1-1-8. 君をのせて
当然、しっかりと習っていた人が伴奏を担うべきだと思っていたボクとしては、2年生のときのクラス替えは、あるひとつの視点から見た場合に限ってだが、まさに渡りに船だった。
そこには、一度演奏をしたことによって『自分もいっしょに歌ってみたい』という感情が生まれたというのもあった。
しかしその代わりに、3年生のときには危うく指揮者に任命されかけるという事件もあったが、それもまた別の話だ。
「ちなみに、その時は何弾いたの?」
「たしか……、『君をのせて』だったかなー」
「え、うそ!? 私のクラスもそうだった!」
「ホント!?」
たしかに定番曲だけれど。
――でも、そんなことあるのか。
「担当パートは?」
ちょっと、気になってしまう。
「高い方だったよ」
「あ、やっぱり」
予想通りだ。
「あれ? 想像通り?」
「うん。地声聞いてても、アクセント高く置いてたときの方がよく通って聞こえるしね」
普段はそこまできんきんとした声で話すことはないのだが、不意に出てくるその声がとくに通っていた雰囲気を、以前から感じてはいた。
それを、ただただ単純に言ってみただけ。
――そのはずだったのだが。
「……ん?」
急に会話が止まった。
楽譜の入った棚にばかり注視していたので身体をそちらの方へ向けてみると、仲條さんはサンドイッチを手に取り、お手本のようなキョトンとした顔でボクを見ていた。
「あれ? どうかした?」
「……よくそんなとこに気付くね」
見慣れないモノを視界に入れてしまったときに発するような声が返ってきた。
――あれ?
これ、もしかして、ドン引きされた?
慌てて本棚に視線を戻す。
「あ。……あー、いや。ほら。あの……、よく合唱部の声とか聞いたりするしさ、合唱コンクールの時のパート担当決めるときにもアドバイスしたりしててさ。その時のクセっていうかさ!」
とか何とか取り繕おうとして、いろいろと並べてはみたとしても。
「うん、ゴメン。そりゃヒくよね」
「あ! ううん! 違う違う!! そういうことじゃないの!」
わたわたと手を振って否定する仲條さん。
本当に、そうなのだろうか。
クラスメイトに、『君はこういう声質だから○○っぽいね』なんて、それこそ合唱コンクールがあるとかそういう必要に迫られたタイミングであるならまだしも、こんな何でもない時に言われたら、どう思うだろうか。
「ちょっと、びっくりしただけだから……」
それは、そうだろう。
ふつうなら、いきなり自分の声を何らかの物差しで測られたりすることなんて無い。
正直なことを言えば、ボク自身も、なぜあのタイミングでそんな物言いをしたのか、とは思っている。
だけれど、その原因も薄らと理解してはいるのだ。
どうしたって、ピンと張ってよく伸びる涼やかなソプラノは――。
「だって……」
「あ、そうだ!」
だから、敢えて少し大きめの声で提案することにした。
仲條さんも何かを言おうとしてたものの、申し訳ないが、一旦シャットアウトさせてもらう。
「折角だし、弾くのは『君をのせて』にしようかな」
「……え?」
「同じく歌った曲ってことは知ってる曲だし、BGMにはぴったりだと思うんだけど。……どうかな? 他にも、邪魔しない感じの曲見つかったしね」
少々強引な話題の挿げ替え。
今は黙っていたいのだが、いずれは謝りたいところ。
いろいろと、このままでは耐えられない。
ほんの少しだけ、楽器に没頭したくなった。
合唱曲集の中に『君をのせて』の楽譜も一応あったが、このアレンジだと少しピアノが簡単にされている。
もう少し背伸びして弾けるはずだ。
中1のときに弾いたバージョンは薄らと記憶の片隅にはある。
それを何とか引っ張り出して来られれば、いくらか聴き応えはあるかもしれない。
静かに視線を彼女の方に戻すと、手元のサンドイッチを見つめていた彼女はゆっくりとこちらに顔を向けて――。
「じゃあ、それでお願いします」
小春日和の微笑みを見せた。