1-3-2. 初冬の帰路と岐路
「好海が言ってた子って誰か知ってる?」
「いや、知らないな。……っていうか、ボクも初めて聞いたんだから知るわけないじゃないか」
「それもそうね」
神流とふたりでしゃべりつつ、玄関前へと繋がる階段を降りる。
佐々岡くんが消えていった後、ボクは音楽室の鍵を返却に向かった。
神流はそれにくっついてきた恰好だ。
歌織と好海は既に帰路についているはずだった。
「好海って、8組だったよね」
「そうね。隣のクラス」
「ってことは8組の子なんじゃないか?」
「その可能性が高いかー。……私としては、教え方のうまい子だったら誰でもいいかな」
他力本願を全く隠さない。
事実、わからないことはマジメに質問をしているので、全然悪いことではないのだが。
「さっむい!」
「うん」
「……サムい反応しないでよ」
「さっきの佐々岡くんよりはマシだと思ってよ」
生徒玄関から外へ出ると想像以上に寒かった。
その寒さを吹き飛ばしたいような声を上げた神流の肩も縮こまっている。
気温次第だけど、明日はもう1段階上のレベルの厚着をしてこないといけなさそうだ。
「寒い反応っていうか、冷たい反応か」
「そうは言うけどさ、結構鼻づまりが辛いんだって。頭もぼーっとしてるし」
鼻呼吸での酸素の流入量とでも言うのだろうか。
とりあえず脳へ行く酸素が足りてなかった。
本当なら帰ってからもうひとがんばり必要なのかもしれないが、このままではぶっ倒れてしまいそうな気がする。
夕飯を作って食べて片付けるだけの体力は残しておかなければ。
――お惣菜を買って済ませようかな。お弁当でもいいかな。
「ちょっぷ!」
「痛っ!」
いきなり側頭部を、言葉通りにチョップされた。
「何さ」
「テスト終わったら、っていう話をしようとしてたのに、上の空になってるミズキが悪いのだ」
「テスト終わったら、って。とりあえず神流は、補習にならないようにするのが先決――」
「ちょっぷ!!」
「だから、痛いっての!」
さっきよりも威力が高い。
「今日のミズキ、割と私に失礼だと思うのよね」
「……いつも通りじゃない?」
「ということは? いつも失礼なことをしている、という自覚はあると?」
「そうじゃないけどさ」
眉根をひそめながら上目づかいに見てくる。
神流はそこそこ身長はある方なので、顔を寄せられると意外に近く感じる。
そうではない。決してそうではない。
ただ、ちょっと他の子たちよりは雑な扱いをお返ししているだけだ。
他意はない。
「それで? テスト後になに?」
「打ち上げでもしたいな、と思うわけなんですよ」
「テストお疲れさま会、みたいな感じ?」
「そうそう。年末のはまた別でね」
年末は年末で、またやるのか――。
つくづく集まって騒ぐのが好きな子だ。
そういうボクも、あまり嫌いではない。
率先して騒ぐ方ではないとは思う。
けれど、その空気に飲まれて流れて、ふわふわとした雰囲気でわいわいとするのは好きな方だった。
「そう言い出すってことは、何かアイディアでもあるの?」
「ふっふっふー」
この上ないドヤ感を振りまきつつ、こちらを見上げてくる神流。
アイディアはあるのだろうけど、何だろうか。
――このめんどくさい感じ。
「巨大パフェですよ、巨大パフェ」
「……きょ」
「いや、何でそこですぐピンと来てくれないかな」
言葉尻をひったくられた。
考える時間、1秒ももらえてないのだが。
「ほら、言ったじゃん。ノート見せてくれたらお礼に奢る、って言ってたあそこ」
「ああ、それか」
そういえば、そんな話もあった。
「打ち上げで行く、って言っても……。奢ってはくれるんだよね?」
「そりゃもう」
「え。あ、マジで?」
「いや、そこで何で驚くの」
「話半分……よりちょっと増しくらいにしか考えてなかった」
「……奢るの無しでもイイ?」
「さすがにタダでは見せないぞ?」
「ごめん。それだけは許して」
奢るのをやめられるのは、話が違ってくる。
打ち上げで行くから奢るのも無し、という流れの話を切り出されるかと思ったので、少し予想外だった。
「ん? そういえば神流、まだコピーしてなかったような……。欲しいとは言ってたよね」
「うん」
「明日やるのが歴史だったよね、たしか」
「うん」
「見たい?」
「うん!」
返答のテンションが3倍増しくらいになった。
「なに奢ってくれるの?」
「……うん?」
「いや。『うん?』じゃなくてさ」
返答のテンションが9割減くらいになった。
「今決めといた方が良くないかな、って思うわけよ。ボクは」
「あー。うん、そうね。一理ある、かな」
ことさらにテンションが下がった。
歯切れも悪い。
これは――?
「まさかとは思うんだけどさ」
「うん?」
「奢るの無しにするのって、わりと本気で考えてたりする?」
「……正直言うと、好きなバンドのライブのブルーレイが出るので、ちょっとお財布が」
「リリース日は?」
「テスト明けの週」
「……わかったよ」
どうしても今すぐ、ということはない。
「年末くらいまで猶予あげるから。利子ってことでちょっと高いのにしてもらうけど」
「マジで? いいの?」
「さっきも言ったけど、話半分くらいに考えてた感じだから」
「ほんと、その言い方は失礼だからね?」
「冗談だってば。そういうところでは嘘つかないもんね、神流は」
解ってはいる。
物言いは軽いが、高島神流という子は、約束事をいい加減に扱うタイプではない。
「……ありがとっ」
「痛いっての」
礼を言われるのはいいのだが、どうしてそこにチョップを織り交ぜてくるのかはわからなかった。
そんなじゃれ合いをしている内に、気付けば旧電車通りまで来ていた。
交差点に人影は少ないが、相変わらず車の往来は激しい。
「ねえ、ミズキ」
「ん?」
信号待ちの最中、不意に神流に呼ばれる。
「今からって、時間ある?」
「んー。いや、そんなに無いかな」
「あ、そ」
不満そうな声を隠そうとしない。
何があるのか訊こうとも思ったが、神流の横顔に少し言いよどんでしまう。
何となく残念そうに見えるし、声の通りに怒り気味にも見える。
街灯が薄暗くてはっきりと表情が読めなかった。
そのまま会話が止まったまま月雁の駅にたどりつく。
タッチの差で南方向行きの地下鉄が駅を出たばかりだった。
「それじゃあ、ミズキ。明日はノートよろしくね」
「りょーかい。任せとけ」
「頼りにしてる」
少しガラにもないようなことを言い合ったような気がする。
それは神流も同じだったようで、ふたりで同時に小さく噴き出した。
タイミングをこれに合わせたように、間もなく到着を知らせる自動放送がホームに流れた。
じゃあね、と手を振りながら背を向けた神流を少しだけ見送って、ボクもホームドアの前に立った。
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
神流とふたりきりでございました。





