1-2-6. 放課後の戯れ part.2
ゴミ捨てを終えて教室に戻ってくると、神流の拭き掃除も無事に終わっていたようだ。
「あーあ、余計なシゴト増えた」
「自業自得でしょ」
「それは、……まぁ、そうだけどさー」
小学生男子みたいなことをしているからそういうことになるんだ、とは言わないでおいてあげよう。
「そもそも、エアギターなんてやったりして巫山戯てるから」
「あーはいはい、ミズキの説教は結構」
「……少しは聞いてよ」
「やーだ。……どーせ部活でも似たようなことになるんだから、別にいいっしょ」
「それはボクのシゴトじゃないと思うけど」
そこまでボクはガミガミと怒るようなことを部活でした覚えが無いし、そもそも担当楽器が違うのだからそういう場面になることも少ないのだが。
というか、誰かからの説教を受ける前提なのか。
それは、どうなんだろう。
「あ、別に『ミズキの説教』とは言ってないから」
「そーですか」
言いながら教室廊下側の壁に備え付けられたハンガーラックに向かい、上着とカバン、今日はそれに加えて大きめの傘を持つ。
危ない。一瞬その存在を忘れていた。
教室に放置するのは流石に拙い。
「あ、何、ミズキ。傘持ってきてたの?」
「うん、念のためね」
「あー、……そういえば天気崩れるとか言ってたっけ?」
「そうそう」
そういう神流の手には、秋物のコートとカバンだけ。
寒そうにも思えるが、まだその薄さで乗り切る気なのだろう。
それはボクも同じだ。
学ランの下に薄めのニットを着て誤魔化しているが、恐らく次に雪が降ったときは冬物への切り替え時だ。
「用心深いねー」
「正直、今日のこの感じなら無駄だったっぽいけどね」
「石橋叩きまくって壊しかけてぐらぐらにした状態になって、ようやく四つん這いになって渡るタイプっぽい」
「……なんかそれ、すっごいマヌケっぽくない?」
マヌケっぽいし、すごく生きづらそう。
薄らと白くなりそうなため息を吐きながら廊下に出る。
神流もゆるりと着いてきて、流れるように横に並ぶ。
底冷えのする感じは、やはり冬の気配が色濃くなってきている証左。
密閉性の高い2重窓を使っていても、ガラス越しに寒さは伝わってくる。
「ま、それは流石に言い過ぎたけどー」
「だったら神流は」
「私は、『地上の星』を熱唱しながらサバンナの真っ只中を走り抜けるタイプだから」
「……へえ」
全然、意味が分からない。
ツッコミどころが無いわけではない。
――というかむしろ、ツッコミどころしかない。
ツッコミどころしかないために、ツッコミをする気が起きない。
「さて、問題です」
顎を掴まれた。
――なるほど? 『放置するな』と、そういうこと?
無念。
軽い反応で誤魔化そうとしていたが、それは叶わないようだ。
「今の私の台詞で、一番のツッコミどころはどこでしょう?」
問題にしてまでツッコミを求めるのか。
何故そこまで飢えているのか、という疑問が追加されてしまう。
「……ねえ。それ、答えなきゃダメ?」
「ダメ」
何だか部活が始まる前に疲労感がピークに達してしまいそうだ。
授業やテストで頭を回転させるのは勿論疲れるが、こういう途方も無さそうなことに頭を回すのは殊更に疲れる。
しかも、何と言っても相手は高島神流。
濃い霧の中全貌は見えないものの、明らかに何か得体の知れない、少なくともろくでもないものが控えていることだけはわかる。
「はいっ。解答まで、さーん。にー」
「時間制限付き?」
急なカウントダウンが始まる。
ああ、もう良い。
目を瞑って正面向きに撃鉄を引く感じで。
「……『その歌、走るときには向かなくない?』」
「んー………………、76点!」
「あ、採点形式なんだ」
――っていうか、微妙すぎる点数。
赤点では無さそうだが、毒にも薬にもならない感じが非常にもやもやする。
高島神流という人は、時々飛び道具だけで攻撃を仕掛けてくるようなところがある。
つかみ所が無い、どころではない。
掴めないのだ。
今日なんて、その最たる例と言っても差し支えない。
「正解ではあるの?」
「うん」
「……ちなみに、訊いていい?」
「なんでもどーぞ?」
そこに載っかってしまう辺りは、ボクの良くない癖なのかもしれない。
「満点を取るにはどんな解答が必要だったの?」
「特に決めてなかった」
「へ?」
絵に描いたような『てへぺろ』を見せつけてくる神流。
予想通りに期待外れの返事が来た。
「いや、あの……」
「だいじょぶだいじょぶ。ミズキはいつでも合格点」
「喜んで良いんだな?」
「もちろんっ」
――そこで胸を張られても、何の感情も生まれませんが。
「……あれ? ミズキー? 何処行くのー?」
立ち止まり踵を返そうとするボクに、神流の呼ぶ声。
「飲み物買ってから行くよ。……何か疲れた」
「じゃあ私も」
少し脳細胞のリセットが必要だろう。
何が良いだろうか。
たまには強めの炭酸なんて良いかもしれない。
少し甘めのカフェオレなんていうのもアリだろうか。
そんなことを夢想しつつボクと神流は階段を降りていく。