神様相談室 in 石牢
「「「あ……」」」
石牢の中に、静寂が訪れた。
芦名止々斎は、その大きくぱっちりした目を見開き、変態共の饗宴を見ている。
そして、その場に崩れ落ちた。
「あ、芦名殿、これは違う!違うのじゃ!」
信長が慌てて止々斎に駆け寄って行った。
長秀が、希美に蝋を垂らしながら呟いた。
「殿のあの慌て様……ふふ。芦名殿をこちらに誘導したかいがあり申した」
「お前が元凶かよ!」
「この絵が見たくて、頑張り申した。下半身がよじれそうで御座る」
「普通は腹がよじれるんだぞ。いや、この状況で腹がよじれるのもおかしいが」
「ん?芦名殿?」
信長がうずくまる止々斎が何か言っているのに気がついたようだ。
希美も、耳を澄ました。
「……えろえろえろえろえろえろ」
祈っていた。
「おい、芦名殿……?」
信長が再度声をかけると、止々斎は勢いよく顔を上げた。
「尊いぃ!!」
「ええ……?」
止々斎のシャウトに、信長が後ずさった。
止々斎は、希美を真っ直ぐ見た。
「あなた様が、えろ大明神様で御座いますな!」
「あ、はい」
希美は、びくりとした。
「流石、えろ大明神様で御座る!何も身につけない自然体の姿ながら、自らを鎖で戒められたまま、その御力で三人の内的な『えろ』を解放させ、その『えろ』を涼しいお顔で甘んじて受け入れておられる!」
「お、おう……」
止々斎は何を言っているのか。
しかし、彼は止まらなかった。
「そして、石牢!石で囲まれたこの空間が、また良い!厳かでありながら『えろ』を内包するこの空間こそ、まさにえろ大明神様そのもの。ああ、何故ここに絵師がいないのか!この光景は、まさに織田家の『えろ』曼陀羅じゃあ!!」
誰か止々斎を止めてくれ。
しかし、一番近くにいる信長はドン引きで逃げ腰状態だ。
一方、希美は冷静に指摘した。
「織田家には、筆頭使徒の河村久五郎や第一使徒の斎藤龍興等を始めとした、えろ教徒がまだおるからな。えろ曼陀羅にはそやつらも入れてやってくれ」
「おお!聞いておりますぞ!羨ましい……わしも織田家に入りたい」
止々斎はじとっとした目で信長を見た。
信長は慌てて説き付けた。
「ご冗談を、芦名殿!会津にはまだ芦名殿が必要ですぞ!御嫡男に家督を譲られた後も、実権は芦名殿が握っておられるのでしょう?」
「その事で御座る!!」
突如、止々斎が声を上げた。
信長は、ビクッとした。
「ぶごっ、んっんんっ」
希美は、笑いを殺した。
止々斎は希美に近づくと、座して平伏した。
「名乗りが遅くなり申し訳御座らぬ。わしは芦名止々斎と申しまする。えろ大明神様のお陰にて、領地の開墾が進み、稲の育ちも良う御座る」
「うむ。それは良う御座ったな。送った芋の苗はどうかな?あれも増やすとよい。稲と違って干ばつに強い。飢饉の時に役立とう」
希美は繋がれた裸をいまだ長秀に蝋を垂らされながら、偉そうに言った。
止々斎はその様を感慨無量といった風に見つめた。
「有難く受け取りまして御座る。使徒様のご指導もあり、よう根を張っておりまする」
だが、その表情が変化した。
困ったように眉尻を下げてしばらく言いにくそうにしたが、意を決したように切り出したのである。
「実は、折り入ってお願いが御座る。嫡男盛興を、『えろ』にしてやって下され!!」
長秀の、蝋を垂らす手が止まった。
希美は目を見開いた。
(息子をエロに??ど、どんな親?!)
