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第六話: 「草むら」

 太陽が真上に上って、私たちの影はほとんど長さを持たなかった。私たちは今、直射日光を頭の頂点に浴びながら、大草原の中を歩いていた。

 なるほど、これはきっと12時なんだろう。しかし、この世界にも標準時子午線などというものがあるのだろうか。その答えは、試しに“12時”と叫べば得られるかもしれなかった。しかし、仮に12時だったとして、今私がそう叫べば、そばを歩いているアーを爆発に巻き込みかねない。

 この世界に時計はないのか。時間の分からない生活は、とても心地よく感じたが、その副作用からか、なんだか少しだけ気分が落ち着かない。


「ラヴさんって、意外と頭良いですよね」と、アーは言った。「ときどき、ラヴさんの言葉が分からないときがあります」

「意外とって何よ! これでも、一応国内最高の大学に入学を果たしているのよ」

「あ、それです。大学ってなんですか?」


 え、大学も知らないの、と言いかけて、私は口を閉じた。そういえば、ここは異世界なんだったわ。大学くらいなくても全然普通だよね。そもそも、私の元いた世界でも、大学なんて近代になってやっとできた機関だし。

 でも、大学を知らない人に、大学のことをどうやって教えたらいいんだろう。就職するのに必要な専門知識を手に入れるところ、とか? いやいや、それだけじゃないわね。純粋に研究がしたくて大学に行く人だってたくさんいる。ううん……。


 大学って何だろう……。


「僕、ラヴさんを結構侮っていました。もう少し、無配慮っていうか、無神経だと勝手に思っていました。やっぱり、先入観はいけませんよね」と、アーは楽しそうだった。

「む、無神経……。そんな風に思ってたの!?」

「とは言っても、折角国内最高の大学とやらに通っているのに、大学とは何かが答えられないというのも、なかなか変な話ですね……」


 私たちは、草の茂みに入っていた。森からは遠くに見えていた塔が、いつの間にか目の前に大分近寄ってきていて、壁のレンガ模様がかすかに見えた。

 私たちの他に、草の茂みに入った形跡はなく、胸の高さまである草がのびのびと生えていた。かき分けて歩くたびに、足にチクチクと草が刺さる。


 はぁ、確かに、こんなに勉強ができたのに、大学すらロクに語れないとは。だから、きっと私は今こうしてこんな世界で草をかき分けているんだと思う。もう少し、真剣に考えてくれば良かったと、今更後悔した。脳裏に、講師の呆れ顔が浮かんで、少し泣きたくなる。


「でも」と、アーは歩みを止めて私の方を振り返った。「だからこそ、この世界では、あなたはこうしてわたくしと歩くことができるんです」

「え?」と、呆れられると思っていた私は、アーの笑顔に面を食らった。

「ラヴさんが先ほどの質問になんにも考えず答えていたら、きっとわたくしは今頃粉々になっていたでしょう。この世界は、そうできているんですよ」


 あ、そうか……。この世界では、問題を解いたら爆発するんだった。確かに、私が少しでも疑問に思わないままだったら、今頃アーは死んでいたかもしれない。


「きっとラヴさんの世界では、誰もが、答えを出すことこそ美徳と考えていた人が多かったんでしょう。それは、あなたを見ていればよく分かります」と、そういって、アーはまた前を向いて再び歩き出した。


「わたくしたちがもし、あなたの世界で出会っていたら、きっと今こうしてお話しをするなんてことはほとんどなかったのではないでしょうか」

「うん、きっとそうだったと思うわ」


 そうだ。私は昔からそうだった。私は、小さい頃から言われるがままに答えを出してきた。与えられた問題をひたすらこなすことで、周りの期待に応えることで、ある種の愉悦を感じていた。問題に答えられないことほど、イライラすることはない。

 草をかき分け、かき分け進んでいく。草の側面で細かい傷ができていたのか、ふくらはぎがとてもかゆかった。


「でも、この世界に来て少し分かったわ。答えを断定することを縛られて、むしろ逆に、少しだけ何かから解放されたような気がする」


 と、私の言葉を聞いて、アーは、ふふん、とだけ笑った。塔が、もう目前まで迫っていた。近づけば近づくほど高くなるその塔の頂は、青空に点々とする雲のはるか上空をいっていた。他に高い建物がないだけに、私の目に異様に映った。

 アーは、私の少し前を歩いて、無言で草の中を進んでいた。よく見れば、私が少しでも通りやすいように、草を手で強く分けていた。草が余りにも元気だから、結局痛いままだったが、少しばかりの気遣いに、心がちょっぴり温かくなる。



 “大学では、勉強だけじゃ生きてはいけないぞ。研究には、自分で何かを発見する力がいる。発見には、勉強も大事だが、それ以上に何かに興味を持つことが重要なんだ”


 と、ふと、講師の言葉が頭に思い浮かんだ。大学に通って最初の講義で、学生に向かって言った言葉だ。

 答えを出すには、問題が必要だ。勉強は、ひたすら答えを出す方法を考える作業になる。しかし、本当は多くの場合、答えを出すべき問題の方が、分からないことの方が多い。だから、普通はまず、問題を探すことから始めなければならないのだ。

 自分で問題を探す……か。どうやって探すんだろう。そもそも、なんの問題を探さなければいけないんだろう。私には、分からない。



「街はもう直ぐですよ」と、長い沈黙を破るように、アーは言った。アーの指差す先を見れば、塔は更に威厳を増して太くなり、下の方に色とりどりの屋根が見えた。なんだか、とても楽しそうな街だった。

 後ろをずっとついていた私は、一歩を踏み出して、アーの少し前に進んだ。予想していたより、草の茂みの抵抗に遭う。


「いったた!」

「だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ! 早く行こう!」そういって、私は街へ向かって駆け出していった。

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