
「ありがとー、ちょっと写させてねー」
「んん?」
満足そうな平松さんの席から戻ってくる途中で、神流の足が止まる。
それは、聖歌の背後で――。
「あれ? 聖歌ちゃんのそれ、ミズキのじゃない?」
「ん?」
「……あっ」
動揺したような声を漏らす。
――いや、『したような』ではなかった。
事実、動揺したようで、聖歌は持っていたシャープペンシルを手から落とした。
足かどこかにあたったのか、クリップがついているにもかかわらず勢いよく転がったシャーペンは、ボクの足下にまで転がってきた。
慌てて探しているようだが、こちら側まで転がったモノはさすがに見えるはずがなかった。
自分の席に戻った神流とすれ違うような感じで彼女のもとに向かい、極力穏やかな声とともにそっと手渡す。
「……はい」
「あ……、ありがと」
消え入りそうな声に少し笑ってしまう。
そういえば、照れたときなんかは、こうして声がかなり小さくなるんだった。
「えー、いつのまに入手してたのー? うらやまっ。私もまだなのに」
「ほら。彼女さんにもコピーしてあげたっていう、アレでしょ」
「あ。あー、そっか、それか。なるほど、そういうことね」
歌織のノールックパス――問題集を解く視線はノートに固定したままで、解答へと導くアイディアを預けた――を受けて、神流は合点がいったようだ。
「ってことは、私もミズキと仲の良い男友達を彼氏にすれば、無償で入手できる……。いや、むしろミズキを彼氏にすれば」
「バカなこと言ってんじゃないよ」
「ちぇーっ」
本気で言っていないのはわかるのだが、その発言はちょっとタイミングが悪い。
とはいえ、キツい言い方になってしまったような気もした。
フォローは必要だろう。
「神流はコピー費用さえ工面できれば、いつでもコピーさせてあげられるんだけどね」
「だから、次の日本史の時にって言ったっしょ?」
「期待しないで待ってるわ」
「もー。ばかにして」
「してないって」
脇腹に神流の軽いエルボーを受けながら聖歌を見ると、やはりこちらを気にしているような視線を送っていた。
直後、すぐさまノートにその視線を戻すのも変わらない。
多少気にはなるが、気にしないでいたほうが精神衛生上も問題無い気がしている。
そんなことを思っていると、聖歌の斜向かいに座っている和恵さんが、彼女の机の方に少しだけ身を乗り出して言った。
「でも、随分丁寧に保管してるね、御薗さん」
「え、……そう、かな」
「だって、この子几帳面だもの」
照れたようすの聖歌に平松さんが続く。
見れば、ページ1枚ずつを丁寧にバインダーに綴じてあった。
ボクでも、たぶん大きなターンクリップでまとめてクリアファイルか何かに突っ込むくらいだろう。
とても、聖歌らしかった。
「あー、そんな感じする。……私はてっきり、彼氏さんからもらったからかな、って思ったけど」
「そ、そんなこと……」
神流め。「ぐふふ」なんて、酔っ払いのオッサンみたいな絡み方までして。
格好悪いことは百も承知。
諸々の片付けを終えるまで、ボクは聖歌の方は向かずに英単語帳に没頭することにした。
今回もご訪問ありがとうございました。
同じ空間にいるのなんて、2年半ぶりくらいかもしれませんね。このふたり。





