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幼なじみの恋人は僕の友達 友達の幼なじみは僕のXXX 〜Crossroad Cantata (1) / Pathetic Prelude〜  作者: 御子柴 流歌
1-1. あめふるはこにわ

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1-1-9. 水の戯れ


「そういえば聞いたことなかったから訊くんだけど、海江田くんって吹奏楽部では何の楽器弾いてるの?」

「今はオーボエだよ」


 雨降りということで選んだショパンの前奏曲『雨だれ』を弾きながら答える。


『君をのせて』の後はもう1曲合唱曲を挟んでみた。

 仲條さんが中3のときに歌ったという、『走る川』。

 懐かしい。

 ボクらが石瑠璃南中ルリナン3年生のとき、隣のクラスがコレを選んでいたことと、最終的には学年5クラスで1位が3クラスになるという大混戦になったことを思い出す。


「今は、っていうのは?」

「入部直後はちょっといろいろ触らせてもらえててさ。中学の時はサックスだったんだけど、何か……ほら、他のモノにも手を出してみたい感じの気持ち、わかる? 高校デビューじゃないけど、高校新学期に新楽器デビュー、的な」

「……ぷっ。今のダジャレ?」


 あ、ちょっとリアクションしてもらえた。

 スルーされたらどうしようかと思っていた。

 ――だったらそんなこと言うなよ、という話だけれど。


「んー、何かちょっと思いついたから言ってみた」

「……海江田くんって、意外と《《そういうところ》》あるよね」

「『そういうところ』って?」

「ふふ、……ナイショ」

「気になるなー……。案外しょーもないこと言う、とか? ……いや、それは別に意外でも何でもな……あ」


 ミス。動揺が指先に出る。

 というか、話しながら弾くって結構難しい。余裕で手が止まる。

 コンクールの練習で、ピアノ弾きながらそれぞれのパートに指示出してた子が居たけど、あれって相当だ。


「……そういえば、アレって海江田くんだったんだよね。入学式の次の日の部活勧誘に来た吹奏楽部の人たちにー」

「あー、止めて。アレは限りなく黒歴史に近いような何かだから」

「え? そうなの? 私、むしろアレのおかげで海江田くんに『すごい音楽の人』イメージが固定されたけど。たぶん、ウチのクラスみんなそうだと思うけど」

「いや、まぁ確かに、あれで自己紹介以上に名前と顔覚えてもらえた感はあるけどね」





 入学式の翌日には新入生歓迎式典があった。


 今後1年間にある行事の紹介に部活の紹介、生徒会からのやたらと砕けた感じの祝辞に、上級生からの盛大な手荒い祝福――体育館の前方、ステージ側に陣取った1年生に対して、体育館の後方に座る在校生がお菓子の類いを放り投げてプレゼントするという謎の恒例イベント――を受けたその後の話。


 改めての部活動紹介とその勧誘活動がそれぞれの教室で休み時間ごとに展開されていた。

 「昼休みがメインだが、部活によってはその規模感から授業間の休み時間に訪問に来る場合もあった。


 もちろん吹奏楽部もその勧誘に来た。

 ――のだが。


 昼休みのことだ。

 遠くの方から、何やら爆音が轟き始めた。


 まさか、一般教室で、しかも各学級ごとに1曲演奏していくなんて思ってもいなかった。

 たしかにインパクトは大事だから、とても正しい宣伝活動だとは思うけれど。


 もちろんウチのクラス――1年7組にも、その爆音部隊はやってきた。


 1年1組から順に回ってきているので音量はその都度違えども、すでに6回演奏されている『情熱大陸』を、ここでも見事に演奏して拍手喝采。

『よろしくおねがいしまーす!』と全員で息ぴったりに宣言して、次のクラスへと向かう流れになる。


 そう思っていたところで――。




『あ、そうそう! ここ7組だよね? 海江田瑞希くんって、居る?』



 ――副部長と名乗った先輩からの、突然の名指し。


 やっぱり高校生の先輩たちはすごいなぁと浸っていたところで、強引に首根っこを持ち上げられたような気分のまま、ビクンと身体を動かしてしまった。


『あ、居たー!!』


 ――そして2年生の人に、ばっちりと指を差される。


 そりゃあ、思ったさ。

『何で顔知ってるの?』って。


 だけどよくよく見直せば、その人の顔はこちらもよく知っている顔だった。






「まさか、だよね」

「中学の同級生とその姉さんの父親が吹奏楽部の顧問やってる、とか。何の冗談かと思ったからね」


 完全にピアノを弾く手を止める。

 この話題を続けながら弾くなんて芸当は今のボクには無理だ。



 ちなみに、その後の顛末は――。



『あ、いたいた! 卒アルで見た通りでよかったー』

『高校デビューとかされてたらまずかったけど』

『デビューの必要ないでしょー。この顔で』

『噂に聞いているよー』

『ルリナンの吹奏楽部に実力者が居て、その子が月雁に来たっていうのを神村先生が言ってたんだよねー』

『ま、それ私の父だけど』



 ――こうである。

 月雁高校吹奏楽部顧問の神村(かみむら)篤紀(あつのり)先生には2人の娘さんが居る。

 中2・3年生のときのクラスメイトであった神村紅音(あかね)と、その姉である神村春紅(はるか)

 この2人から『父親が高校教師で、吹奏楽部の顧問をしている』と言う話は聞いたことがあったのだが、その赴任先がこの月雁高校であることは聞いていなかった。


 ちなみに、楽器に負けないくらいの大声と共にボクを力強く指差したのは、お姉さんの方――神村春紅先輩であった。

 なお、妹の紅音は、別の高校に進学している。



「アレがなくても元々吹奏楽部に入る気では居たけどねー……」


「あ、そうなんだ」


「さすがに、違う部活に入るようなデビューは考えてなかったからね。アレは、好意的に解釈すれば『後押し』だし、そうじゃない言い方をするなら……そうだね、『逃げ道塞がれた』的な」


 あそこまで熱狂的な勧誘をしてくれたその相手を無碍にできるほど、崇高な人間性を持ち合わせてはいなかった。


 もちろん、入部して大正解だったから何も問題は無かったのだけれども。


 壁の時計に視線を向ける。

 予鈴がなるまであと8分くらいといったところか。


 譜面台に立てているスマホを見れば、祐樹からのメッセージが来ていた。

『明日また来るからコピーさせてくれよ』だそうだ。

 もう自分の教室に戻っているのだろうか。

 ならば、このままボクらも教室に戻って良いのだろう。






 だけど――。



「さて、と。それじゃあ最後は……これにしようかな」


 もう少し。もう少しだけ、この時間に浸っていたくなった。

 そして、ほんのちょっとだけ本気を出したくなった。



「それは?」

「お気に入りの、水がテーマのピアノ曲」


 モーリス・ラヴェル作曲、『水の戯れ』。


「久しぶりに弾くからたぶんミス連発だと思うけど、ご堪能くださいね」


 ここでウインクなんかキメられるような人だったらそれはそれは様になるのだろうけど、ボクにそんな度胸はないから一瞬だけ彼女の方を向くだけにして、譜面台に視線を戻した。


 少しでも彼女が笑っていてくれたなら、それだけでいい。

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