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私の思い、受け止めて!!

上杉輝虎はうんざりしていた。

去年の冬から、ずっと戦で越後を離れていた。

そして、三月に一度越後に戻れたと思えば、すぐに松山城に救援に行く事となった。

それからずっと、松山城に足止めだ。


「おのれ、信玄坊主め!!北条と組んで松山城攻めとは、計算が狂ったわ!」

「それにしても、長丁場のわりに不思議と兵糧に困らず、よう御座いました」

苛々する輝虎に直江景綱が宥めるように声をかけた。

輝虎は、ふん、と鼻を鳴らした。

「あちらの小荷駄役は、お主と違うて無様であったの。大事な兵糧をみすみす我らに奪われ、逃げ去って行きおったわ」

主から誉められた景綱は、満更でもない様子ながらも懸念を口にした。

「それにしても、その意趣返しでありましょうかな。まさかに、我等を松山城に誘い込み、兵糧攻めにしようとは」

輝虎も頷いた。

「うむ、その事よ。このままでは、救援に来た我等が逆に松山衆の首を絞める事にもなりかねん。ここは、打って出ぬといかんな」

松山城城代の太田資正が勢い込んで言った。

「ぬぅおお!なんと、ありがたいお心遣いか!かたじけのう御座る。我等松山衆も一丸となって、共に打って出まするっ!」

「お主、ちと暑苦しいの……」

「殿!酷う御座るぅ!!」


松山城の上杉主従は案外楽しそうである。

この時、武田、北条連合軍の陣営では、ある知らせが飛び込んで来ていた。



「うおおいっ!あの男、やりおった!!」

箕輪城からの使い番を前に、武田信玄は思わず床几から立ち上がった。

「その話、真に真の話なのか?!」

珍しく仰天し、白湯の碗を取り落とした北条氏康に、使い番は答えた。

「はっ、柴田勝家殿、箕輪城をわずか一晩で落とし、敵味方ほぼ損害無く、箕輪衆を丸ごとお取り込みになりました!」

氏康は呻いた。

「ど、どんな手管を使えば、そんな奇跡が起きるんじゃ……」

「ああ、あの男に我等の常識は通じんからな。そもそも御仏の加護持ちだぞ?無敵だぞ?もう、わしはあやつに関しては、考えるのを止めたわい」

信玄が興奮を抑えきれない様子で、氏康に語った。

使い番も箕輪城での興奮が甦ったようだ。

「某は、以前武田の箕輪攻めに加わり申したが、まさかあのようにあっさりと箕輪城に入れるばかりか、城中の兵共が全員丸腰でひと所に集まっているのを見た時は、目を疑い申した。特に、柴田殿が上泉某と一晩中……最後は全裸に……凄かった……」

「お、おい!上泉だと?!あの腕の立つ男か。わしの『のぞみ』と、一晩中、全裸で、何をしたのだ!!」

「い、いえ、そういう意味ではどちらかというと、全裸のまま、箕輪城城主の長野殿と二人で何処かへ。しばらく戻られず、戻られた時には長野殿が頬を染め、妻のように寄り添って……」

「うおおおおぉ!!箕輪攻めじゃあ!!」

「殿!落ち着かれませ!!もう、お味方に御座る!」


「一晩で箕輪城陥落、柴田が全裸で上泉某と城主を妻に??一体、箕輪城で何が起きたんじゃ……」

騒がしい武田主従の隣で、氏康が頭を悩ませているが、ただ希美が全裸でうろついただけである。



使い番が、方や憤り、方や悩んでいる有名戦国武将に告げた。

「柴田殿からお二方に伝言で御座る。『上杉の引き留めはもういいので、適当に引いて上杉を城から出して。その後は、事前の計画通りに』との事で御座る」


「「ぃよっしゃああああーー!!」」

二人の武将は、ここ一番の歓声を挙げた。

「やっと、やっとこの地獄から解放されるの、武田の」

氏康が信玄の手を取る。信玄もその手をしっかり握った。

「川中島とは別のキツさがあった……わしはもう、上杉の『毘』の字は当分見とうない」

「気が早いぞ、武田。まだもうひと当てせねば。その後、少し休んでもうひと当てじゃ」


海千山千の武将二人をここまで精神的に追い詰める上杉輝虎(謙信)も凄いが、上杉方とて、ずっと松山城を攻めさせられて、嫌がらせ以外の何物でもない。

真面目に頑張っている戦国武将三人をまとめてこの状況に追い込んだ希美こそが、鬼畜と言えよう。



この後、それぞれの思惑を持った両陣営は、様々な駆け引きや戦略の末、一気にぶつかり、武田・北条軍はうまく被害を出さぬように負けて退却。休戦という事で、それぞれ自国に帰ったように見せかけた。

