1-2-27. 『昼のコーヒーとパフェに飽き足らず、夜にはお酒と音楽を嗜む』
目的地はそう遠くないところにある。
先ほどの交差点から100メートルも程度北上し、さらに東側へと折れる。
それなりに細い道だ。
歩道はないが、それでも裏路地というほど細くはない。
冬場であれば一応除雪機は入れる程度、と言った具合だろうか。
「こんなところに何があるの? っていうかここら辺って、私たちが居てもいいの?」
少し心配そうな声で仲條さんが訊いてくる。
たしかに、無理は無いかもしれない。
旧電車通りに面しているところには、コンビニや飲食店が多く並んでいる。
雑居ビルもいくつかあるが、1階に文房具店兼書店だったり、その上にはカラオケボックスだったりと、よくある「都心の中心部から少し離れた目抜き通り」感が漂う町並みが伸びている。
今ボクらが左に折れて入ってきた道は、街灯もやや少なく、お店の雰囲気もかなり違う。
メインはお酒を出すところ、という感じ。
しかも少しこじゃれた雰囲気だ。
星宮市の北部側では有数の歓楽街なだけはある。
客引きこそほとんど無いから平和に感じられるが、主に風紀的な意味合いで、極力18時を回ってからはこの路地の中は入らないように、と言われたりもする場所ではある。
「一応、大丈夫。そんなに奥の方には入らないからね」
――というか、ココなんだけどね。
ボクがびたりと足を止めると、仲條さんも慌てたようにボクの方を振り向いて立ち止まる。
そして小動物のように周囲を見回した。
「……ここ?」
「そう。ここ」
路地に入って3軒目。
隣の居酒屋やパブの雰囲気からは、少し一線を画した印象を受ける店構えだ。
「えーっと、……これ、何屋さん?」
「そう訊かれると、ちょっと難しいんだよね……。一応看板を見れば、いや……うーん」
喫茶店にしてはバルっぽい。
とはいえ、ばっちりお酒を出すような雰囲気もあまり感じない。
一線を画した印象と言ったが、少し間違っているかもしれない。
良い意味で浮いている感じなのだ。
果たして「浮いている」ことは「いい意味で」捉え切れるのか、という問題については、棚上げしておきたい。
「え。ちょっと待って、海江田くん?」
「ん?」
仲條さんは、ボクの学ランの袖を掴みながら、もう片方の手でぱたぱたとボクの腕を叩きながら質問を続ける。
「お店の名前……」
「……ああ、やっぱりそうなるよね」
扉の横に取り付けられた看板を指差しながら、怪訝な表情でボクに訊く。
――――『昼のコーヒーとパフェに飽き足らず、夜にはお酒と音楽を嗜む』。
そこにはこのように書かれていた。
「これで合ってるよ」
「……ホントに? え? これお店の名前なの? 業種じゃなくて?」
「……そこで疑われちゃうと、わりと困るんだけどな。調べれば口コミサイトでしっかり出てくるからね」
「ホントにぃ? あとで調べてみよ」
「めっちゃ理解できるけどね、その反応。でも、それは本当だから」
最初見たときには、仲條さんとあまり変わらない反応を店の前でしてしまった。
結局理解が追いつかなくて、目と思考をくるくると回していたところをここのマスターに気づかれるという事態になっていた。
そんなことをしている間も、雨脚は強いまま。
肩とか足元とかが濡れているように見える。
「ま、入ろ。寒いでしょ」
「あ、でも営業時間が」
「それも、ホントにだいじょぶ」
嘘は言ってないのだが、店名の件もあり何となく強調してしまう。
間も無く営業時間が終わるかもう終わっているかくらいのタイミングなのは重々承知。
でも、ボクは明確な自信を持って、扉を開けた。
バーカウンターの奥の方で準備中のようだ。
この後の仕込みとかだろうか。
「マスター、こんばんはー」
「……おお、瑞希か。ちょっと久々か……って、んん?」
