1-1-1. あめふるはこにわ
大きな南向きの教室の窓には強く雨が吹き付けられていた。
分厚く重たい雲は秋の色よりも冬の色の方が濃いように思える鈍色。今にも雲ごと地面に落ちてきそうだった。
先日、例年よりも少し早く初雪が降りてきた。
大抵初雪の後は2回くらいその寒さが緩むのだが、その寒の緩みも終わりかけで、コレだ。
哀しいほどに、空しいほどに、冷たい雨だ。
「なーんにもなくて、つまんないよねー。11月のアタマってさー」
昼休み。購買から買ってきた大きなメロンパンを頬張りながら、クラスメイトの高島神流がため息交じりに吐き捨てた。
神流は、向かいの席の椅子を逆向きにしてこちらへ身体を向けて座っている。
それは一向に構わないのだが、足を伸ばしてばたつかせるものだから、少々困る。
「……とりあえず、少し足下げてよ。狭いから」
「ねー。ミズキもそう思うよねー」
ボクの苦情を全く意に介さず、剰え同意を求めてくる。
いつもの調子だ。
夏の暑いときでも、今日みたいに寒くなりつつある日であっても、それは大して変わりない。
高校入学から半年以上が経ち、同じ吹奏楽部に入っていて、しかも同じクラスだ。この娘の性格は概ね熟知して来つつあると思っている。
――有り体に言って、遠慮は無い。
「ねー」
「……もうじき定期考査だけど?」
「えー? ツレナイなー……。まだ1ヶ月くらいあるじゃーん」
生徒指導にバレない程度のブラウンにしているさっぱりとしたショートヘアを揺らしながら、今度は文句を付けてくる。
本校、公立月雁高校は2学期制を採用していて、それぞれ3の倍数の月に定期テストが実施される。
それ以外にも適宜適度な間隔でセンター形式や2次試験形式の模試があったりするが、それは定期試験とは別枠だ。
次の定期試験は12月前半の後期中間考査だ。
そして、確かに彼女の言うとおり、この学校は11月にイベントが無い。
学校祭は7月。
体育祭は2回ある――体育祭とは少し異なるカラダを使うタイプのイベントもあるが、それはゴールデンウイーク直前――が、これは8月と3月だ。
見学旅行――『修学旅行』という言い方の方が馴染み深いだろうが、本校ではこの言い方をする――は10月開催だが、1年生のボクたちにはあまり関係が無い。
そんなわけで、現在直近に発生する校内イベントは、残念なことに定期考査なのだった。
「そう言って、前期期末で数学赤点スレスレだったのは何処の誰ですか?」
言いながら神流をジト目で見つめてやる。
とはいえ、こういう口調も視線も、彼女にとっては糠に釘。のれんに腕押し。
「何処の誰だったっけねー?」
――コレである。
当事者意識を何処へ捨ててきたのか、この娘は。
「今日の数Aだって転た寝してなかった? ちょっとは章末問題でも解いておけばいいじゃない」
「やーだ」
――即答かい。
「やーだ、じゃないよ」
「だって、赤点スレスレってことだからいいじゃん。赤点じゃないんだもん。それに私は文系志望だから」
「……そういう問題じゃないと思うんだけどなぁ」
文系でも数学を使う学科は多いと思うんだけど。特に高校1年生の数学レベルだったら。
「得意科目ではバッチリ点取れてるし」
「……何が得意なんだっけ?」
「お」
「あ。言い忘れてたけど、5教科で」
「……チッ」
「『音楽』って言おうとしたのは分かってるよ。あと、舌打ちは止めなさい」
――っていうか、中間考査だったら音楽の試験無いじゃん。ダメじゃん。
「保健体育って言わなかっただけマシと思って?」
「無理」
「即答か!」
「……そりゃ即答でしょ。あと、それ、どういう意味さ」
「さーて、ね?」
こんなことを言っている高島神流だが、過去2回の定期考査では世界史、日本史の社会科系統に加えて英語はかなり上位の点数を取っている。
典型的な、好きなものには集中できるタイプの人種だ。
「ま、いいよ。またミズキかレオくんに傾向と対策訊くもん。数学に関しては」
「またぁ? ……まぁ、別にいいけどね。……下手に赤点取られて追試になって、その間部活出られませーん、ってなられると困るし」
レオくんとは、神流の隣の席に座る高畠玲音のことだ。
長身、細マッチョ系で、温厚を絵に描いた様な、野球部所属の男子。
ちなみに、得意科目は日本史と数学、物理。
「さっすがミズキ。話が分かる子!」
「……撫でんな。撫でようとすんな」
にっこーーーりとした笑顔――『にっこり』ではない――を見せながら人の頭に手を伸ばしてくる神流。
その手をジャブパンチを躱すような感じで避けてみる。
「避けんな! ってか、ミズキ、ホント髪質良いよね」
「……そう?」
「うん。うらやましい。っていうか、うらやましい通り越して妬ましい」
「……怖いわ、その言い方」
授業中とか放課後とか、ちょっと気を抜いて寝ていたらそのまま毟られそうな恐怖感を覚える。
「それ、しかも地毛なんでしょ?」
「うん。染めてはいない」
「……いいなぁ」
そう言われながら、そこそこ伸びてきている自分の前髪をつまんでみる。
割と色素の薄い、明るいブラウンの髪の色。
最近カットもしてもらっていないのでそこそこの長さになってきているのもあり、少し明るいところに出ると殊更に赤毛に見える髪質だ。
以前ドラッグストアでシャンプーを探しているときに、大学生くらいの見知らぬ女性に『どんなヘアカラー使ってるんですか?』と訊かれるくらいには、染めていると勘違いされるのだ。
「イイことばかりじゃないけどね」
「ええー……?」
ジト目で睨まれる。
――いや、ホントなんだってば。
とか言ったところで、きっと伝わりやしないだろう。







