1-2-14. 旅のお供はハプニング
基礎練習だけと侮る事なかれ。それこそが最重要。
とくにテスト後とか行事の後など、しばらく楽器に触れられない期間が発生した場合は、曲練習をせずに基礎練習だけの日を数日続けることもある。
今日なんかは、まさしくそれに該当する日だと言える。
神村先生が言った『5分前くらいまでは』という言葉はしっかりと厳守し、それどころか17時を5分オーバーしたことにどこのパートも気がつかなかったくらいだ。
あれほどまでにお土産大解放スペシャルを楽しみにして先生をげんなりさせていたボクらが、である。
全員が時計を見て驚愕の大絶叫を音楽室中に響かせてしまうのも無理は無い。
「何か今日、時間経つの早く感じなかった?」
「わかる。……まぁ実際、練習時間短いってのもあるとは思うけどね」
「たしかに。っていうか、それが原因だわ。たぶん」
いつの間にか真横に来ていた神流が笑う。
通常ならば18時ギリギリまでやっていることもあり、全員が『まだ大丈夫だろう』という感覚に陥っていたのだろう。
熱中すれば時間なんてあっという間に過ぎていくものだ。
「でも、今日のメインはこっちよね」
「それもわかる」
言いながら、ふたりで大きく頷く。
視線の先には、先ほどまで音楽室の後ろを盛大に占拠していたお土産の山。
それが先輩達の手によって音楽室中央に移されてきている。
1年生たちの視線はもうそこから外れない。
完全に沸き立ちきっているようなヤツもいる。
中央付近の机を寄せ集めて大きなテーブルを作り、その周辺の机は一旦外周側に固めてスペースを確保。
椅子も同様だが、机よりも乱雑に放棄されている感じは否めない。
「ちなみに、なんだけどさ」
「ん?」
「ミズキって京都とか行ったことあんの?」
「一応、ある。小学校のときだったはず。……何年生の時に行ったかまではちょっと覚えてないけど」
「へー。それは、何? 家族旅行的な?」
「いや、母さんの仕事に着いてっただけ。だからまともに観光したような記憶がないんだよね」
当時は、その認識もロクに無かった。
その時にボクを預ける先が運悪く見つからず致し方なく学校を休ませて連れてきた、ということはかなり後から聞かされたことだった。
「あら残念」
「うーん……そうでもないかな」
「え、そう?」
「来年、皆と同じように思いっきり知らないところを観光できる、ってことにならない?」
「うわ。めっちゃポジティブ」
「それに、京都って小学生くらいの時に行っても、余程歴史とかそういうのが好きじゃないと愉しみきれないような印象あるんだよね」
日本史の授業などを通した今でこそ、神社仏閣を巡って歩きたい願望が芽生えているが、小学生当時の自分が今ほどの熱意を持って周りを見て歩くかと言われれば、恐らくノーと答えるだろう。
だからこそ、昔行ったときの記憶がほとんど残っていないことの証左になると思うのだが。
「あー、まぁ、たしかにねー。ぶっちゃけ、そういうのを見て歩くくらいならUSJ行くわね」
「……神流は今でもそうなんじゃないの?」
「失礼ね」
神流は眉間に深く皺を刻み込んだ。気に障っているアピールに余念がない。
「一応あるわ、京都で行きたいところくらい」
「地主神社、とかいうオチだろ」
「うぐっ」
――図星だったらしい。
「そうだろうな、とは思ったよ。そもそもだいたいの京都観光組はここを外さないからね」
「くっそー……。『違いますー!』って言ったところで、他の名前をすぐに出せないのが余計にめちゃめちゃに悔しいんですけど……!」
神流は歯ぎしりをしながら地団駄でも踏みそうな顔でこちらを見上げている。そこまで悔しがることもないとは思うのだが。
「そこは、北野天満宮とか出しておくんだよ」
天神信仰。学問の神様。ウチの高校にはうってつけだと思う。
「あとは、めちゃめちゃ無難だけど、金閣・銀閣もあるし」
「いやほら、ちょっとメジャーどころを外す通っぽさを演出したくならない?」
「……それ、地主神社というド直球のメジャーどころを思い浮かべてた人が言える台詞?」
「…………むぎぎぎ」
そんなわかりやすく『私、悔しいです』感を出すような擬音を口に出さなくても。このまま話を続けるとこちらが痛い目に遭いそうな気がしてならない。
――ここは安全策を採るべきだろう。
「メジャーどころじゃない感じのところか。……聞いてみるか、先輩に」
「話を逸らすなってのよ。……まぁ、いいけど。ってか、もう生八ツ橋開いてんじゃん」
無理に逸らすこともなかったようだが、幸いにして神流のターゲットが切り替わった。絶対あるだろうなとは思っていたが、予想通り。随分と大量に同じ雰囲気の箱があるのが見えていたが、それが生八ツ橋になっていたようだ。
「ん? あ、何種類かあるんですね」
「そうそう。何かいろんなところから出してたし、折角だったらいろいろ買ってみようかー、ってことになったんだよね」
近付いてみれば、箱のサイズこそ似通ってはいるものの、そのデザインは違っていた。2年生部員の人数も多いが、同様に1年生部員も多い。同じ種類だけを買ってくるのも抵抗があったのだろうか。その気持ちはわかる。藤林先輩も少しだけ苦笑いを混ぜたような顔で笑っている。
「まぁ、迷いますよねー。駅地下とかで買ったんですか?」
「そうそう。ホントは、だいたい皆でまとまって買おうか、とは言ってたんだけど、結局きっちり全員集合にはならなくてね。結局、『今ウチのグループでコレ買ったから、別なの選んできてね』って感じで」
「それは……、何というか、お疲れ様です」
「いや、ホント疲れたよー、マジで。まずは、雪絵のグループだよね?」
「そうそう」
藤林先輩に話を振られた遠坂優一先輩が答える。それと同時に鈴木雪絵先輩が、自分の名前を聞き取ったようでこちらの方に慌てた様子でやってきた。
「何があったんですか」
「グループ研修のとき、コイツ道中でケータイ落としやがってさ」
――おお、いきなりけっこうな大事件。
だけど割と旅行には憑物的に付きものな気がするのが紛失系の案件ではないかと思う。
「幸い落としたところの社務所で預かってもらえてたからよかったんだけど、その場所に行くまでにめちゃめちゃ時間かかって」
「ホント、あのときはゴメン……」
その時の様子をしっかりと思い出してしまっている鈴木先輩。文字通りに小さくなっているように見える。
「で、あとは……」
「ウチもだったんだよな……」
今度は遠坂先輩が肩を落とす番だった。
「迷ったんだよ、思いっきりな」
「え」
「ほら。……たまにない? 地下鉄降りて地上に出たときに東西南北の感覚消失すること」
「あー……」
一応はごまかせただろうか。
すみません、遠坂先輩。
分からなくもないけれど、残念ながらボクにその経験は無いです。