気にせずに声をかけると、マスターはこちらを向いて破顔する。
その流れのまま、ボクの後ろに隠れるようにしている仲條さんに気がついた。
隠れながらも店内を気にして、ぴょこぴょこと顔を出そうとしているのがちょっと面白かった。
「見慣れない顔だね。こんばんは、お嬢さん」
「こ、こんばんは」
はっ、と少し慌てたように挨拶を返す。
「この子、傘持ってくるの忘れたっていうから、いっしょに来たんだ」
「ほほう……」
「マスター、邪推禁止ね」
「はいよ」
食いついてくる割には、自ら餌を吐き捨てるようなこともする。
「ごめんね、仲條さん。ちょっとめんどくさい人だから」
「こら。誰がめんどくさい人だって?」
「マスター」
「ご名答」
「あ、認めちゃうんですね」
ぷっ、と小さく噴き出して、仲條さんが笑う。
だいぶ落ち着いてくれたようだ。
この辺り、マスターも察しのいい人だから助かるのだ。
堅物と称するのは違うが、基本的にはシゴトにマジメな人だ。
ただ、ここで店を構える前までがわりと破天荒だという話を断片的に耳にしている。
それでも今のところマスターについて知っていることは、大概が広くて浅い系統のものだ。
深いところに踏み込もうとしていない、ということはあるかもしれない。
時々はそういう話に展開することもあるが、知っている話の例としては、以前ボクの母親とも一緒に仕事をしたことがあるということと、苗字が工藤さんだということ。
仲條さんと軽く名前を交換したところで、カウンター席に座るように促される。
ふたりで並んで座ると、ボクはカバンからノートを取り出す。
先ほどの勉強会でやった部分だ。
ありがとー、と言いながら彼女は未使用のルーズリーフを取り出し、キーポイントになりそうな部分を書き写していく。
まだ記憶に新しいので、口頭で教えられる範囲でポイントを追加していった。
10分くらいでメモ取りは完了し、少し休憩。
先ほど出してもらったミルク多めのカフェオレをいただく。
「今夜眠れないと困るか、それとも眠れない方がいいか」などと訊いて来た事に関しては、とりあえず許す。
もちろん、眠れないと困ると名言したが。
「また店名ですごい顔されてましたよ」
一口飲んだところで、おそらく仲條さんが気になっていそうな部分をマスターに振ってみる。
「ネットで検索してみようって言ってたんですけど」
「……ごめんなさい、お店の名前何でしたっけ?」
スマホの画面から顔を上げて、仲條さんは困り顔でマスターに尋ねた。
微妙な顔をしているマスターを見つつ、カバンからルーズリーフを取り出し店名を書いて仲條さんに手渡す。
一応覚えてしまっていることが、何となく負けてしまっている感じを否定できない。
「ほら、こういうことになるじゃないですか。……元々の店名も一部分残しておけば良かったのに」
「元はなんてお名前だったの?」
「『カフェ・クドウ』」
「あ、普通」
「ほら、こうなるだろう?」
鬼の首でも獲ったかのような顔でボクに向き直るマスター。
いやいや、そこでドヤ顔をされましてもね。
そもそも、今のスタイルで夜も営業を始めたのは2年くらい前だと言う話。
星宮の中心部で数店舗このような形態の飲み屋さんができた時期のこと。
思い立ってから実行に移すまでがとても早いことはすごい事だと思う。
「決めたときは、『インパクトはでかい方がいいんだ!』って思ったんだよなぁ……」
「バズったとしてもハッシュタグにしてもらえなくないですか? 長すぎて」
「……ネットの流行り廃りなんて、俺にわかるかよ」
「ほら。ちょっとめんどくさいでしょ、この人」
「ほんとだ」
「おう、瑞希。そこまで言うならなんかアイディアくれよ?」
「……思いついたらね」
略称でも考えてみよう。
いずれ。
暇があったら。
そんな暇、あるかどうかの保証は全く無いけれど。





