1-2-19. 交渉!
「それで? 今週の休みは水曜だけど、この日でいいの?」
「うん、おっけー。……って、あれ? ミズキも残る?」
「そりゃまぁ。日頃勝手に残っているヤツも居た方が良いんじゃないかな、って」
ここである意味正式に許可を取っておく機会を得ていた方が、今後も使わせてもらう上で都合が良さそうだし。
そういう打算的なことを考えていないわけでは無いのだ。
それに。
「そもそもボクだってそのレポート、資料を集めただけで中身にはそんなに手付けてないしね」
――こういう理由だってある。
「じゃあ、ミズキもメンバー入り、っと」
「他には居るの? ここに居るだけ?」
「いや、さっきレポートの話してたときに居たのが俺たちだっただけだからこうなってるだけで、話振ってみればまだ増えるかも」
そう答えてくれたのは佐々岡くん。
割と彼は人の話をよく聞いているタイプだ。
こういう不意の疑問に対する応えが基本的に早い。
だが、たしかに佐々岡くんの言う通りだ。
ここ最近出された課題の中ではかなり厳しめの内容になっているので、単独で切り込みにかかると痛い目に遭いかねなかった。
「ちょっと今訊いてくる?」
「あー、いや。ちょっと待って」
音楽室の扉近辺に居た同級生に声をかけようと駆け出す神流を少し制止する。
「何でよ?」
「うーん……、あんまり人が増えてイイ顔されなかったら困んない?」
「……それもそうね」
残念そうな顔をする神流。
女子メンバー3人も、似たような表情になった。
解る、解る。
手に取るように解る。
納得は全然していないのだろう。
同じような状況になったときそういう風に言われたら、ボクだってそうだろう。
「……だから、まずこのメンバーで許可貰いに行って、明日にでもこっそり参加者を追加募集しよう」
だから、この5人にだけ聞こえる程度の声量で告げる。
ボクを取り囲むようにした5人がほぼ同時に似たような顔つきになる。
狐につままれたような顔というのは、こういうものなのだろうか。
そして、これまたほぼ同時に噴き出した。
壮観だった。
随分と息が合ってることで。
「ミズキ、流石にそれは、賢いを通り越してズル賢いわよ」
「お前、結構エグいこと考えるのな。いやー、でもナイスアイディアだわ」
左からは神流の肘が入ってくる。
右からは佐々岡くんが肩を組んでくる。
「何か楽しみになってきたよ、私。……やるのレポートなのに」
「でもわかるわー、それ」
「でしょ?」
早くもテンションが高めになっている和恵さん。
それに賛同する瑛里華――通称・エリー。
和恵さんと呼ばれる所以は、小柄で華奢そうな体躯、プラス黒髪ロングであるが故の、何となく見た目がお嬢様っぽいというただそれだけの話。
本人もそれをいいネタとして捉えているようで時々ステレオタイプなお嬢様キャラを演じるようなこともあるなど、案外ノリのいい娘であったりもする。
エリーもエリーで、ちょっと古い言い方をするならばギャル感の強い子。それ故のエリーだ。
なお、自己紹介のときに「『エリー』って呼んでね!」という自薦的ニックネームだったりもする。
最近またちょっとずつ髪の色を明るくしてきているようだ。
校則ギリギリを突いていると本人は思っているようだが――、敢えて何も言わないでおく。
しかし、何だかんだで日頃の生活態度さえ度が過ぎていなければ、それほど目くじらを立てられるような学校では無い。
その辺りの信頼関係が月雁高校のイイところだと思う。
「とりあえず、遅くならない内に先生のとこ行こうよ」
「そーね! ほらミズキ、アンタが来なきゃ始まらないんだから。行くよっ!」
早希ちゃんに答えるのとほぼ同時にボクの腕を引っ掴む神流。
早希ちゃんは、神流の勢いのようなものを少しばかりマイルドにしたくらいの女子。
和恵さんやエリーよりは圧しが弱い感じもあるが、それはその2人が強すぎるため相対的にそう見えるだけだ。
最近の悩みは、小学5年生の弟にゲームで全く勝てなくなったことらしい。
クラスは違えども神流と連むことが多いのも頷けるだろう。
「ちょっと待って、って。まだカバン取ってきてない」
「はーやーくー!」
「わーかったっての!」
神流の声に押し出されるようになりながら、音楽室後方に放置されていた自分のカバンを手に取った。
外側から扱えるポケットに部分に定期ケースが入っていることをこっそりと確認する。
リール付きのものだからどこかに落とすという危険性はほぼゼロではある。
何となく自分が安心したいためにやってしまう。
扉の方を振り向けば、なおも急かすようにこちらを煽ってくる神流――、いや、その流れに早希ちゃんとエリーも加わっている。
佐々岡くんと和恵さんは、彼女らを後ろから見ながら苦笑いを浮かべていたが、それでも何となく悦楽感のある笑みでもあった。
何でそんなにテンションが高くなるんだよ、と静かに毒づく。
だけど、人のことはあまり強く言えない。
