1-2-22. 3つの予想外
勉強会は、予想外のことがあった。
まず、一つ目には――。
「この資料誰のー?」
「ボクのー」
「海江田くん、優秀すぎるっ」
「あれだよね、神ナントカって言われる系のヤツだよね」
「褒めても何も出ないよ?」
「いやいや、この資料出てる時点で充分だから」
――持ち込み資料が好評を博したこと。
言われて解る。
『神ナントカ』という表現には安っぽいというイメージしか持っていなかったが、実際言われると然程悪い気はしなかった。
我ながら現金なモノだ。
とはいえ、ボク以外にもみんなしっかりと自前でレポート用に誂えた資料を持ってきている。
あんなことを言っておきながら神流もその例外にはなっていない。
そして二つ目は、雑談を交えつつも手が完全に止まるということが無く、何だかんだで結構皆マジメだったことだ。
誰かが率先してしっかりと書き進めると、それに追随しようとして自然とレポートの消化が進む。
手詰まりになりかけても気軽にすぐ訊ける状況だし、誰かが答えるというわけではなくみんなで考えて答えを出すという極めて平和的な状況。
準備室でこの会の開催を決めたことも追加メンバーを集めたことも、怖いくらいに状況を好転させていた。
神流には感謝する必要があるのかもしれない。
音楽室を開放してくれた神村先生にも顔向けができるというものだった。
「そう言ってもらえると、土日に探した甲斐があるってモンだよね」
「これさー、ネット検索だけじゃないよね?」
「一応、図書館にも行ってみたよ」
「……マジで? よくそんな体力あるね。だって、時間的に行けるのって部活終わってからとかでしょ?」
エリーが若干げんなりした顔で訊いてきた。
そういう彼女もきっちりと自前の資料を持ち込んでいる。
コピー用紙数枚分はボクの持ってきたモノと同じようだったので、恐らく彼女のネタ元はすべてネット検索だろう。
「いや、ウチって図書館が近くてさ。その手の資料探すのには昔からあんまり苦労しないんだよね」
「あれ? 海江田くんってどこ住みなんだっけ?」
とは、澤好海――通称・澤ちゃん。
この中では一番の小柄。
というか学年全体で見てもかなり小柄な方では無いだろうか。
外見通りのソプラノボイスも相俟って、全然高校生に見てもらえないとよく嘆いている。
実は入学直後に合唱部から熱心な勧誘を受けていたというのは公然の秘密である。
本人曰く「たしかに声は高いけどそれでキレイに歌えるわけじゃない」とのことだが、彼女の歌うaikoの『カブトムシ』はなかなかのクオリティだった。
「最寄り駅で言えば石瑠璃だね」
「あー、そっかなるほど。朝雨の図書館か」
「そうそう、そこそこ。知ってるの?」
石瑠璃――正確には、星宮市朝雨区石瑠璃というような住所になる。
星宮市の南南東に位置する地域だ。
我が町星宮にはそれぞれの行政区に区立図書館が在るが、その規模はそれぞれによって異なっている。
その中でも大きくて新しいのが、我が家の最寄りにある朝雨区立図書館だった。
「大分昔に行ったことある。ウチの小学校もそこが一番近い図書館っぽいんだけど、海江田くんと違ってめっちゃ遠くて。図書館の利用法を勉強しよう的な課外授業があったんだけど軽い遠足くらいの規模感だったから妙に覚えてるわ」
さばさばとした口調の赤瀬川結花は、澤ちゃんとは対照的な見た目。
直接聞いたことはないが、横に並んだときの感じから考えれば身長は170センチをやや超えるくらいか。
雑誌の特集など「オトナカワイイ」と称される系統のヘアスタイルも相俟って、こちらは大学生に間違えられることがあるとか。
――制服着用の時点で気づけよって話だ、などと口では文句を言うものの、その顔は満更でも無かったりする。
「ウチのところも図書館近かったから、社会科の『地元について調べてみよう』みたいな課題を調べるのにクラスで午後の2コマ使って調査学習みたいなのあったよ」