上杉は、敵陣が引き払われ退却したのを確認し、松山城を城代太田資正に任せ、自身は越後に帰るべく北上した。

だがその途中、箕輪城からの急使が飛び込んで来た。箕輪城を目指してか、柴田勝家、武田、松平の合同軍が中山道に現れたと言うのである。

輝虎は驚いた。これはまずい。

箕輪城は上野の要所である。

越後に戻る前に廐橋城に滞在するつもりであった輝虎は、急遽軍を箕輪城に向けた。



兵等は多少疲弊しているが、武田・北条軍との最後の合戦では、思ったよりは損害も少なかった。すぐに越後に増援の急使を立て、上杉軍を箕輪城に入れ、うまく時間をかけて対処していけば、柴田等を挟み撃ちに出来る。


そう算盤を弾いた輝虎は、これが希美からの『上杉さんを囲む会』の招待状とも知らず、箕輪城に入ってしまったのである。





じゃく、じゃく、じゃく……


輝虎は箕輪城の大手門を潜り、その敷地内に足を踏み入れた。

前日夜に降った雨が、足下の山土を濡らし、所々に水溜まりを作っている。

雨水は城内の建物や脇に生えた草木にも染み込み、木材の深く涼やかな香りと草木の青く爽やかな匂いが複雑に混じり合い、辺りに立ち込めていた。


門から少し行った所には、城主の長野新五郎業盛が重臣等を引き連れて立ち、輝虎を迎えていた。


じゃく、じゃく、じゃく、じゃく

輝虎は業盛に近付いた。

じゃじゃっ、じゃじゃっ、じゃじゃっ、じゃじゃっ

後ろに上杉兵等が続く。


業盛の顔が見えた。

若く、凛々しい顔立ちをしている。

業盛は笑顔だが、緊張をはらんだ表情だ。

周りの重臣等もどこか、ピリピリしている。


無理もない。代替わりしたばかりで、近隣の大名等の合同軍が迫る難局だ。

だが、先代の長野業正は、上野にその人あり、と言われたほどの傑物だった。

その跡を継ぐのだ。このくらい踏ん張ってもらわねば困る。

そう輝虎は考えながら、業盛の前に立った。



「北条・武田との戦でお疲れの所を、箕輪衆のために真にかたじけなく存ずる」

業盛が頭を下げた。後ろの家臣等もそれに倣う。

輝虎は、頷いた。

「なんの。先代の長野信濃守には世話になった。それに、この箕輪は要所じゃ。上杉にとっても他人事ではないからのう」

業盛は複雑に表情を揺らした。

父に対し何か懊悩があるのだろう、そう輝虎は見てとった。

だが業盛も若いとはいえ、武将である。すぐに表情を引き締めた。

「父も喜びましょう。では、本丸館へ案内仕る」


業盛が先導して歩き出した。

輝虎が後に続いた。

箕輪衆と上杉の家臣団もぞろぞろと歩き出した。





希美は本丸の虎口門上に身を屈め、上杉輝虎が来るのを、今か今かと待っていた。


何故門の上に態々登ったのか。そんなもの、なんとなくである。

具体的に希美の思考を説明すれば、

(よく、主人公を待ち受ける敵って、何故か高い所にいるからね。雑魚を倒してほっとしている主人公に、「ふふふ、待っていたぞ」とか言いながら突然声をかけ、主人公がはっと上を見上げるまでがセオリー!)

こんなしょうもない理由からである。



希美には使徒の首を送りつけられた時から、決めている事がある。


(上杉さん、ぶん殴る!!)


これである。

上杉さんを潰すだけなら、態々武田と北条に苦行させてまで、生かして箕輪城に誘導などしない。


(絶対会って、えろ教代表として、最大級の遺憾の意を拳に乗せて、ぶっ飛ばしてやんぞ!糞謙信があ!!)


希美の目的は、これに尽きる。

そして、まさにその願いが果たされる瞬間が訪れようとしていた。



じゃじゃ、じゃじゃ、じゃじゃ、じゃじゃ……


足音がする。

希美は身を固くした。

こういうのは、タイミングが大事だ。

門の上に立ち上がった時に、上杉さんにベストポジションで希美が見えなければならない。


ちょうど門の手前まで足音が来た。


今だ!!



希美は勢いよく門の屋根の上に立ち上がった。

「わーっはっはっ!よくぞここまで来」

ずるっ



希美は足を滑らせた。

下で業盛の隣に、上杉さんらしき武将の驚愕の顔が見えた。

顎が外れそうなほど口を開けて、なかなか笑える表情をしていらっしゃる。


(この表情かおが見たかった!)


違うだろう。目的はぶん殴る事ではなかったのか。


「う、上杉さん!私を受け止めてぇっ!!」


言いたくなって言ってみた希美の言葉に、「は?え?」と戸惑いながら、思わず腕を広げてしまった上杉さんは、お人好し武将である。




そして次の瞬間、自由落下してきた甲冑姿の希美が、上杉さんの腕の中に激突した。

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