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1-2-4. 厚いノートと薄くなる財布

 祐樹もわりとしっかりしたところがある。

 影に隠れてこっそりメロンパンあたりを食べ終わっていたりしないかと思っていたが、そんなことは無かった。

 それどころか、しっかりとコピー機の横を陣取って、こちらの方を探している。

 少し彼を見る目を変えてあげる必要があるのかもしれない。


「お待たせ」

「腹減ったよ。意外と時間かかったな」

「それは、ゴメン。ちょっと部活のヤツに捕まってさ」


 無駄話に限りなく近かったが、ウソではない。

 一応。


「ならしゃーないな。ま、いいよ。忘れられてたらどうしようかとは思ってたけどな」


 少しも疑う素振りを見せない祐樹。

 何も無いときであれば嬉しいのだが、今はその信用がボクには少しだけ重い。


「とりあえず、……ここまでが試験範囲かな」

「え」


 バインダーから、前回のテスト範囲の終わりのページから最新のページまでを取り外す。

 その光景を見た祐樹は目を高速で瞬かせながら絶句した。


「『え』って何だよ」

「……あれ? 今回の試験範囲ってそんなに分厚いっけ?」

「いや、これ普通だ…………いや、違う。ごめん、聞き流してくれ」


 普通だろ、何言ってるんだ? そう出かかった言葉をギリギリ飲み込む。

 少し漏れ出てしまったが許容範囲だと思いたい。


「授業の板書以外にも用語集とかからポイントになりそうなものを書き足したりとかしてるからなー……。その分書く量が増えてるから、自然とページ数も増えてるのかも」

「今オレは想像以上に、何かヤバいモノを入手しようとしているのではないだろうか」

「何を今更。ヒトの教室に乗り込んできて一騒ぎした挙げ句、立ち読みまでしていったクセに」

「それはそうだけどさ。……そうだけどもさ」

「何の心配してるの?」

「……コピー代」

「ああ……」


 現実的で切実な問題だった。

 ページ数が多いと言うことは、それなりに祐樹の財布が軽くなると言うことに他ならない。


「コピーがきつかったら、自分で書き写すというメニューもございますが」

「……それもイヤだなぁ。書くの、別に好きでも無いしな」

「あ、そうなの?」

「何。瑞希は好きな方?」

「うん、わりと」

「……いろいろと合点が行ったわ。そりゃ、そんなノートも作るわな」

「それ、褒めてる?」

「このノートの存在には助けてもらえそうだから、褒めてる」

「さんきゅ」


 小さい頃からクレヨンよりもボールペンを好み、絵を描くよりも字を書いている時間の方が長かった、と母から聞かされている。

 それは今に至るまで変わっていない。

 その所為か書写も昔から好きだった。

 高校入学直後の選択科目を選ぶときにも、最終的には音楽を選んだものの、実を言うと音楽と書写で少しだけ迷ったくらいだ。


 ――別に、全く俎上に挙げなかったとはいえ、美術が嫌いというわけではないけれど。

 ただ、得意科目ではないというだけだ。


「……あ、そうだ」


 ふとコピー機に目をやる。


「ん?」

「お金が心配だったら、同時に何枚かまとめて印刷しちゃえばいいんじゃないかなー、って。その代わりに文字は小さくなるし、ページ順序わかりづらくなるけど」

「うーわ、トレードオフ」


 そのツッコミとも取れないような発言は、よくわからないけど。


「でも、あんまりお薦めはしないよ? ノイズが発生して文字潰れたりするしね。失敗して再印刷ってなったら、それこそもったいないじゃん?」

「そう、だよなぁ。そうなんだよなぁ。文字が見えないとかになったら意味ないもんなー」


 と言いながらも、腕を組みながらうんうんと唸り続ける祐樹。

 その組まれた腕には、先ほどまでは持っていたように思えるパンの袋が無かった。不審に思ったものの、よく見れば袋は祐樹の足下に無造作に置かれていた。

 ――置かれていたというよりは、考えるのに集中しすぎる内に本人も知らずに取り落としていた、と言うのが正しそうに思える。

 彼は思考に集中している時には空腹を感じなくなる性質らしい。


「……まぁ、いいや。普通にコピーするわ」


 資金繰りと可読性を天秤にかけた結果、勝者は可読性になったらしい。

 賢明な判断だと思う。


 見開き1ページずつスキャナにセットしたところで、祐樹は手前側にあるタッチパネルで印刷設定を行う。

 どうやら忘れていたようだ。


 サイズ選択。

 両面印刷モードにして、印刷部数を2部にした。



 ――ん?



「あれ? 2部印刷するの?」

「ん? あ、何かマズかった?」

「いや、別に」


 何も拙いことは無いのだが。


「コピー代は祐樹持ちだし、別に良いんだけど。……誰かに渡すの?」

「一応、その予定」

「ふーん……」


 相手は、誰だろうか。

 野球部のメンバーとかだろうか。


 あるいは、同じクラスの――。



「誰に渡すのかって、気になるか?」

「ちょっとだけ。ボクのノートの所為で赤点取ったとか、成績下がったとかになっても責任取りづらいし」

「あ、何。そんなこと考えてんの?」

「そりゃ少しは考えるでしょー。先生だって同じじゃない? 自分の受け持ちのクラスの平均点高かったり低かったりしたら、いろいろ考えるモンでしょ」


 ――ウソではない。

 実際にチラッとだけそういう話を聞いたことがあったのだ。

 ただ、本当に脳裏を過ぎったのは、そうではなくて。


「大丈夫だろ」


 印刷作業を淡々と進めながら祐樹は言う。


「っていうか、そのノートでその心配は無用だろ。……あとお前、そういう無自覚な自虐ネタは止めてくれよ。わりと地味に傷つくんだからな、俺が」

「……悪い」


 そうだけ返したが、代わりに返ってきたのはコピー機が稼働する音だけ。

 印刷ミスを防ぎたかっただけなのか、苛立った気持ちを抑えるためだったのか、それとも他の要因があったのだろうか。

 祐樹は結局印刷作業を終えてノートを整えるまで、こちらを向くことも無かった。


 サンキューな、ときっちりとボクの目を見て言いながらノートを返したときにはいつも通りの調子になっていたのだが、本当のところを祐樹に訊ねる気にはならなかった。


 きっと、ボクの思い過ごしなのだろう。


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