「こっちもあったよ、そういうの。うわ、懐かしいな」
「やっぱあるんだね」
「それいいなぁ。図書館はウチもあんまり馴染み無かったなぁ。海江田みたいに近ければ良いんだろうけど」
和恵さんもどことなく懐かしそうに笑い、佐々岡くんの嘆き節がそれに重なった。
彼女は確か、星宮市の東側、芙蓉区から来ていたはずだから、最寄りの図書館となると芙蓉区立図書館だろうか。
佐々岡くんは市内の北の方に住んでいるはずだが、最寄りの図書館となるとちょっとボクには解らない。
「じゃあ海江田くんの調査力はそういう小さい頃からの積み重ねってことなのね」
「ミズキの調べ物はヤバいからね」
早希ちゃんの推賞に、神流の茶々が入る。
「それ、褒めてる?」
「褒めてるってば」
「何か、言い方にウラがありそうな雰囲気なんだよ」
「失礼ねえ」
「あー、そうか。やっぱり海江田くんのノートか、あれって」
「ん? 何のこと?」
何かを察した様子なのは大政歌織。
オンとオフの切り替えが他の人よりも明らかにはっきりとしている彼女は、今は勉強ベースのマジメモードだろうか、いつもよりは声が低い。
普段は神流レベルとは行かないまでも早希ちゃんくらいにはテンションが高くなるが、授業中は正反対になる。
彼女曰く、「そうしないと脳みそに情報が入ってこない」というが、どういうメカニズムになっているのだろうか。
「何か、ちょっと前にウチのクラスの男子が持ってたんだけど」
「……ああ、祐樹か? 水戸祐樹」
ああ、そうだ。そうだった。
歌織のクラスは1年3組。祐樹たちと同じだった。
「そうそう。その彼がすっごい熱心に見てたノートが、なーんかどっかで見覚えのある文字だなぁって思ってたわけよ。で、今、海江田くんの文字とかいろいろ見て、確信したって感じ」
「まぁ、コピー取らせてくれって言われたからね。祐樹本人に」
「裏ルートで流出したとかそういうんじゃないんだ?」
「……ウチの学校、そんな物騒なモノあったの?」
横流しされるほど大層な物では無いと思うが、祐樹のあの反応を見れば「欲しいヤツには刺さる」タイプのブツとも考えられる。
対価なら払うというようなことも熱心に言っていたし。
――ここまで言うと、確かに裏ルートで取引されていそうな気にもなってしまう。
「そういえば私、まだコピー貰ってないんだけど」
「そりゃあ、ボクがまだコピーさせてないからね」
左手でお金のサインを作りながら、神流の追求に答えてやる。
親指と人差し指からなる円形を見て、直ぐさま神流は視線を虚空へと移した。
口なんか尖らせているのは口笛を吹く素振りだろうか。
「そういえば、水戸くんの彼女さんも海江田くんのノートの写し持ってたけど、その子にもあげたの?」
――。
――――え?
たったその1音すら出てこない。
声が、出ない。
喉に大きな閊えが出来たみたいに、咳き込むことももままならない。
咽頭を痛めそうなくらいにわざとらしく大きく咳払いしてどうにか声を絞り出した。
「ごめん、何か喉が変になっちゃった」
「大丈夫?」と和恵さん。
「ん。……だいじょうぶ、だいじょうぶ。ええっと……、何だっけ?」
再度訊くのは、聞こえた言葉を今度は落ち着いて整理するため。
ああいう不意打ちが一番困るのだ。
「ノート、彼女さんにもあげたの? って」
「いや。でも祐樹がもう1部刷らせてくれ、って言ってコピーしてたから、たぶんそのもうひとつをその娘にあげたってことなんじゃないかな?」
「なるほどね」
歌織は納得したようだ。
が、先ほどの閊えがまだ気管が食道かよくわからないところに残っているような感覚になる。
「彼女さん想いだね」
「……他人のノートかよ、とも思うけど」
「まあまあ」
和恵さんの言葉に、結花の冷たいツッコミ。
早希ちゃんが何となく宥めているが、彼女も若干そう思っていそうな節があった。





