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幼なじみの恋人は僕の友達 友達の幼なじみは僕のXXX 〜Crossroad Cantata (1) / Pathetic Prelude〜  作者: 御子柴 流歌
1-2. 雨音はショパンの調べ

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1-2-28. 雨音はショパンの調べ

「そういえば、瑞希」

「ん?」

「さっき傘がどうとか言ってたけど、降ってるのは雨か?」

「雨だったよ」


 夜の営業はもう間もなく19時からのスタート。

 再び仕込みの続きに戻りながら訊いてきたマスターに答える。

 先ほどまでしばらく店の奥の方に居たようだ。

 ならば、確かに雨音も聞こえづらいだろう。

 防音周りはしっかりとしている店であるが故の、ある意味では弊害のようなものだった。


「そろそろ雪もまた降り始めるのかねえ」

「どうかな。まだそこまで冷えて来てはいないみたいだけど。まぁ、寒いのは確かだね」


 先月の末に降って以来冬将軍からの音沙汰は無い。

 尤も、便りを寄越さないのは無事な証拠とも言う。

 最近は頼りない日差ししか寄越してこない太陽には、もうしばらく頑張って貰いたいところだった。


 この時期に降るものは、何にしても困る。それには違いがない。


 雪であれば、上着が濡れて重たくなるので面倒だ。

 雨であれば、身体に突き刺さって骨にまで沁みていきそうなくらいに冷たい。

 もう少し暖かい雨か、むしろもう少し乾いた雪になるのが最低限の理想だ。


「それにしても、今日降る予報だったっけ?」

「違ったはずだよ。ボクだって、この傘持ってたのは事故みたいなもんだし」

「どういうことだ?」「え、どゆこと?」


 ふたりからほぼ同時に訊かれたので、事の顛末を話す。

 少し前の天気予報で『降る』と言われて結局降らなかったために音楽室に仕込んでおいた、この傘のことだ。


 なんだかんだで天気というものはどこかしらで釣り合いが取られるものなのだろうか。

『今年は雨が少ないな』なんて言った矢先に豪雨になったり、『なかなか暑くならないね』なんて言った矢先に猛暑日のオンパレードになったり。


「そういうことだったんだ」

「そうじゃなきゃ、ボクは今頃コンビニにビニール傘買いに走ってたと思う」


 でも、いきなりの雨だ。

 運が悪ければ何処のコンビニも品切れ、なんていうことは簡単に想像できる。

 そうなってしまえば、カバンを傘代わりにして月雁駅まで猛ダッシュするしか方法は無かっただろう。


 直線距離にして1キロほどを、冬の雨に濡れながら走る――。

 悪夢としか言いようがない。

 明日はほぼ間違いなく熱を出していたことだろう。


「あれ? でも他の子たちは?」

「他の勉強会メンバーは、相乗りならそんなにお金かからないからって言ってタクシーで帰ったけど」

「あー、それ賢い。そっか、その作戦もあったんだ。うわー、盲点だったなー」


 あの発案はナイスだった。

 今度同じようなことがあれば、何人か誘ってやってみようと思う。


「海江田くんは乗らなかったんだ?」

「んー……。まぁ、ボクは傘があったしね」


 本当は別の理由――スーパーの特売に合わせるためという理由――があって残っていた、ということは仲條さんにも伏せておくことにした。

 自慢げに言うことでは無いだろう。


「でも、そのおかげで私は助かったってことだもんね。ありがと」

「いえいえ」

「ははぁ、なるほどな。……このラッキースケベめ」

「いや、待って待って。マスター、話聞いてた? っていうか、ラッキーはいいけど、後半のそれはおかしいっしょ」

「話を聞いてたから言ったんだ」


 モノの喩えにしても言い方というものがあると思う。

 デリカシーと言う言葉は、この人の辞書には存在していないのだろうか。とんでもない爆弾を投げ込んできた。


「まぁ、それは良いとして」

「全然良くないんですけど」


 気まずそうにしていないだろうかと横を見たが、仲條さん大きく噴き出してしまいそうなのを堪えていたような顔をしていた。

