第八話: 「炭火焼き」
私は、気が付けば焼鳥屋の前に立っていた。
私の目の前に、大きなコンロがある。いかにも、「あたしは美味しいのよ」と言わんばかりに、コンロの上には焼き鳥がてらてらと焼かれている。はぁ、もう無理。私、無理だわ。
炭火で焼く、焼き鳥は美味しいと聞いている。私は、これまで、肉は食べられればいいと思っていた。どう焼いても、食べてしまえば肉は肉である。だったら、安くて大量に食べられるお店の方がいいと思っていた。
しかし、焼き鳥を前にしたとき、そのときの私をぶん殴りたくなった。肉は、やはり炭火焼である。鼻腔をくすぐる艶やかさ。食指をそそる香ばしさ。なるほど、炭火は肉を引き立てる、いわばお立ち台を照らすネオンライトだ。
「ねえ、これ、いくらなの……」
しかし、いくら屋台の中を見回しても、値札がない。だが、売り物でないはずはなかった。近くで子供がやはり、焼き鳥をしゃぶるように食べていたからだ。
ここは異世界。もしかしたら、お金を払うと言った仕組みがないのかもしれない。よく考えれば、私は無一文だった。できれば、別の仕組みがあって欲しい。でなければ、私は焼き鳥を食べることがかなわない。
じゅう、じゅうと、焼き鳥は、あたしをはやく食べてとせがんでくる。私は、焼き鳥を食べたい。早く食べたい。さて、店主はどこだ。
と、考えたところで、私はようやく異変に気が付いた。あれ、周りに人がいない。そういえば、さっきまで集まっていた客もいない。おかしい。いつの間に、どこに行ってしまったのだろう。
「あのー、誰かいませんか」
と、私は、店の中へ叫んだ。すると、店の中からどたどたと音が聞こえる。良かった、どうやら店主がいるみたいだ。
だが、店主は店の中から出てこなかった。奥の、大きな家具に隠れて、私を横目で見ていた。なにか、異物を見るような、そんな目だった。なんで、なんでそんなに警戒するの。目の前で、焼き鳥は、依然としてじゅうじゅうと音を立てていた。
「あのー、焼き鳥が欲しいんですけれど……」と私は声をかけた。しかし、店主は出てこない。むしろ、肩をぶるぶる振るわせているように見える。そんなに私が怖いのか。
「あのー……」と、私が言いかけると、
「お前なんかに売る品なんかないわ!」
私はびっくりした。無論、大声だったからびっくりしたというわけではない。最初、何を言われたかが分からなかった。私は、もう一回、声をかけた。
「焼き鳥……」
「これ以上喋るな! 疫病神! 帰れ!」
と、店主は叫ぶ。それはもう絶叫に近かった。私は、拒絶されているのだ。
「なんで……」
「リングなしの、人でなしは早く消えろ!」
と、立て続けに言われて、私は漸く怒りというものが、ふつふつとこみあげてきた。第一、リングって何? それがないと、人ですらないと、店主は言う。でも、そんなの知らないじゃん。だって私、異世界人だし!
私は、イライラした。街に着いても、長い時間入口に待たされ、変なやつにはナンパされ、じゅうじゅうと美味しい音を聞かされ、子供には目の前でこれ見よがしに焼き鳥を見せつけられ。そして、アーはまだ、帰ってこない。
私は我慢の限界だった。散々だ。この世界に来てから、良いことなんて一度もない。
自棄になっていたのかもしれない。私は、この店主に何か一言言ってやろうと思っていた。元の世界でだって、こんなことを言われたことは一度だってなかった。
でも、これは、後から考えたら間違いだっただろう。私はもう少し、店主に言われたリングのことを考えてみればよかったのかもしれない。そして、アーの言いつけをもう少し真剣に考えてみればよかった。私は甘かった。
だから、私は叫んでしまった。
「人でなしだなんて、人権侵害よ!」
気が付いたときにはもう遅かった。それは、まさしく、断定的な言葉だったのだ。
私は、街のど真ん中で、爆発を起こした。