だが止々斎は真剣だった。
「初めてお会いするのにこのような不躾な事を願い出るなど、さぞかし呆れておいででしょうが、最早あなた様を頼るしか術がありませぬ!どうか、どうか、倅めを『えろ』の道へ引きずり込んでやって下され。石牢でも三角木馬でも何でも作りまする!」
「落ち着け、止々斎殿!三角木馬とは通好みな……!ではなく、何故息子を三角木馬に乗せようとするのだ?!」
お前も落ち着け。いや、希美は『三角木馬』が言いたいだけかもしれない。
止々斎は、語り始めた。
「わしは去年、家督を倅に譲ったので御座るが、奴め、それまでも好んで飲んでいた酒の量が、その頃から異常に増えたので御座る」
「ええと、息子さん、何歳?」
「十六に御座る」
「ダメ!飲酒、ダメ!絶対!!」
「酒を飲むのはよいので御座る。だが、毎日浴びるように飲む。わしや室が何度言うても聞かぬ。若くして当主となったといえど、実務はわしがしておるのだから、あれにはわしのやり方を見て、いざわしが動けなぬようになった時のために学んで欲しいので御座るが、反発するばかりで……」
「反抗期なんですね、息子さん」
「わしは、どうしたらよいやら……」
(神様って、反抗期の息子を持つ親の悩みまで解決せんといかんのか……だからといって)
「なんで、息子さんをエロ浸けにしようと?」
止々斎は照れ臭そうに笑った。
「実はわしは、淡白な方で。それほど女も男も興味ないので御座る。家のためにと室との間に子をもうけましたが、息子は倅一人きり。それ以上は頑張れなんだ……」
(目の前のおじさんの下半身の悩み、聞きたくないよお)
希美は神様を辞めたくなった。
しかし止々斎は、己れの下半身事情について語り続けた。
「じゃが、えろ教に出会い、久々に衝動を感じたので御座る!わしは左手が疼くのを堪えきれず、すぐさま自室に籠り、ただもうがむしゃらに……」
「左軍!この人、左軍派ですわ。信玄さーん!一名様、左軍にご案内ー!!」
希美は無理やり話の腰を折った。
「わしの悩みはえろ教に解決していただき申した。ならば、倅も『えろ』の道に邁進すれば、酒に溺れぬようになるのでは、と。美濃の三代目も酒色に溺れていたのが、えろ教に出会い更正したと聞きましたので」
(確かに最初、龍興君は若いのに酒色に溺れてたらしいからね。そう考えると、えろ教徒になってよかったのかも)
希美は考えた。
盛興君は、このままいけばアル中まっしぐらだ。
いや、既にアル中だろう。
そして、子どもの飲酒は脳萎縮や性的な不能を引き起こす、と聞いた事がある。
絶対に酒を止めさせなければならない。
だが、盛興君を三角木馬に乗せドM化させたとして、アル中脱却できるのか。
(これは……)
「入院治療が必要ですね!」
「にゅ、にゅういん?乳淫治療、で御座るか?!」
止々斎が驚いた。
「とにかく、私は十日ほど、石牢の苦行を続けねばならん。その後、息子さんを私の元へ。一年ほど、私が預ろう。その間に治療を試みる。何、上杉のケンさんもアル中だろうし、ちょうどいいから奴も一緒に入院治療させよう」
今度は、信長も驚いた。
「お、おい!上杉まで、乳淫治療とやらを?!」
「そうで御座る。アル中の断酒は一人では無理だ。無理やりでも入院させねばならぬので御座る」
「「無理やり、乳淫……」」
止々斎と信長が、ごくりと喉を鳴らした。
長秀はくすくす嗤いながら、希美の雄っぱいをガン見している。
希美は続けた。
「一応治療はするが、アル中は再発しやすい。治療後はできるだけ、酒を遠ざける事をお勧めする。後、男は不能になるかもしれんから、早めに跡継ぎを作るようにな。婚姻は急いだ方がいいぞ」
「な、なんと!すぐに手配致しまする!……伊達の姫の輿入れを早急に進めねば。では、御免!」
益々驚愕した止々斎は、慌てて出ていった。
領地に帰るのだろう。
信長が希美に尋ねた。
「本当に、酒の飲み過ぎは不能になるのか?」
「と、言われていますな。案外ケンさんもそうだったりして。あの人、絶対アル中ですよ。たまに手が震えてるし」
信長は、恐ろしそうな顔をしている。
希美は信長に言った。
「殿は大丈夫ですよ。お酒、好きじゃないでしょ?なんせ、私、酒の代わりにみたらしのタレを飲む人を初めて見ましたよ。ぷぷ……」
その日、信長の愛用の馬鞭が壊れた。
原因は、過剰な鞭の酷使だ。
石牢には、「甘いものの取り過ぎも、飲水病になって勃たなくなるから、気をつけてー!」という柴田勝家のシャウトが響いていたという。