 ボクとサシであるならば全然構わないのだが、初対面の、しかも女の子が居る状態でもこれだから、こちらとしては本当にヒヤヒヤする。

 彼女が楽しそうにしているのなら、問題は無いということにしておく。

 大目に見てあげるということも世の中大切なことだろう。


「今日は弾いていかないのか?」

「そろそろ出るからね」

「ああ、もうそんな時間か」

「良いんですか、そんなんで。そろそろ夜の部でしょ?」

「だいじょぶだいじょぶ。みんな飲むから割と気にしない」


 だからこそ、『それで良いのか』と訊いているのですが。


「『弾いていかないか』って?」


 くいくいと袖を引っ張りながら仲條さんが訊いてきた。


 一応店名には書かれているが、人の記憶などその程度のものだ。

 長いからインパクトはあるが、脳裏に焼き付いてくれずにそのまま流れていく。

 定着させるにはそれ相応の数の要素を満たしていなければいけない。


 もう一度書いておこう。

『昼のコーヒーとパフェに飽き足らず、夜にはお酒と音楽を嗜む』。

 これが店名だ。

 ――どう略称を付けたモノか。全く思いつかない。


「ココのお店って、夜はジャズバーっぽい感じになって、時々演奏家の人たちが集まったりもするんだよ。ちょっとしたライブハウスっぽい感じかな」

「え、すごい」

「ほら、マスター。『ただのめんどくさい人』からランクアップするチャンスだよ?」

「うっさいな」


 さっきの仕返しだ。


「実は、学生のころはバンド組んでたり、ちょっとは演奏でメシ喰ってた時期もあるんだ」

「そうなんですか!」


 素直に感心する仲條さん。

 マスターはそう言うが、実は『ちょっと』というのは語弊がある。

 本人は謙遜して言っているだけだ。

 ピアノ教室くらいなら余裕で大盛況になる、と個人的には思っていた。


「だから、ほら。あそこの奥の方見てごらんよ。……って、ライト明るくしないと見づらいな」


 カウンターの裏から出てきたマスターがスイッチを操作すると、小さなステージとブラウンのアップライトピアノがスポットライトに照らされた。


「わ、すご!」

「こんな感じで、夜は音楽要素を加えた営業をしているというわけさ。……まぁ、始めてから1年経ったかな、ってくらいだけどな」

「あー、そっか。だから海江田くんに『弾いていかないのか』って訊いたんですね」

「ん? 何だ、瑞希。この娘、もう知ってるのか?」

「……楽器関連のことなら教えたよ、実際にピアノ聴いてもらったし」


 なるほどな、と言いつつマスターはスポットライトを落とし、店内は再び夜を迎えた。


「亜紀子ちゃん、コイツ何弾いてくれたの?」

「えーっと……、『君をのせて』と、『走る川』と」

「なに、合唱曲?」

「たまたまそういう話の流れになったからね」

「合唱コンクールでピアノ弾いてたって話から……、同じ曲歌ったことある、ってなったんだよね。たしか」

「そうそう」


 マスターがその2つの曲名を聞いて、それらが合唱曲だとあっさり看破したことに驚いた。

 歌ったことがあるのだろうか、とも思ったが、マスターのことだ。

 それくらいは知識として頭に入れていても不思議ではない。

 この人は、このノリの良さや口調の軽さのままで評価を下しては勿体ないタイプの人だ。


「他には?」

「……何だっけ? タイトル忘れちゃった。でも、すっごいキレイな曲で」


 教えてくれよ、とこちらを見るマスター。


 ごめんね教えて、とこちらを見る仲條さん。


 ――そりゃ、教えますともさ。


「ショパンの『雨だれ』と、ラヴェルの『水の戯れ』」

「ああ、それそれ!」

「へえ」

「丁度その日も雨降ってたからね」

「なるほどな。『雨音はショパンの調べ』、ってか」

「え?」「…………」


 仲條さんは疑問を、ボクは無言をマスターに返した。


「まぁ、最近の子にゃわからんか」


 苦笑い気味に、マスターは店の奥へと下がっていった。

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