勝負服の諦観
デート前は人を狂わせる。ベッドに並べて置かれた衣服をじっと睨み付ける。そのデザインは隣のものと比べれば少しばかり華やかさに欠けたけれど、十分に可愛らしい。ネックレスやコサージュなど少し華やかな小物を添えれば、可愛らしさや華やかさも十分に劣ることはないだろう。
リーナは下着姿のまま腕を組み替えた。すぐ後ろでクッションに凭れ掛かりながらひたすら巨大な顔が追いかけてくるゲームに勤しんでいた私は、いつも通りといえばいつも通りである年子の妹の様子を呆れた眼差しで眺めつつ、いい加減に決めなきゃいくらリーナでも風邪をひくよと忠告を入れた。
「オネエサマ? そのいくらリーナでもの『いくら』は何にかかって?」
「何とかは風邪をひかないというじゃないか」
「……それより!」
私の正直なコメントは聞かなかったことにしたのか、エリューナはこちらに向き直るとびしりとベッドを指差した。
「アンタはどっちが似合うと思う?」
「……というか、まだ決まってなかったのかい?」
「決まってないから訊いてるの」
ベッドに並べられた服は二揃い。片方は上が白地に青のストライプが入ったブラウスに、オフホワイトの十字架のブローチ。裾がV字型にカットされた紺色のベスト。下はギャザーと白のフリルがふんだんに仕込まれた水色のティアードスカート。もう片方は下に黒と水色の横縞のV字カットの半袖シャツにサスペンダーが模様としてプリントされているワンピース。ただそれだけでは下半身が寂しいので薄手で見えてもいい黒のパニエでも履くのだろう。私は二揃いの服を眺めると、すぐにスカートの方を指差した。
「こっちかな」
「やっぱりね」
「やっぱりって、決まっているならさっさと着てしまえばいいじゃないか」
「でも、」
私の突っ込みにリーナが一瞬言い淀むが、知ったことではない。私はさっさとベッドの上に並べられていたシャツとスカートを取り上げるとリーナに押し付ける。自分のクロゼットの中に仕舞われていた編み上げのブーツを取り出した。そしてそれも箱ごと一緒に押し付ける。
「横縞のカラータイツは?」
「も、持ってるけど」
「ならこれを貸してあげるからさっさと着なさい。早くしないと待ち合わせの時間に間に合わなくなるよ?」
「え? 今何時?!」
「約束の時間まであと三十分弱を切ったね」
「いつの間にっ?!」
部屋の壁に掛けられていた時計の短針は九と十の間を差していて、長針は二十分を少し過ぎたあたり。待ち合わせ場所までは部屋から五分もかからなかったが、五分前行動を厳守とするリーナは、約束の時間までの予想以上の余裕のなさに驚きで目を見開いた。洋服を取り出した時点では部屋を出るまで一時間以上の余裕があったはずなのに何時の間にこんな時間に。
「ほら、髪の毛もセットしなきゃならないんだろう」
「ど、どうしよ!」
「いいからさっさと着替えなさい。鞄は?」
「クロゼットの中にある茶色の、」
「はいはい」
慌ててばたばた着替えはじめた妹を横目に、彼女のきちんと整理されたクロゼットの中から小振りの皮のバッグを取り出し、いい加減このデート前の慌しさはどうにかならないものかと私は盛大に溜め息をついた。迷うくらいなら前日から決めておけばいいのに。
まぁ、前日から選んで選んで選び抜いてそれでも最後まで決まらなかったのがさっきの二着なのだと私はもちろん知っていたけれど。でもきっとアレはどれを着ても可愛いと言うのだろう。そこまで大事な家族に想われる相手が憎らしくて、リーナはもくもくとミルクティー色の髪を結い上げる妹に聞こえないように舌打ち。
「鈍感バンビーノめ」
誰かが聞けばぎょっと目を剥きそうなおどろおどろしい表情で、にくにくしげに吐き捨てたのは、誰も知らない。