1-3-1. 冬の匂いとボックスティッシュ
今回から第1章第3部です。
季節は、11月半ばから12月の終わりまで。
星宮市には雪が降り始めて、イルミネーションでキレイに彩られる頃合いです。
冷たい雨よりも少しだけ温かく見える雪に包まれるようにして、
彼らはどんな冬を過ごすのでしょうね。
……先に言っておくと、今までとは少し違うズレが生まれます。
※2019/08/09 15時頃追記: ルビ振りを忘れていました。
妙に冬の匂いがする風だと思っていた。
週末の買い出しということで、いつも通りにクロスバイクに乗ってスーパーまで行った、その帰り。
店から出れば、たしかに数十分前は黒く見えていたはずのアスファルトが、残念なことにパンダ模様になっていた。
本家パンダとは違って、まったく可愛げがなかった。
いつものリュックに詰め込んだ荷物はやたらと重く感じる。
だけど、たとえうっすらと積もっただけだと言って、この雪道を走る気にはならない。
なにせこのクロスバイクはタイヤが細い。
スピードを出せるタイプの型だ。
転んで怪我でもした日には、とかいう想像なんてしたくなかった。
そんな日曜を過ごした結果。
「随分出るねえ」
「……ん、ごめん」
見事、風邪のひきはじめの症状。
呆れたような高島神流に、反射的に謝る。
自転車を押して帰るということは、それだけ寒空の下に居る時間が長引いてしまうということ。
乗って帰ることを前提にしてあまり厚着をしていなかったのが、本当に運の尽きだった。
「たしかに昨日は寒かったけどねえ。……なに、おなか出して寝ちゃったとか?」
「違うよ。ちょっと自転車使って遠出しちゃったんだよ。帰りは押して帰る羽目になって、結果コレ」
「あー、なーる」
申し訳ないので、みんなから少しだけそっぽを向く恰好で座っている。
マスクはしているが、鼻をかむ頻度が高すぎてあまり意味がないような気もする。
今も結局、あごにひっかけるようにして使っていた。
「……ごめん、海江田。俺も1枚もらっていい?」
「いいよ」
「サンキュー」
そう言いつつ佐々岡慎也も鼻水の処理をした。
彼も風邪気味らしい。
机には、この2日ですっかり量の減ってしまったボックスティッシュ――しかも、ちょっと高いヤツ。
その傍らには使用済みティッシュを突っ込む薄手のビニール袋。
さらにその横には昨日買ってきた鼻炎用の点鼻薬。
ある意味完全防備だった。
音楽室を間借りする形で始まった勉強会もこれで3回目となった11月中旬の火曜日。
今日からは部活動も停止になり、いよいよテスト期間となった。
神村先生の許可も継続してもらってあるおかげで、テスト期間もそのまま音楽室が使えることになった。
しかも、先生の計らいで1年生の一般教室と同じフロアにある第2音楽室。
とてもありがたい。
今日の対象は英語。
とくに英文法だ――ったのだが。
退出のリミットが近づくと、いつも通りにだんだん雑談が多くなっていく。
最初はしっかりやってるんだからいいじゃない、と神流は言う。
授業1コマ分よりも長いのだから、一応は納得できる話だった。
「まー、でも急に寒くなったもんねー。ウチのクラスも結構風邪気味の子多いし」
「地下鉄とかも、もうヤバいよね。今朝だってずっと咳の音聞こえてたし」
完全に勉強モードがオフになった大政歌織と、彼女に同調するソプラノボイスの澤好海。
今日はボクを含めてこの5人のパーティーだった。
「海江田くんは鼻の風邪なんだね」
「うん」と好海に答えたつもりだが、完全に籠もってしまっている。「昔からそうなんだよ。風邪ひいても咳はあんまり出なくて、代わりに……こんな感じに」
「ってことは、薬は黄色の箱?」
たぶん、あの3種類ある市販薬のことだろう。
「いつもはね。でも今回は1日2回で済むヤツにした」
「昼に飲み忘れるから?」
「……よくわかったな」
「あ、当たり?」
「わりと忘れるんだよね、ホントに」
家に居るときならそんなことはないのだけど、学校にいるときはどうも忘れがちになる。
話をしながらお昼を食べると、そちらに意識が向いたままになるせいだろうか。
そんな風邪っぴきトークを繰り広げているうちに、気がつけば強制帰宅時間。
帰りのホームルームから2時間程度経ったくらい。
その内雑談の時間を抜けば1時間半くらいだろうか。
充足感を覚えつつ、後片付けを始める。
「あ、そうだ!」
つかえが取れたような声で、好海が晴れやかに言う。
全員の視線が好海に向いた。
「神流に言おうとして忘れてたことあったんだ」
「んー?」
腰に手を当てて、ペットボトルのお茶を思い切り呷りつつ返事をする神流。
さながら風呂上がりのような雰囲気。
「お昼食べてるときにチラッとテスト勉強の話になってさ、コレに参加してみたいって子がいるんだけど、いいかなぁ、って」
「んー。そんな大人数じゃなければ全然オッケーじゃない? 何人?」
「一応ひとりなんだけど、その子の友達も含めればふたりかな」
「じゃあ、多分問題無いっしょ」
「プラマイゼロかそこらって感じじゃないかな。俺、明日と明後日は来れないし」
少し残念そうな佐々岡くん。
「あら、マジで?」
「うん、ちょっとね」
「何、デートとか?」
「だったらイイんだけどな」
神流のからかいに、佐々岡くんは苦笑いをしつつもほんの少し頬を引きつらせた。
「やったじゃん」
「何が」
そしてターゲットがボクに変わったらしい。少し身構える。
「ハーレムじゃん、ハーレム」
「……そんなことだろうと思った」
予想通り。
「あれ意外。平然としてる」
「そもそも男子比率低いからね、ここ」
ボクと佐々岡くんのどちらかが男子部員を連れてこない限り、このバランスは偏り続けそうだ。
「あ、そうか……」
なにかに気付いて、即座に歯噛みする佐々岡くん。
そして彼は、ボクがカバンに押し込むのを忘れていたティッシュを箱から2枚ほど取って勢いよく鼻をかみながら、
「……うらやましくなんかないんだからね!」
そう吐き捨てつつ、しっかりとボクが用意していた袋にゴミを入れて勢いよく音楽室を出て行った。
沈黙。
「……いや。どういう流れさ、これ」
「ギャグ……だったのかな」
「駄々滑りじゃん、今頃階段で足滑らせてんじゃない?」
女性陣の評価は散々だった。
遠くで「痛ってえ!」と言う声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。
そう思いたい。





