第五話: 「果物」
木々の隙間から零れ落ちる木漏れ日が、私の顔を眩しく照らしていた。私は、目が醒めると、腕を大きく上に伸ばして、関節を伸ばした。パキ、パキ、ゴキと乾いた音が森に響く。体中が痛い。
「おはようございます、ラヴさん」と、アーは木の実を両手にたくさん抱えていた。”ラヴ”とは、私が昨日つけられた名前だが、未だにまだ呼ばれ慣れてなくて、こそばゆい。
「あ、お、おはよう」
「あまり寝付けなかったみたいですね。隈がひどいですよ」
「うっ……」
人生初めての、森の中での野宿は最悪だった。寝転がってみると、体中に細かな石が当たってとても痛かった。それに、気候は穏やかで、寒くはなかったが、掛け布団がないとなんとなく心細くなってしまうことも分かった。
何より、枕がないのがきつかった。許せないのは、アーが一人で飄々と袋と木の葉で枕を作っていたことだ。私にも教えなさいよ! こいつ、まさか、教えるのを面倒くさがったのかしら?
「これを食べてください」と、そう言って、アーは赤い、ちょうどリンゴのような実を投げてよこした。手に取ってみると、皮はすべすべとして美味しそうである。私は、アーに対する不満を瞬時に払拭した。「それ、美味しいですよ。昨日何にも食べてないでしょう」
「あ、ありがとう……洗わないで食べても、大丈夫かしら?」
「大丈夫かどうかは分かりません」
「え」と、私は耳を疑った。なぜ断定しないのか。
「不思議なことではないでしょう。食べることは、生を享受するということ。わたくしたちも命懸けです。さ、はやく」
そう言われても、私は食べる気がしなかったが、やはり空腹には勝てなかった。下腹部が特にきゅーっとして痛い。それに、何も食べていないことを一旦自覚すると、なんだか頭がボーっとしてくるような気がした。
私は、皮ごと果実を齧った。皮がぷつんと音を立てて切れ、果肉からじゅわりと液が溢れてくる。私は、歯を立ててじゃりじゃりと果肉を削った。甘い。みずみずしい。まるでジュースのように、喉をするすると潤していく。口の周りからぐちゃぐちゃと汁が溢れてきたが、私の欲望は止まらなかった。
「アーちゃん、もひとつ!」と、私は叫んだ。アーはあっけにとられたような顔をしていたが、ふっと笑って果実をこちらに目がけて投げた。私は、受け取るや否や、果実にかぶりつく。
「それが、さっきまで、洗わなきゃダメかと聞いてきた人の顔ですかね……」
「むしゃむしゃ、むしゃばく」
「いいでしょう。食べながら聞いてください。わたくしたちは、今から街へ行きます」
「ふぇっ!?」と、私は顔を上げた。街? この世界に街なんてあるの? こんな、森と草しかない大草原に?
「街なんてあったの? って顔をしていますね。ありますよ。第一あなた、昨日ここはミスティアの国だって推理していたじゃないですか。ほら、あそこに見えるのが、街の中心の塔です」
果実を一齧りしてから、アーが指した先を私は眺めた。塔は、頂が雲に隠れるほど高い。その周りには、確かに建物が密集していた。あんな建造物、今まであったっけ? そういえば、ここに来てから爆発続きだったから……。
「あ、そうだ」と、私は気になっていたことを聞いた。「爆発、あれ、なんで爆発するの?」
「え? なんでって……。それがあなたの能力だからじゃないですか?」
「能力?」そういえば、昨日も能力がどうとかって話を聞いた気がする。
「え、もしかして元の世界ではなかったんですか? え……あ!」と、アーは何かに気が付いたように、急に大声を出した。「だから、だからそんなにポンポンポンポン爆発していたのですか!」
「ポン……」
アーは、明らかに私に同情をしているような顔をしていた。それから、一つ一つ勘定するように指を折り曲げながら、何かを考えている。あまりにその時間が長かったから、私は山積みにしてあった果実に手を伸ばし、もう一つ食らった。
「あなたの元いた世界の実情が段々と分かってきた気がします」と、アーはこちらを向いて嬉しそうに言った。「あなたの世界では、無頓着に何かを断定しても、能力が発動しないってことですよね?」
「ええ、そもそも、能力なんて、人間は持ってないわ」
「持ってない! おもしろいですね……。では、視力も落ちないんですか?」
「え? 視力?」と、私は、首をかしげた。視力は落ちるけれど、それが能力と何の関係にあるのかしら。アーは、興奮気味に鼻を鳴らしている。
「視力なら、暗いところで本を読んだりすれば、目の筋肉が衰えていくけれど……」
「それはこちらの世界も同じです。ああ、思ったより面白い話が聞けそうですね! 本も読めるんですか……」と、アーは目を輝かせている。まさか、この世界では、疲労や慢性的な症状以外で視力が落ちることでもあるのかしら。何か、急に知らないことが増えてきて、頭が混乱し始めた。
「ちょ、視力って……」
「行きましょう」と、アーは私の言葉を遮って言った。「積もる話は、街へ行ってからです」
「え、でも」
「あ」と、再びアーは手のひらをこちらに向けて制止した。「くれぐれも喋るときには気を付けてくださいよ。そうと分かれば、余計にあなたを野放しにしておくわけにはいきません。また爆発されでもしたら、全てがパーになるでしょう。爆発だけに」
と、そう言って、アーは額の上に拳を持っていって、爆発のジェスチャーをするかのように、手を思いっきり開いた。明らかにバカにしている。この人、もう少し淡々としている人だと思っていたのだけれど、認識が間違っていたのかしら。もしかしたら、もう少しだけ無邪気なのかも。
「ふっ……、まだまだガキね」と、私は余裕を見せつけた。
「ええ、その通りです。ですから、こんなガキでもわかるような間違いを、くれぐれも犯さないようにしてくださいね」と、言って、すたすたと歩いていった。
「こんのやろ……って、あ、待って!」と、私は急いで、その後を追った。