5人と同じく、水曜日の放課後が少し楽しみになっている自分が居ることに気付いた。
数分後。職員室。
幸い、神村先生はまだ残っていた。
遠目から見たところ何か書類を整理している様に見えたが、机の脇の方に立てていたファイルが倒れたらしい。
積極的な整理ではなく、致し方ない事情による整理のようだ。
そのためか、話しかけた瞬間の先生の顔は、部活終わりのときの数倍は疲労がにじみ出ていた。
「おお……、どうした? そんな揃って」
ボクの背中あたりに軽い衝撃。
恐らくは、斜め左後ろに控えていた神流がパンチをしてきたのだろう。
簡単なことだ。
『言え』のサインだ。
「実は1つ、お願いがありまして……」
「どした? 改まって言う内容なのか?」
「(……何か先生、ミズキにちょっと甘くない?)」
「(ちょ、神流!)」
――いや。神流。お前、それは。
早希ちゃんの指摘も、もうさすがに遅い。
「高島ー、聞こえてるぞー?」
「へ!? あ、聞こえてましたー?」
しらばっくれる神流。
どうしてお前はこういうタイミングでそういうことを言うかな、と少し呆れるが、それはある意味神流の持ち味でもあり――。
「聞こえとるわ。……ったく、何だ。甘やかされたいのか?」
「割と甘やかされたいでーす」
「『割と』じゃないだろ。……褒められて伸びたいアピールが強すぎるんだよ、高島は」
「あ、バレてました?」
「半年もお前達のこと見てりゃ誰でも解るっての。……まぁ、ちょっと考えておいてやるか」
「お、やった」
そしてそれが許される為人というか、キャラクターというか。これぞ《《高島神流》》という名前の強烈な個性だった。
「やった、じゃないよ。話逸れちゃっただろ」
「ごめんごめん、どーぞ続けてー」
絵に描いたような『てへぺろ』を炸裂させる神流。
――これならひとりで来た方が良かったのではないか。
そんなことを思ったりするが、それでは意味が薄れてしまう。
「それで、何だ? お願いって」
「えーっと、水曜日の部活休みのときに、音楽室をちょっと使わせていただきたいな、と」
「……ん? この6人でか? でも、何でまた」
「はい。あの、来週締め切りのレポートを皆でやりたいな、という話になって。結構話し合ったりしてやりたいので図書室だと迷惑になりそうですし、一般教室は入れないですし……」
「あー、そうか。なるほどな……」
「音楽室なら防音もばっちりだし、使うのも机だけなので……!」
援護射撃は和恵さんだ。
お願いのポーズも忘れないあたり抜け目が無い。
「事情はわかった。……しっかり18時で終わって、後片付けとかもしっかりやって、鍵を返しに来る、と。まぁ、最低限考えればわかることをしっかりやってくれれば良いか」
「ホント!? 先生!」
「そんなに心配はしてないぞ? 信頼に足る行動を取ってくれさえすれば、な」
「ありがとー、せんせー!!」
「ありがとうございますっ!」
「はしゃぐな、はしゃぐな」
職員室というのも忘れて音楽室を出てきたときのテンションのまま歓喜に沸く女子陣と、8割5分くらいの呆れっぷりを見せる神村先生。
佐々岡くんをちらりと見れば彼もまたこちらを見ていて、ふたりで何となく小さく笑い合った。
「そうか、レポート課題か。お前たちの学年はいつも予想外の展開を持ち込んでくるんだなぁ。いや、てっきり俺はまたと……」
「あ、先生。それはちょっと禁則事項」
言いかけた言葉が何かは充分察することの出来るものだ。
『特売』なんて口にされたら、とくに今ボクの斜め左後ろに居るヤツに何を言われイジられることか。
考えるだけでも背中が丸くなっていきそうだった。
「おお、そうなのか。悪いな」
「え、なになに?」
「ああ、別に大したことじゃないから」
「そう? ……んー、まぁいいけど」
予想外に食いついたのは和恵さんだった。
神流か、それでなければエリーか、と思っていたのだが、これは意外だった。
とはいえ、そこまでの粘り腰でなくて助かる。
「水曜の5時間目は2年生の音楽の授業があって俺が鍵持ってるから……、佐々岡にホームルーム終わりに渡せばいいか?」
「はい、それでお願いします」
佐々岡くんのクラスの担任は神村先生だ。
鍵を持ってくると言う任務の必要が無くなったのはわりと大きい。
「あとは、問題無いな? 早く帰れよー」
「はーい、ありがとうございましたー」
「じゃーねー、先生っ」
「おお、……いや、頼むからもう少し敬意っぽいモノを込めてくれ」
「はいはーい、先生さよーならー」
結局軽い調子のまま、小学生が手を振りながら言うような挨拶を投げ捨てて、神流はスキップをするように出て行った。
扉脇で書類をまとめていた教頭先生が思わず噴き出している。
少し急ぎ足で廊下に出て、無言のままで階段を降り、玄関で靴を履き替え、外に出たところで――。
「いえすっ!!」
――ミッション・コンプリート。
6人で、声と拳を合わせて成功を祝った。





