風に吹かれて
この小品は 2012年に「はまぞうブログ サンダーのママ」にて掲載したものですが、その時は表紙と裏表紙の絵が間に合わなかったので、それも含めて発表します。
ざわざわと
ごうごうと
風の吹く丘の向こうに
リウとシキの
ふたりの住まいはあった
ふもとのちいさな盛り場で
リウは歌を売った
シキは端切れでこさえた人形を
みやげ物屋に買ってもらった
ただそれだけの
貧しいが不足を覚えぬ
そまつなばかりの暮らしであった
ある晩のこと
常ならぬ強い風が
谷に丘に吹きすさんだ
ひゅうひゅうと
ごうごうと
ふたりのわびしい家までをも
夜のはるかに
吹き飛ばしてしまうほどに
ごうごうと
ごうごうと
とうとう
ちいさな家は風にとばされ
何もかも散り散りに
夜のかなたへ
吹きとばされた
まよい落ちたのは見知らぬ街
あの丘の向こうへ
帰る道すらわからぬままに
シキはただ
リウの行方を求めてさまようばかり
けれども 消息はようとして知れず
まぼろしであったかのように
ふたりは互をうしなった
そうして
幾月日か幾歳月かが過ぎた
ある晩
強い強い風が
忘れようもない強い風が
孤独な仮住まいの窓を叩いた
「リウ・・・!」
ごうごうと
風にまぎれてなつかしい声が
かすかに
シキをいざなう夜であった
風に背を押され
シキは走りはじめた
街を抜け
林を抜け
原をこえ
風に追い立てられて
どこまでも
どこまでも
幾晩も幾晩も
シキは走り続け
最後にたどり着いたのは
旅に病み 死を待つ人のための家
臥していたのは
老いてやつれたリウであった
いまわのきわのたましいが
生き別れた者を呼んだのか
しかし心はもう戻らず
その夜のうちに
リウは息絶えた
あとに残ったシキは
リウの遺髪と着衣を少しづつ使い
形見の人形を縫って傍らに置いた
そうして
幾月日か幾歳月かをその家に過ごし
ある風の強い夜
シキの寿命も終わりを迎え
たれを呼ばわることもなく
ひとり静かに
息をひきとった
その翌朝は
風も静かに凪いで
うららかな明るい春の日であった
リウとシキは
この世に何ひとつ残さなかった
ふたりを憶えている人もなく
ふたりが最期を過ごした家が
どこにあるのか知っている人も
あまりいない
けれど無理に探すことはない
二度と帰らぬ旅に出た折には
かならず立ち寄る場所にあるのだから
おしまい
仲の良かった二頭の飼い猫がどちらも難病に罹り、相次いで死んでしまった。
その後に思いついたものがたりです。
あの子たちとの日々は、宝物でした。